目 次
グランパラダイスU(前編) - (4)
(4)

次の日曜日の昼間、篤志は八百屋の苫戸初男をグランパラダイスに呼び出した。
「ハッちゃん、娘さんから聞いているか?」
「香織から――会長、何のことです?」
「結婚のこと」
篤志は初男に、満須夫と香織の結婚を了解させるという難題にとりかかっていた。
結婚と聞いて、初男は、ヘッという顔をした。驚きと疑問符のプラスした表情を見て、篤志は納得した。やはり香織はまだ、父親に言っていないようだ。
初男は少し考えて、篤志に聞いた。
「なんで会長がそんなこと知っているんだ?」
「相手の男性側から相談を受けた。二人は結婚したいのだが、香織さんが父親の了解を得られるのか心配しているって。なにしろあんたは早くに奥さんを亡くして、父ひとり娘ひとりの生活が長かったからな」
初男はまた考え込んだ。行動派の彼にしては、すこぶる珍しいことである。
「――相手の男はだれだい?」
「床屋の百八のところにいる、華下満須夫という男だ」
「ええっ!稚加良さんの稚児じゃないか」
案の定の反応である。これも想定内で、篤志は次の段階に進んだ。
「若気の至りだ。確かに満須夫くんはツヨの稚児だった。まあ、ツヨが無理やり、あちらの世界に引きずり込んだようだが」
若干の脚色をして言ったあと、篤志はもったいつけて頷いた。「でも、今は違う。満須夫くんは心底、香織さんを愛している。その証拠に、二人はちゃんと男女の行為が出来ている――」
途端、初男が大声をあげた。
「なんだとお!親に断りもなくやったのか!野郎、ちょん切ってやる!」
「ま、まあ待て」
うっかり台本にないことを口走って、篤志は慌てた。「人間、誰しも間違いはある。お前だって、いつも間違ってばかりだろ」
「あ、会長、聞き捨てならんことを言うな。おれがいつ間違えたって言うんだ」
篤志はポケットから数枚の写真を取り出して、初男に渡した。この前、洋児に言って撮らせたスナップ写真――初男が素っ裸になって、好と仲良くカラオケを唄っている姿だ。
初男はしばらく写真を見ていて、おもむろに顔を上げた。
「それで?」

(どうもまずいな――)
篤志は内心、舌打ちした。初男にとっては、自分の裸写真を見せられても、屁とも思わないのだろう。なにしろ町内旅行の宴席でも、平気で裸踊りをやる男だ。
作戦を間違えたか、と思いつつ、篤志は言った。
「いや、特に他意はない。この前の写真を渡しただけだ」
初男はにやりと笑った。それから、予想もしなかったことを言った。
「おれはホモに偏見は持っていない。今やホモの人権は、地球規模で認められているからな」
ホモの人権が地球規模で認められているなんて、初耳だ。
(それに、海外じゃ、ゲイって言うほうが多いけどな)
と思ったが、それを言うとややこしくなるので、篤志は黙っていた。
「香織が幸せになるなら、おれは反対しない。あれは本当に親孝行の娘だ。その香織が、おれのせいで嫁にいけないなんて、考えただけで死んじまいたくなる」
そこで初男は、ずるそうな目つきになって、篤志を見た。
「それで――会長は二人から、おれの説得を頼まれたのだな」
「二人からじゃない。床屋の百八からだ」
「おなじようなものだ。いいぜ、二人の結婚を許す」
初男は偉そうに言って、付け足した。「ただし条件がある」
「条件って何だ?」

今度も初男は、予想外のことを言った。
「ヨッちゃんをおれに譲ってくれ」
「は?」
「おれたちは相思相愛なんだ。金持ちの囲い者になるより、おれと一緒にカラオケ唄っていたほうが、ヨッちゃんも幸せだよ」
(金持ちの囲い者だって?)
少し引っ掛かったが、篤志はなんとなく納得した。グランパラダイスで、初男と好が仲良くカラオケを唄っている姿は、これまで何度も目にしている。
「それに、ヨッちゃんは言っていた。自分のせいで忠さんが家を出て行った。だから自分は、会長から身を引いたほうがいいと」
「そうか。よし、ヨッちゃんはお前に譲る」
篤志は鷹揚に言った。内心は(まあ、お前たちはせいぜいカラオケでも唄っていろ。好だって尻が疼いてくれば、おれのところにくるだろう)くらいに思っていた。なにしろ初男は、超女好きのノンケだ。
初男は大喜びだった。
「さすが太っ腹!これで気兼ねなくヨッちゃんを抱ける。なにせヨッちゃんのあそこって、女よりも具合がいいからな」
「――ちょっと、待て!」
篤志は仰天した。「お前たち、肛門性交をやったのか!」
「うわあ、露骨!とても大会社の会長が言う言葉じゃないな」
「やったのか?」
「やったよ」
「お前たち、いつからそんな仲になった」
「意外としつこいな。ほら、さっきおれの裸写真出しただろう。あの夜、ヨッちゃんの家に行って、初ドッキングしたんだ」
(この変節野郎!)
篤志は目の前の八百屋に対して、殺意がメラメラと湧き立つのを覚えた。しかし、もちろん篤志とて、二人を非難する資格は無い。
彼はどこにもぶつけようのない怒りを、ぐっと我慢した。

八百屋の親父と別れたあとは、何の予定も無かった。ジムにでも行ってみるかと思ったが、もうひとつ気乗りしない。
結局、スーパーで酒とツマミを買って、屋敷に戻った。
玄関の引き戸を開けたところで、忠の靴に気付いた。
(戻ったのか!)
篤志は靴を脱ぐのももどかしく、家に上がった。
居間に入るところで、忠と出くわした。6日ぶりに見る顔だった。
忠はへなへなとその場に座り込んで、土下座した。
「申し訳ございません。旦那さま――」
あとは泣いて、声が続かない。
篤志は屈み込むと、忠の体に腕を回して立ち上がらせた。
そのまま忠の体を抱いて、言った。
「もう何も言うな。3日経てば大晦日だ。忙しくなるぞ」

忠が戻ったその夜、篤志は久しぶりに忠と肌を合わせた。
お互いを慈しむ、しみじみとした交接だった。
忠の体を開けるだけ開かせて、ひとつひとつ確かめるように、先を急がずじっくりと、手と口を使って情を高めていった。
四つん這いにして、白い双丘を両手でつかんで開くと、やわらかな窪みの中心部に、恥じらうような薄紅色をした蕾があらわになる。左右の指で押し揉むように愛撫を加え、ついで顔を寄せて舌で味わう。
「ああっ!旦那さま――」
忠が感極まった声をあげた。
熱気がいちどきに押し寄せてくる。
あとは情欲にまかせて、むさぼるように交わった。

息遣いが治まると、忠はようやく自分を取り戻して、落ち着いて話しだした。
忠の話によれば、家出したのは御膳が焚きつけたようだ。

「チュウ爺、お前、旦那さまのことをどう思っているんだ?」
「どう思うって――」
「最近よく外泊しているじゃないか。それに、まるで色情狂のように、ほかのじいさんとやりまくっている。お前だって、ひとこと言いたいことがあるだろう」
「旦那さまに向かってひとこと言うなんて――そんなこと出来ません」
「駄目だ!いいか、お前が本当に旦那さまの身を心配しているのなら、絶対に言うべきだ。お前は長年連れ添った相棒だぞ」
「相棒だなんて、もったいないです。わたしは使用人ですから」
「使用人だからって、卑屈になる必要はない。とにかくお前は、しばらく家を出ろ」
「ええっ!どうしてわたしが家を出るのですか?」
「お前、分かってないな。いいか、このままじゃあ、お前の旦那さまはやりすぎで健康を害す。だから、しばらくお前が家を出て、彼に考えさせる時間を与えるべきだ。心配するな、書置きの内容は、わしが考えてやる。それから、宿はわしの家にしろ」

というようなやり取りがあって、忠は家を出て御膳のところに行った。でも釈然としないものがあって、こうして戻ってきたのだ。
(なるほど――)
パズル絵が、ぴたりと嵌った。
忠がいない間、御膳はしきりにモーションをかけてきた。要するに、邪魔者の忠を除いたつもりだったのだ。
(ご前め、姑息な手を使いおって)
篤志の頭の中で、御膳念須巳に対する不審、憤り、困惑、その他もろもろの感情が渦巻いた。
[17/08/19 06:45 神亀]
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