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風の新之輔第二部 - 第二部流浪の旅(八)
(八)

顔つきを見れば、避けて通りたくなるような男たち五人が、北国街道を歩いていた。その中心にいるひときわ大きな男は、権佐だった。
茶屋で浪人に投げ飛ばされて気絶した権佐は、組の中で悪い立場に陥った。なにしろ大勢の町民が見ている前で、一介の浪人者に手もなくやられたのだ。これでは勝三組の顔も台無しだった。
案の定、勝三親分は大激怒した。
「その素浪人を、生きたままひっ捕らえて来い。引きずり回して、生皮剥いでやる。いいか、捕えるまで帰ってくるんじゃないぞ」
こうして権佐は、四人の手下を引き連れて旅に出たのだが、手掛かりは少なかった。北国街道を南に向かう姿を見たという情報、茶店で善光寺という言葉を聞いたという情報、このふたつきりだった。
しかも、その浪人を見つけたとして、勝てるかどうか、自信が無かった。たとえ五人がかりで立ち向かったとしてもだ。

野尻宿まで一里ほど、東に黒姫山、西に斑尾山を望む、高原の村里に差し掛かったところだった。ふと先頭を歩く権佐が足を止めた。
「おい」
権佐は背後の男たちに声をかけた。
視線の先に、若い女がひとりで畑仕事をしていた。そまつな野良着を身につけても、引き締まった肉体がみずみずしく動くのが分かる。
「見ろ、きりっと引き締めた口許を。さぞかし締りがよさそうじゃ」
「あの胸元、なめらかな肌をしとるのう」
「くそ、あの服を剥ぎ取って、思い切りもてあそんでみたいわ」
男たちは好色そうに言葉を交わした。
権佐は、道の前後を見た。
「あたりに人はいない。やっちまうか」

男たちは女を取り囲むように、畑に入って行った。
権佐が女に声をかけた。「娘、精が出るのう」
女が怯えた顔で権佐を見あげると、背後にいた男が、いきなり女の身体を抱きしめた。
「きゃあ、いやあっ」
女が悲鳴をあげた。すかさず他の二人が女の脚を抱え込んだ。
男たちはもがく女を抱えて、丈高い草薮の中に連れて行った。
「ふふふ、いい身体をしとるのう」
「この弾く感触がたまらんわ」
男たちの下卑た声がして、草薮が揺れ動いた。
不意に悲鳴が湧きあがった。
「があっ」「ぐええっ」「ぎゃあっ」

草薮が割れ、現われたのは女の姿だった。女は何事もなかったかのように身繕いすると、ふたたび農作業をつづけた。
ほどなく、背の高い武士と初老の旅商人風の二人連れが、馬を牽きながら街道を通り過ぎた。女は手を休めて、ふたりの姿をじっと見送った。
いつの間にか、女の横にひとりの男が現われていた。がっしりとした体格の男で、片目がつぶれている。
女が問いかけるように、男を見た。
男がにやりと笑った。
「そうだ、あれが風間新之輔だ。ようやく見つけたぞ」
「虎三さまは、あの男をご存じですか」
「人に聞いただけだ。赤虎と呼ばれた一刀流の首藤宗顕さまを切り殺した。剣は相当の腕前とみた」
「されど、われら黒鉄衆相手では稚児のようなもの」
軽く言う女を、虎三は皮肉な表情で見た。
「甘く見ぬことだ。たった一人で海滑藩の侍たちを相手にして、城から逃げ延びた男だ。そういえば、小夜太は城に入ったことがなかったのう」
「はい、長尾さまのお屋敷しか知りませぬ」
「ふむ。それから、風間の連れの年寄りは霞の新造だ」
小夜太が驚きを隠しきれずに言った。
「あれが霞の新造――。道理で身のこなしが、只者でないと思いました。と言うことは、新造もわれらと同じ目的では」
「それは分からぬ。はぐれ忍者とは言え、もともと里の者だ。お頭は何も言わなかったが、命令の出所は同じということも考えられる。しばらく様子を見ることにいたそう」
そこで虎三は、鼻をひくつかせた。「ところで、血の匂いがするな」
「はい、先ほどごろつきどもが五人、わたしにちょっかいを出してきましたので、やむなく始末しました」
虎三が笑った。
「ははは。しかし、男どもがお前を裸に剥いたときの驚く顔を、見たかったのう。まさかお前が男だとは、思ってもいまいに」
その光景を想像して、虎三は相棒をぎらつく目で見た。
「血が騒ぐ。相手をいたせ」
虎三は小夜太の手をむんずと掴んで、草薮に向かった。

新之輔と新造は、北国街道を歩く途中、半日分ほど寄り道した。このおかげで、あとを追う権佐たちが前を歩くことになったのだ。
もちろん新之輔は、権佐が自分を追いかけていることは、知らなかった。ましてやその権佐一味が、一見娘と思える優男によって皆殺しにあったことなど、知る由もなかった。
ふたりは野尻宿に着いて、旅籠に荷物を預けると、すぐ近くの信濃尻湖に行った。
満々と水をたたえた信濃尻湖は別名、芙蓉湖と呼ばれている。湖岸線が出入りに富み、全体の形が芙蓉の花に似ているからだ。
その湖に水の流れ込む河口に下って、新之輔は衣服を脱いだ。
新造は、下帯ひとつで身体を洗う新之輔の姿を見ていたが、そのうち自分も裸になって川に入った。普段は日に触れていない肌の白さが、目にまぶしいほどだった。
戸外で裸になれば寒さに震えあがるほどの季節だが、ふたりは平然と水に漬かり、身体を清めた。
すでに十一月に入って、あたりは冬の様相を帯びている。競うように鮮やかな彩(いろどり)を見せていた山の木々も、葉が落ち始めて、無彩色の世界に変わりつつあった。

風間新之輔は、並はずれて強い精力の持ち主だった。
爺が死んで以来、抑えに抑えていた性への渇望は、大平寺の妙窓と交わったことで、堰が切れたように解き放たれた。そして今、手の届くところに、爺の雰囲気を持つ年配の男がいるのだ。
新造の肉体に対する欲望は、狂おしいほど募っていた。日中はその劣情に耐えていた。しかし、眠っているときはどうしょうもなかった。
信濃尻湖の河口で新造の裸を目にした夜、新之輔は夢を見た。

爺と一緒に露天風呂に浸かっていた。湯船は海に面する崖の中腹にあり、下のほうでは波が岩にくだける音がしていた。
湯は透明で、すこしとろりとした粘性があった。傷だらけの身体が、滋養あふれる湯を吸収して、小躍りしているようだった。
じっとしていると、ふつふつとした精力が腰回りにみなぎってくる。
湯の向こうで、爺が目を細めてこちらを見ている。心を解いた顔は柔和で、思わず抱きしめたくなるほどの愛おしさを感じる。
新之輔の気持ちを察したように、爺が立ち上がって、ゆっくりと湯の中を歩いてきた。
滑らかな白い肌が、湯を弾いて輝いている。近寄ると、爺は言葉を発せず、後ろ向きに新之輔の下腹部に腰を落とした。
生え立ったへのこが、やわらかい肉に包まれる――。
――肉体が律動し、飽和点に達したとき、精気が迸った。

「むっ!いかん」
新之輔は跳ね起きた。しかし遅かった。下帯が濡れていた。新之輔は滑る感触に眉をしかめながら、下帯をほどいた。
隣の蒲団では、気配に気づいた新造がわずかに瞼を開けたが、そのまま眠ったふりをつづけていた。

新造は、死んだ昌造の弟だった。五人兄弟の末弟で、昌造とは十歳年が離れていた。新造も里の者として、幼い頃から忍びの訓練を受けてきた。
兄の昌造は、早くから新造の抜きん出た才能に気付いて、そのころ付かず離れずの関係を保っていた海滑藩主、首藤宗定に相談した。弟に本格的な忍びの修業をさせようと思ったのだ。
首藤宗定は、影目付として黒鉄衆を使っていた。甲賀の流れをくむ忍者集団だった。その伝手で新造を甲賀に送り込み、修業をさせた。
五年間の厳しい修行を終えて、甲賀から戻って来た新造は、黒鉄衆や里の者の組織に属さず、自由な立場に置かれた。
これも首藤宗定の考えだった。
新造は密かに宗定の命を受けて、日本中を渡り歩いた。各地の情報収集のためだった。そして、宗定の与える資金を得て、独自の情報網を築き上げていった。
その後、海滑藩主が宗定から頼宗に代わったとき、新造は羽室山で百姓をしながら、誰にも命令されない自由な生活を送ってきた。

そして今回、隠居した首藤宗定の呼び出しを受け、円想寺の一室で、驚くべき話を伝えられたのだ。
――風間新之輔が首藤宗顕を切り殺して城から逃れた経緯、その事件の背後にいる藩主首藤頼宗と城代家老長尾将左衛門の思惑、そして風間新之輔が宗定の隠し子であるという出生の秘密――。
新造は、首藤宗定の話を聞きながら、訝った。
(こんな重大秘事を、なぜご前はおれに聞かせるのだろう?)
その疑問はすぐに解けた。
ひと通りの説明を終えたあと、宗定は言った。
「余はもう、そなたに命令できる立場ではない。それでも、昔の縁で頼みたい。風間新之輔を見つけて、何を考えているのか探ってくれ」
新造は、大恩ある宗定の頼みを断ることができなかった。しかし、宗定が最後に言った言葉は、新造を慄然とさせた。
「もし新之輔が頼宗の命を狙っていると分かれば、かまわぬ、新之輔を切れ。これもすべて海滑藩のためだ」

新造は首藤宗定の頼みを受けて、旅立った。
そして、ようやく風間新之輔を金沢で見つけ、旅を共にする目論見もうまくいった。
しかしまだ、肝心の本人の気持ちは掴めていない。
それでも新造には、新之輔に首藤頼宗を弑する気持ちはないと思えた。新之輔のおおらかな人柄に触れ、その男振りに惚れ込んだ。
そしてまた、新之輔の性癖も知っていた。兄昌造が新之輔の世話人となって、衆道の契りを結んでいたのも聞いている。
新之輔が新造に対しても欲望を抱いているのは、肌で感じられた。今のところは自制できているようだ。しかし――それもいつまでもつか。
川で身体を清める新之輔の裸を見たときは、少し怖くなった。鍛え抜かれた筋肉質の身体、それに下帯の布地越しにも、ふてぶてしいほど雁高の魔羅が目についた。
(兄者は、よくあんな恐ろしげなものを受け入れていたものだ)
忍びの者は何事もこなさなければならない。衆道も勿論のことである。新造が首藤宗定のもとにいたときは、何度か宗定の情けを受けたことがある。
しかしそれ以後、御庭華からは遠ざかっている。いざ新之輔が迫ってきたとき、この三十年以上もの空白を埋めることができるのか?
人間の身体は、使わなければ退化する。宗定のお相手をしていた頃は、充分な広がりがあっても、いまやすっかり狭まっているだろう。
新造は密かに、若衆が自ら広げるために使う張り形を入手して、そのときに備えて訓練を始めていた。
[19/03/10 08:49 神亀]
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