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■ デッドライン第三部(反撃) - (特別編)
(特別編)

窓を覆う分厚いカーテンが外光を遮り、間接照明の淡い光がベッドを包み込んでいる。
俺は裸になって、適度のやわらかさを持つ初老男の体を抱いていた。俺の愛撫に、小太りの肉体が悩ましげにうねり、太腿を擦り合わせる。
やがて機が熟すると、親密な柔らかみに割って入る。
「ひっ!あっ、――はああっ!」
いつもの苦痛を訴える声。それは単なる儀式で、鋭いあえぎ声は、いつしか柔らかい声に変わっていく。
固く閉まった粘膜がじんわりと広がって、俺の全てを受け入れる。温かい息吹がじかに伝わってくる。
その感触を楽しみながら、俺は動き出した。
緩やかなうねりが、じょじょに速く、荒々しく、そして目くるめく一瞬に向かって、突き進む――。

すっかり終わったあと、俺たちはベッドの上で仰向けになって、呼吸の治まるのを待っていた。
「啓ちゃんの誕生会は、7時からだったね」
うつ伏せになったまま、池上警視が、つぶやくように言った。
「ああ、池上さんの仕事が終わるのに合わせたつもりだけど――仕事をサボって、こんなことをしていていいの?」
池上が、恥ずかしそうに俺を見た。
「それはお互い様。俊ちゃんだって、仕事中だろう。で、あなたのお父さんも今晩、田舎から出て来るって?」
「ああ、俺が呼んだ。親父は田舎で一人暮らし。孫の顔も見たいだろうからね」
「こちらのご両親も来るんだろう?」
「もちろん。だけど、俺と池上さんが真っ昼間からこんなことやっていると知ったら、彼らは何て思うだろう」
「ひえー、想像しただけでゾッとする」
池上がおどけた。
俺は笑いながら、年配者の体を抱き寄せた。池上が息を弾ませて、キスを求めてきた。

俺は、交通事故で女を死に追いやったトラウマから、女を抱けなくなった。
そして、現実の世界ではありえないような、悪漢たちとの死闘を繰り広げた。早いもので、それから1年近くが経過する。
全ての記憶は薄れかけていたが、俺の身の回りは大きく変わった。一番大きなことは、女を抱けなかった原因の悪夢から解放されたことだ。そのお陰で、昔のように女を抱くことも出来るようになったが、今やすっかり男色に染まっている。
46歳の現在、性欲はまだまだ強い。しかし、精のはけ口は、もっぱら年配の男性に限られている。
まずは、1年前の事件に関わった、個人タクシーの福井と同居するようになった。これで気が向けば、いつでも福井を俺の部屋に忍ばせて、心ゆくまで愛し合うことができる。
同じく事件に関わった、警視の池上とも、ひょんなことから親密な間柄になった。彼は囚われの身になったとき、俺の見ている前で、暴漢のひとりにうしろを犯された。どうやらその屈辱が、妙な方向に作用したようだ。

俺は6年前の交通事故で右ひざを潰し、1年前の死闘で、左ひざを銃弾で打ち砕かれた。2度に渡る手術と療養生活のあと、なんとか普通に歩けるようになっている。
東京の勤め先は辞めて、現在は義父が横浜で経営している、ビルの賃貸会社で働いている。自宅から近いし、一人息子の啓介との時間も多く取れるので、今のところ十分満足している。
満足していると言えば、義父も同じ思いだろう。なにしろ俺に男の色を教えたのは、この義父だ。俺が同じ会社にいれば、いつでも接近できる。義父は義母に隠れて、事あるごとに俺をベッドに誘い込もうとする。

この日、俺は池上と親密なひとときを過ごしたあと、会社に戻った。
事務室の片隅で、篠田と経理担当の池田が、なにやらひっそりと話している。背が高くスマートな体型の義父と、背が低くぽっちゃりした体型の池田。彼らは二人三脚で今の会社を大きくしてきた間柄だが、男同士の密かな交際も続けている。
義父は68歳、池田はふたつ年下の66歳だ。
(二人はどんな愛の形を作っているのだろう?)
窓際に佇む二人の姿を見て、俺はふと思った。
俺は義父に内緒で、池田とも何回か関係していた。二人とも俺に対しては女役を演じるが、彼ら二人のときは、どちらが女役になるのだろう?

「やあ、戻ってきたか」
篠田修一郎が俺に気付いて、声をかけた。声の調子から、俺は何かあるなと思った。
案の定、義父は近づいてきて、ホッとしたように言った。
「これから大貫さんの所に行ってくれ」
「大貫さん?また、何ですか?」
「本町のビル用地の件だ。大貫さんが坪300万じゃなきゃ、売らないと言ってきたのだ」
「そんな馬鹿な!室井部長は、200万で了解したのですよ」
「それは知っている。多分、誰かが入れ知恵したか、あるいは、大貫さんが例によって気まぐれを起こしたのだろう。で、君に行ってもらいたいのだ」
本町にある古くなったビルを、建て替えようという計画があった。そのままでは地形が悪いので、隣接の土地を買い増しすることになった。
その地主が大貫で、彼は横浜市街のあちこちに小さな土地を持っていた。すでに何度か取引実績があり、先方の担当部長、室井とは順調に話がまとまった。その矢先での、大貫オーナーの変節だった。
俺は大きくため息をついて、義父に言った。
「分かりました。あの人は苦手だけど、何とか説得して見ましょう。契約書も持っていきます。話がついたら、また気が変わらない内にサインして貰います。で、坪単価いくらまでならいいんですか?」
義父は池田の方を見た。池田が少し考えて、おずおずと言った。
「ぎりぎり250万円です。それ以上は採算ラインに乗りません」

大貫は横浜財界でも大物で、かなりのうるさ型かつ変わり者だった。
年の頃60代半ば、でっぷりと太った老人で、いつも尊大な態度をしていた。
大貫と初めて会ったとき、俺は内心、驚いた。大貫は、非業の死を遂げた老医師の太田にそっくりだったからだ。顔つきだけではなかった。体つきも声も似ていた。
このとき別れ際に、大貫は何の前触れもなく、俺の股間をわし掴みにしたのだ。そして、驚いて固まった俺の顔を見ながら、大貫はのんびりと言った。
「ほう、デカいものを持ってるじゃないか。これからが楽しみだ」
大貫は無遠慮に俺の股間をまさぐると、さっさと帰っていった。
それが大貫との初対面だった。

大貫の事務所に出向くと、案に相違して、大貫は上機嫌だった。
「よお、ホームランバッターか。おまえがわざわざ来たのなら、わしも無茶は言えんな。280万で手を打とう」
「190万円でお願いします」
俺はすかさず言った。
「なにおっ!最初に決めた200万より、低いじゃないか!」
「大貫さん、今、最初に決めた200万って、おっしゃいましたね。大貫さんは男の約束を、どう考えられているのですか?」
「あれは、室井が勝手に決めたことだ。――おまえに手なずけられてな」
(手なずけられてとは、どういうことですか?)
思わず口から出かかった言葉を、俺はぐっと抑えた。
実は、俺と室井は親密な肉体関係を結んでいた。商取引を有利に持っていくためには、相手の信頼を得なければならない。その上、室井は俺好みの可愛らしい体つきをしていた。それで室井を誘ったところ、簡単に乗ってきた。もともと室井は、野球選手時代の俺のファンだったのだ。
俺が黙っていると、大貫は何事も見透かすような目つきで、ボソッと言った。
「――260万」
俺はグッと詰まったが、あくまで強気に出た。
「駄目。200万。それで駄目なら、もう大貫さんとのお付き合いは出来ません」
大貫はずるそうな目付きで俺を見た。彼は苦労して重い腰をあげると、俺の横に移動して、でっぷりとした体を擦り寄せてきた。
「と言うことは、何か、200万でわしと付き合うてくれると言うのだな」
大貫の分厚い舌が唇を舐める。
俺は尻込みした。
「いや、そういう意味では――」
「武士に二言は無い!よし坪200万で決めた。成約祝いに今度、熱海に行こう。わしとおまえ、二人きりでな」
大貫は俺の顔を見て、ニンマリと笑った。一瞬、太田の面影が重なって、俺は思わず尻を遠ざけた。

自宅に戻ると、福井は大わらわだった。なにしろ啓介の誕生パーティーに4人の客が来るのだ。料理やワインを仕入れ、啓介のために手製のケーキを作る。それを学校から戻った啓介が、甲斐甲斐しく手伝っている。
俺の親父は先に着いていたので、俺は福井の邪魔にならないように、応接室で親父の相手をした。
1年ぶりの再会だが、親父はちっとも変わっていなかった。健康的に日焼けした顔、穏やかな目と目尻の小じわ、適度に締まった肉体。田舎生活のもたらす健康的な肉体は、親父が70歳になるというのを忘れさせるほどだった。
「すっかり落ち着いたようだな」
「ああ」
「啓介も明るくなった」
「ああ。福井さんが家に来てくれたからね」
「あの人が来て、おまえも大助かりだろう」
「ああ」
いつもながらの短いやり取り。それでも俺は、信頼を寄せ合っていた頃の、親子に戻った気がしていた。
そのうち篠田夫妻がやってきた。それから少し遅れて、池上警視もやってきた。それぞれに、啓介への誕生日プレゼントを持っていた。
今日のホスト役、14歳になる啓介は、多少緊張しつつも、ゲストを居間に誘導し、福井の用意した料理を進めていた。

啓介によるケーキのろうそく消しが終わると、皆、思い思いの格好で、夜のひとときを過ごしていた。
啓介は、唯一の女性客である祖母を気遣って、もっぱら彼女の相手をしていた。
その夫、篠田は、池上から離れたところで、俺の近くにいた。義父が池上を敬遠する理由を知っているのは、俺だけだ。
池上は何か話したそうだったが、俺の横に義父がいるので、遠慮しているようだ。彼は、今日ホテルで過ごした情事の名残を思わせる目付きで、俺を見ていた。
ふと目を転じると、福井がそっと俺から目を逸らせた。
福井は俺のことになると、勘が鋭くなる。
俺が義父や会社の池田とちょっと親密な汗をかいたときなど、家に帰るとすぐに気づいた。べつに俺の下着の匂いを嗅いだわけでもないのに、彼独特の勘だ。
かといって、べつに俺に対して恨み言を言うわけでもない。何も気づかない振りをして、健気に明るく振舞う横顔に、ふっと寂しさを滲ませる。そんな夜は、いつも以上に優しく、そして情熱的に、福井を愛してやった。

そして今、福井の鋭い勘は、海千山千のベテラン刑事である、池上警視をも見逃さなかったようだ。俺を見る池上のちょっとした仕草に、福井は何かを感じ取ったようだ。
それとなく福井の様子を窺っていると、俺の親父が福井に接近した。
「息子と孫がいつもお世話になっています」
親父に声をかけられた福井は、どぎまぎしたように顔を赤らめた。
「あ、いえ、どういたしまして――私のほうこそお世話になっています」
福井のあわてた様子に、俺はオヤッと思った。親父の顔をまぶしそうに見上げる福井の顔は、まるで密かな思いを抱いた男の顔だ。
背の高い親父と背の低い福井の姿は、まるで会社で、義父と池田を見ているような錯覚を起こさせる。
「俊一はひとりっ子で育って、ちょっと我儘なところがあります。福井さんに、ご迷惑をおかけしているのではないですか?」
「とんでもございません」
福井は慌てたように言った。それから、ニヤつく俺に気づいて、言葉を足した。「まあ多少は、野球選手時代の奢りが残っているようですが――。でも今日、お父さんにお会いして、俊一さんがハンサムな理由が分かりました。あなたはとても素敵な顔をしていらっしゃる。――いや、息子さんより、あなたの方がずっと男前です」
福井の言葉に、親父は珍しくはにかんだ表情をした。
「冗談でしょう。こんな70歳になる爺さんに向かって――」
「70歳ですか!とてもそんなには見えません。私は62歳になりますが、てっきり私と同じくらいだと思っていました」
「お世辞でも、そう言っていただけると嬉しいですな」
「いや、お世辞ではなく、本当にそう思っています。お父さんは本当にお若い」
福井の目が熱っぽく輝いている。
二人は顔を見合わせて、恥ずかしそうに微笑みあった。
(おい、まさか――)
見ている俺は、複雑な心境だった。
[17/08/05 21:30 神亀]
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