目 次
■ デッドライン第三部(反撃) - (8)
(8)

キツネ目はスキンヘッドがいなくなると、ポケットから小さなキーを取りだして、池上の背後でごそごそとやりだした。
池上がベッドの支柱から解放された。キツネ目は、腰のベルトに刺したブラックジャックを手に取り、池上にむかって言った。
「ジジイをトイレに連れて行って、ケツをきれいにしてやれ」
そこで、棍棒を空いた手のひらに打ちつけながら言った。「逃げようなんて思うなよ。痛い目にあうぞ」
「おい、まてよ」
俺は抗議した。「池上さんは、手と足に怪我をしているんだぞ。俺が代わりにやる」
キツネ目は、せせら笑った。
「おまえは油断がならん。そこで待っていろ」
それから、池上にむかって、苛立ったように命令した。
「おい、早くジジイを連れていけ」

池上がよろめきながら立ちあがり、キツネ目をにらみつけた。一瞬反抗するかと思ったが、右足をひきずりながら、おとなしくベッドに近づいた。
何度か呼びかけて、ようやく福井が目を覚ました。池上は事情を説明して、福井をベッドから起き上がらせた。
福井は蒼白な顔をして、目付きがおぼつかなかった。
池上は、手錠をかけられた福井の体に腕をまわして、支えてやった。キツネ目がドアを開けて、二人を待った。
部屋を出る二人の足取りは、いまにもぶっ倒れそうなほど痛々しかった。

俺は一人きりになった。しかし今の俺には、成す術がない。3人が戻ってくるのを待つ間、作戦を考えた。チャンスは一度しかないだろう。俺はキツネ目が戻って来るのに備えて、両足の膝を折り曲げて力を貯えた。
ほどなく3人が戻ってきた。福井はすっきりとした表情をしていた。福井をベッドに戻したあと、キツネ目が、池上の両手を背後に回して手錠をかけた。
「ごくろうだったな」
キツネ目は、池上の両肩に手を置いた。そのとたん、膝が引き上げられた。
急所を直撃されて、池上は声もなくうずくまった。それを小気味よさそうに見下ろしながら、キツネ目がうそぶいた。
「これはほんのお礼だ」
それから二度三度、横たわる池上の体に蹴りをいれた。
俺は男をなじろうとしたが、ぐっと我慢した。男を刺激して、池上がこれ以上暴行を加えられるのを助長させることもない。
しかし、当の池上が男を刺激した。彼は気丈にも、床に横たわったままキツネ目をにらみつけ、軽蔑したように言った。
「おまえは、無抵抗の人間しか、相手にすることができないのか。可哀想なやつだ」
キツネ目はせせら笑った。
「おっさん、減らず口だけは達者だな」
男はすばやくかがみこむと、池上の脚のあいだに膝をもぐり込ませた。それから池上の両膝をつかんで、左右にこじ開けながら言った。
「じゃあ、もうちょっと遊んでやるか」
池上が反応するまもなかった。男は反動をつけて体を浮き上がらせると、無防備に開かれた池上の股間に右膝をめりこませた。
「ぐっ!」
くぐもったうめき声。
男の攻撃は決定的だった。池上は体を丸めて、急所の激痛に息を詰まらせた。

「おや、可愛らしい尻をしてるじゃないか。ちょいと味見してみるか」
腰を曲げて苦悶する池上の後ろを見ながら、キツネ目がつぶやいた。彼は屈みこんで、警官のベルトを緩め出した。
「何をする!やめろっ!」
池上が腰をゆすって、男の手から逃れようとした。キツネ目は、それを意に介さなかった。暴れる池上のズボンを引き下ろし、パンツも引き剥いだ。
「きれいな尻をしているじゃないか。すごくそそられるぜ」
キツネ目の興奮した声。彼は池上の尻をまさぐった。
池上の喘ぎ声とキツネ目の荒い息使いが続いた。その内、キツネ目は自分の下腹部をむき出しにすると、池上の体に覆いかぶさった。
「やめろっ!ああ、やめてくれ――ひっ、うわあっ!」
池上が悲鳴を上げた。
「くううっ、締りが良い。ポリ公を犯すのは、すごく興奮するぜ」
キツネ目は興奮した声で言うと、あとは押し黙って、痩せた尻をモクモクと動かし出した。
静まり返った船内で、池上の哀れっぽい喘ぎ声、それに湿った卑猥な音がした。
それを見ている俺は、情けないことに興奮していた。
池上にとって幸いなことは、キツネ目が早かったことだ。男は満足そうな呻き声をあげて果てると、池上から離れた。

俺は頭を下げ、ぐったりとした振りを装った。
男が近づいてくる気配がした。キツネ目の照れ臭そうな声が聞こえた。
「おい、向こうに寄れ」
俺は弱々しく顔を上げ、のろのろと体をずらせた。キツネ目は後ろ向きになって、池上の体を引きずった。ズボンを引き下ろされたままで、むき出しの白い尻が痛々しかった。
(チャンスは今しかない)
俺は慎重に間合いをはかると、弾みをつけて両足を振り上げ、キツネ目の腰を挟んだ。反動でキツネ目が仰向けに倒れかかってきた。
男の頭が、俺の胸にぶちあたった。一瞬、息が詰まったが、素早くキツネ目の首に両足をからませた。膝関節の間に、首ががっちりとおさまった。
こん身の力をふりしぼって、腿で締めつけた。

すかさず池上が後ろ手になったまま、キツネ目の両足の上にのしかかった。キツネ目は、俺の脚をかきむしりながら、激しくもがいた。
右の膝に鋭い痛みが走ったが、俺はかまわず最後の力をふりしぼった。
ふいにキツネ目の体から、力が抜けた。
しばらくして足を解くと、男の体がぐんにゃりとして床に横たわった。
池上は、背後で手錠をされた両手を前にまわそうと、体を折り曲げて悪戦苦闘していた。太った腹が邪魔になって、なかなか両手が尻の後ろを抜けなかった。
とうとう彼はあきらめて、今度は後ろ手のまま、キツネ目のズボンのポケットをまさぐった。キツネ目が手錠のキーを入れたのを見ていたのだ。

時間がかかった末、俺たちはようやく手錠を外した。
すぐに福井の様子を見にいった。ぐったりとしていたが、呼吸は正常だった。
「大丈夫かい?」
「ああ──だいぶ──楽になった」
福井がかすれた声で答えた。しゃべるのが辛そうだった。
そのとき池上の声がした。
「死んでる」
池上は、キツネ目の頸動脈に、指を押し当てていた。
男の死を聞いても、なんの感慨も浮かばなかった。先ほどキツネ目に犯された、池上の気持ちを配慮して、俺は黙っていた。

ようやくおとずれた、脱出のチャンスだった。
部屋を出る前に、なにか役に立つものはないかと部屋中を捜し回った。
何も見つからなかった。
武器といえば、死んだキツネ目のポケットにあった、ちっぽけな飛び出しナイフと、床に転がるブラックジャックくらいだ。
しかし、何もないよりはいい。俺はブラックジャックを手に持つと、飛び出しナイフは池上に渡した。ゴリラ男とスキンヘッドのことを思うと、暗澹とした気持ちになってくる。格闘技では、とうてい彼らにかないそうになかった。
俺は部屋を出る前に、年配者たちに言った。
「いいですか。あいつらに見つかったら、あなたたちは逃げて下さい。俺が奴らをくい止める。五体満足なのは、俺だけですからね」
池上が抗議するように言った。
「あなただって、ひどく痛めつけられているじゃないですか」
「大丈夫。骨は折れていません。何年か前までは、プロスポーツをやっていたんですよ。回復力には自信があります」
俺は強がりを言った。
「しかし──」
池上は納得できないようだ。
「大丈夫です。とにかくあなたたちは、逃げることを第一に考えてください」
福井が心配そうにこちらを見ていた。
俺は安心させるように、彼に向かって微笑んだ。その実、全身がズキンズキンと疼いていた。とくに右膝の痛みはひどかった。

ドアを細めに開け、外の様子をうかがった。
裸電球に照らされて、廊下には誰もいなかった。狭い廊下の先に、上にのぼる階段があった。右側にドアが三つ並んでいる。階段に近いドアはトイレだとわかっていた。
男たちは手前の部屋にいるのだろうか?さっき池上の悲鳴を聞きつけて、様子を見に来たスキンヘッドが、どちらかの部屋にいるのは確実だ。しかし、それを確かめてみる気はしなかった。
俺は振り返ると、二人にささやきかけた。
「さあ、行きますよ」
[17/08/01 07:13 神亀]
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