目 次
デッドライン第三部(反撃) - (3)
(3)

「梶山に、いくらもらっている?」
池上は朦朧としていたが、俺の質問に、何のことだと言うような表情をした。
「答えろ。梶山に金をもらっているのだろう?」
「何のことだ?私は金などもらっていない。それに梶山とはどこの梶山だ?」
「あんたと遊んでいる気にはなれないんだ。正直に白状しろ」
俺は拳銃を目で捜しながら言った。銃はドアのところにあった。立ち上がると、銃を取りに行った。池上は、不安そうな面持ちで、俺の動きを見守っている。
俺は池上のところに戻ると、拳銃を見せながら訊いた。
「しゃべる気になったか?」
池上が苛立って、声を張り上げた。
「だから言ってるじゃないか!私は梶山などという男から、金などもらってないっ!」
俺は反射的に、池上の頬を平手で叩いた。乾いた音がした。池上が、ムッとして俺をにらみつけた。
「大声を出すな。こんど騒いだら、ほんとうに撃つぞ」
「ハッタリだ。弾丸は入っていないと言ったじゃないか」
「試してみるか?」
俺は拳銃を池上のこめかみに押し付けた。池上の体がビクリと動いた。
「嘘はついてない。梶山なんて本当に知らないんだ」
池上はあわてて言った。その額に汗が浮かんでいた。
俺は拳銃を押しつけたまま、ささやくように言った。
「あんたは知っているはずだ。前に俺が、梶山の家に行ったことを知っていたからな」
それを聞いて、池上はエッという表情をした。
「梶山って、梶山商事の会長のことを言っているのか?」
「ああ、とぼけるのはよせ」
「とぼけてなんかいない。その梶山なら、よく知っている。警察でも、ずっとマークしている男だ」
「どうしてマークしているんだ?」
「梶山商事は、表向きは不動産ブローカーだ。その実、裏ではあくどいことを色々とやっている。脅迫、脱税、暴力沙汰。会長の梶山は、市会議員だが、そうとうのワルだ。もっとも、彼を逮捕する確たる証拠は、まだ掴んでいない」
俺は皮肉っぽく言った。
「その梶山に、あんたは小遣いをもらっているってわけだ」
「馬鹿なことを言うな!私はそんな腐った男じゃない!」
池上は吐き捨てるように叫んだ。
彼の強い語調に、俺はちょっとたじろいだ。そこで別の質問をした。
「あんたは前に、栗田が架空の借り入れ名義で、銀行の金を12億も引き出していると言っていたな。その金がどこに流れたのか、警察では掴んだのか?」
「いや、まだ調べはついていない。最初に振り込まれたのは、八代商会という会社の銀行口座だったが、そんな会社はどこにもなかった。栗田や彼の親戚、それにおまえの口座も調べたが、12億もの大金はどこにもなかった」
そこで彼はハッとしたように、俺の顔を見た。「その事件に、梶山市議が関係していると言うのか?」
「質問しているのは俺のほうだ。もうひとつ。あんたは佳代と栗田の自殺が、巧妙に仕組まれた殺人事件だと匂わせたな。その犯人は、女房の浮気に嫉妬した俺だとも」
俺は、池上の表情を観察しながらつづけた。「おまえは本当に、そう思っているのか?」
池上が微かに笑った。
「最初から、おまえが犯人だとは思っていなかった。夫が、女房を殺す前に愛人とセックスをさせるなんて、よっぽどの異常者がやることだ。その点、おまえは正常な男のようだ」
おれは内心、ニヤリとした。
(はたして正常と言えるかな。おれは男も抱いているんだぜ)

池上は、俺をにらみつけた。
「しかし、大木が殺された事件は、おまえが第一の容疑者だ」
「どうしてそう思う?」
「おまえは、彼を山下公園に呼び出した。それに現場の目撃者もいる。おまえの写真によく似た男が、大木の死んでいるベンチにいたという話だ」
「俺が行ったとき、彼はすでに死んでいた」
「それはどうかな。おまえを信じる理由はなにもない」
池上は怒りの眼差しで、俺を見た。彼とすれば、相棒の死に、深い悲しみと激しい怒りを覚えているのだろう。
池上は追い討ちをかけるように、つづけた。「それに、おまえと親しい太田さんが、行方不明だ」
「太田さんが行方不明だなんて、どうして分かった?」
「やはり知っているんだな。彼をどこにやった?」
「質問に答えろ。どうして知ったんだ」
「太田さんの家族から連絡があった。一昨日の夕方、彼はおまえの家に行くと言って出たきり、戻ってこないとな」
「じゃあ、俺の家を調べただろう」
「ああ。しかし家には誰もいなかった。おまえも息子も」
俺はゆっくりと言った。
「太田さんは死んだ。──拷問されて」
「何っ!どうして!」
池上が叫んだ。
「大声を出すな!」
俺は反射的に、池上の頬を叩いた。すこし強く叩きすぎた。池上は顔をゆがませ、鼻血を出していた。

「大声を出すんじゃない」
俺はもう一度警告した。「いいか、昨日、俺が連絡をとろうとしたのは、あんただ。そのことは、聞いているのか?」
池上は、怪訝な表情をした。
「何のためだ?」
「用件も聞いていないのか?」
「おまえから電話があったことは聞いていないし、用件も聞いていない」
「やっぱりな──どうやら警察の中に悪い虫がおるようだ」
「なんのことだ?」
「きのう、あんたに貰った名刺の番号に電話したら、あんたはいなかった。俺は電話に出た警官に、こちらの携帯番号を教えた。
それからしばらくして、大木さんから連絡があった。
俺は、栗田が脅迫されて銀行の金を引き出した証拠を見つけたと話し、場所と時刻を決めて大木さんと会うことにした。
そこへ行ってみると、大木さんはすでに死んでいた。それから、恐いお兄さんたちが銃を持って、俺を追いかけ回したってわけだ」
池上に考える時間をあたえるため、少し沈黙した。「――警官のだれかが、梶山に連絡を入れたんだよ。俺はてっきり、あんたが悪い虫だと思っていた」
「私じゃない!」
池上が叫んだ。
「大声を出すな」
俺は左手を振り上げた。池上が怯えた表情で、首をすくませた。
どうやら池上は信用してよさそうだった。俺は、この数日間に起こった出来事を、話し出した。

「──というわけだ。その証拠はいくらでもある。生コン工場の焼け跡や、山下公園そばの立体駐車場を調べてみればいい。銃弾跡が山ほど見つかるよ。それに、まだ場所は教えられないが、そこにいる俺の息子や協力者の話を聞けば、あんたも信じるだろう」
全てを話し終えると、池上も福井と同じような表情をしていた。
「あんたが信じられないと思うのは、当然だ。現実の世界で、アメリカのマフィア映画のようなことが起こっているんだからな」
池上はもぞもぞと尻をうごめかした。
「ベルトを解いてくれないか?」
「あんたが梶山の仲間じゃないという、証拠はどこにある?」
「証拠などない。ただあるのは、大木の仇をうちたいという強い気持ちだ。昨日の夜、私は彼の殺された現場に行った。──空しい気持ちだったよ。彼とは2年間も、コンビを組んでいたんだ。彼が浜署に赴任して以来――」

俺は、池上を信用することにした。
「もしもあんたが悪徳警官だったら、俺は地の果てまでも追いかけるぞ」
念を押すと、池上のいましめを解いた。
池上は手首の血行をよくしながら、俺にむかって聞いた。
「いま、携帯電話を持っているかね?」
「ああ、持っているよ。それがなにか」
「じゃあ、私に貸して欲しい。浜署に電話しなければ。昼から大木の葬式があるんだ」
俺は迷った。確かに大木とコンビを組んでいた池上が葬式に行かなければ、不審に思われるだろう。かといって、このまま池上を無罪放免するわけにもいかない。
そこで池上に言った。
「オーケイ。じゃあ携帯を貸してやる。ただし、あんたには、もうしばらく付き合ってもらう。だから葬式には、行けなくなったと言ってもらいたい」
案に相違して、池上は素直にうなずいた。それから携帯電話を受け取ると、署に電話した。

池上は電話をかけおわると、携帯を俺に返した。それから、そっと口元に手をやった。切れた唇の血と鼻血は乾いていたが、痛々しかった。
「すまない――叩いたりして」
俺は素直に謝った。
「いいんだ」
池上は気のない返事をしながら、なにやら考えていた。
彼の気がかりな表情を見て、俺は聞いた。
「どうした?」
「昨日、署に電話したとき、携帯番号を相手に教えたと言ったね?」
そう言う彼の口振りは、慎重だった。
「ああ、だからどうしたって言うんだ?」
「それはだれの携帯電話だね?」
「俺たちを助けてくれた友人のだ。昨日、借りたんだ」
そこまで言って、池上の言わんとすることに気づいた。警察なら、電話番号から持ち主を割り出すのは簡単だ。
「まさか!」
俺はあわてて、福井のアパートに電話をした。誰も出なかった。呼び出し音のむなしい音が鳴りひびくだけだった。
「アパートには、息子がいるんだ。あいつら──」
俺は立ち上がると、部屋を出ようとした。
「待ってくれ!私も行く!」
池上が、もがきながら立ち上がった。そこで、ズボンを穿いていないのに気付いて、大慌てでズボンを取りに行った。

俺たちは外に飛び出して、車に駆け込んだ。
車をすっ飛ばしながら、自分のまぬけさ加減をなじった。警察内部の人間を疑っていながら、こちらの電話番号を教えるなんて。初歩的なミスだ。
(畜生、落ち着いて考えろ――)
はやる気持ちを押さえて、努めて冷静になろうとした。
助手席では池上が、福井の家に電話をかけ続けていた。しかし、電話は、あいかわらず繋がらなかった。
[17/07/27 15:50 神亀]
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