■ デッドライン第二部(調査) - (14)
(14)
俺は携帯電話をつかって、池上に電話をした。電話番号は、前に池上にもらった名刺に載っていた。
池上は不在だった。少し考えて大木の名前を言った。大木も出かけていた。電話に出た男に、こちらの番号を伝えると、電話を切った。
通りすがりの喫茶店に入った。隅の目立たない席に座って、池上からの連絡を待った。
20分ほどして携帯が鳴った。池上ではなく相棒の大木からだった。
「今、署に戻ったところですが、あなたから連絡があったと聞いて、電話をしました。今どこにいるんですか?」
(なんで俺の居場所を聞くんだ?)
大木の質問は気に食わなかった。
「そんなことはどうでもいいでしょう。池上さんはいますか?」
先方がすこし沈黙した。それから慎重な声がした。
「池上警視は非番で、今日は研修のため、東京に行っています。どういったご用件でしょうか?」
「あなたたちはこの前、栗田の横領事件の話をしましたね。私はその証拠となる書類を見つけました。栗田は脅迫されてやっていたんです」
「証拠となる書類!じゃあ、すぐそちらに行きます」
「自宅にはいません」
俺は性急に言った。「外で会いたいんです。――私は昨日、殺されかけた」
大木は、矢継ぎ早に質問した。
「殺されかけた?どうして?――あなたは何のことをおっしゃっているんですか?――それに、太田さんがあなたの家に行くと言って出かけて、行方不明なんです。どこにいるかご存知ですか?」
煩わしくなってきたが、俺はぐっと我慢した。
「詳しいことは会ってからお話します。池上さんとは会えるんですか?」
「研修の後、直接自宅に戻ると思います。――何時になるかは知りませんが」
「そうですか──」
俺は少し考えた。こんなことは早く終わりにしたかった。そこで大木に言った。「じゃあ、あなたと会いましょう。大木さんは、山下公園の占い小屋をご存知ですか?」
「ええ、知っていますよ。前に女房と行ったことがあります」
「そこで夕方5時に待ち合わせしましょう。ただし、一人で来てください。でないと、私は姿を現しません。いいですね?」
俺はタクシーで公園まで行った。人の姿はまばらだった。
回りに気を配りながら、慎重に歩を進めた。今のところ、俺に注意を払っている人間はいないようだ。
大木は、占い小屋の近くのベンチに座っていた。よれよれのトレンチコートを着て、頭にはソフト帽を目深にかぶっている。いかにも彼お気に入りの、コロンボ刑事らしい出で立ちだ。
俺は大木に近づく前に、まわりの様子をうかがった。若い男女連れが占い小屋の案内板を熱心に見ていた。その横では、体格のいい若い男が二人、ボクシングのまねごとをして、じゃれあっていた。どの人間も、誰かを待ち伏せしている風には見えなかった。
俺は意を決めて、大木に近づいて行った。
近づくにつれ、彼の様子がどことなくおかしいのに気づいた。眠っているかのように、うなだれているのだ。
ベンチに近づくと、横に腰掛けて声をかけた。
大木からはなんの反応もなかった。
そのとき気づいた。大木のコートの脇腹に焦げた穴があいていた。そこから血の染みが滲み出ている。
大木のコートに手を伸ばそうとしたとき、目の隅に、スキンヘッドの男がこちらに向かって来る姿が写った。
あわてて立ち上がろうとした。そこで、二人の男に囲まれているのに気づいた。先程、占い小屋の前にいた若い男たちだ。
俺は素早く行動した。右側の男の膝を蹴りつけると、立ち上がりざま、左の男の顎に拳を叩き込んだ。
それから走り出した。
声は聞こえなかったが、背後から追ってくる足音がした。
右足をひきずって走りながら、人通りの多いところを探した。しかし冬のこの時期、人影はまばらだった。
思いきって背後を振り返った。男たちは予想したよりも近づいていた。若い二人の男が先行し、スキンヘッドが少し遅れてついていた。
急にパニックに陥って、スピードを早めた。右膝が痛みだした。このままでは追いつかれてしまう。
後先考えずに、通りがかりの建物に飛び込んだ。
そこは立体駐車場だった。遮蔽バーをくぐり抜け、車路に沿って、上に駆けあがった。ランニングを続けていたわりには、すぐにへばってきた。胸が焼けるように痛かった。それに右膝は、筋肉の酷使に悲鳴をあげていた。
駐車場の中は、外の人通りが少ない割には、満車状態だった。車路に沿って走り、ほかに逃げ道はないかと周囲をうかがった。
ふいに顔の右側に、空気を切り裂く音がして、前方のコンクリートの破片が飛び散った。昨晩以来、すっかりおなじみになった銃の弾丸だ。しかし今回は、銃撃音はしない。
俺は駐車している車の間に、横っ飛びにもぐり込んだ。それから、屈みながら車の隙間を縫って走った。車路を走る男たちの靴音が聞こえてきた。
(駄目だ、このままでは追いつかれてしまう!)
俺は必死で逃げ道を探した。そのとき、赤いペンキ塗りの火災警報盤が目にとまった。
その盤に駆け寄った。
すぐ横の壁面で、銃弾が立てつづけに二発はじけた。それにかまわず、非常ボタンのアクリル窓を強く押した。
けたたましい警報ベルが鳴り響きだした。
男たちはその音に驚いたのか、銃撃が途絶えた。
俺はそのタイミングを利用した。頭を低くして、そばの階段室に飛び込んだ。そのまま段面を、二足飛びに駆けあがった。
(あの音で、あいつらはあきらめて引き返すだろうか?)
しかし俺の考えは甘かった。
下のほうからドアを開ける音がした。階段の隙間越しに、スキンヘッドの姿がチラリと見えた。手には、細長い銃身のピストルを持っている。
(畜生、これじゃあ袋のねずみだ──)
毒づいて、ふたたび死に物狂いで階段を駆け上がった。
俺はフイゴの様に息を荒げていた。それに、下から追いかけてくる男たちの乾いた靴音がつづいた。
4階の踊り場で、とっさに靴を脱ぐと、階段の非常ドアを大きく開けた。そうしておいて、壁際に沿って足音を忍ばせ、身体を低くしながら階段を上りつづけた。それに男たちが騙されたかどうかは、分からなかった。
屋上に出ると、あたりを見回した。ちょうど中年の男が、バックで所定の区画に駐車しようとしていた。
俺は後先考えずに、その車に駆け寄った。ドアを激しく叩いて、怒鳴った。
「車から出るんだ!早く!」
男はうろたえて、車から出てきた。俺の剣幕に、声も出ないほどおびえていた。金持ちらしい身なりに、温厚そうな顔。俺は車に乗り込みながら言った。
「警察のものだ。車を借りる」
呆気にとられて見守る男を後にして、車を発進させた。スロープにさしかかったとき、下の階から若い男が二人歩いてくる姿を見つけた。俺を襲った二人連れだ。二人とも手に銃を持っていた。
俺はスピードをあげて、彼らに突っ込んでいった。男たちがあわてて左右に飛び退った。左にいた男が、車のバンパーに撥ねられて、壁に激突するのがチラリと見えた。
俺は気にしなかった。スピードを上げたまま、車路を走り下りた。
途中、警報ベルを調べる従業員の姿を見かけたが、スキンヘッドの男はどこにも見当たらなかった。おそらく階段室のほうにいるのだろう。
駐車場の出口の手前でスピードを緩め、係員に落ち着き払って料金を支払うと、車を外へ進めた。
車を運転しながら、冷静に事態を反芻した。
警察の内部に、梶山の手先となる者がいるのは間違いない。大木と会うことは、俺以外だれも知らない。おそらく大木に聞いた警察署の誰かが、梶山に通報したのだ。大木の相棒の池上だろうか?
(畜生、どうすればいいんだ?)
俺は絶望感にとらわれた。これまでのところは、梶山に先手を打たれている。そろそろ反撃の時期だが――。
しばらくして、ある作戦を思いついた。
俺は福井のアパートに戻る前に、山の手のほうに車を向けた。
(第三部につづく)