■ 風の新之輔第二部 - 第二部流浪の旅(六)
(六)
次の日から新之輔は、毎晩のように妙窓と交わった。そして老僧から、衆道についての多くを教わった。
「衆道は、される側が一方的に苦痛を耐え、献身的に尽くすように言われがちですが、拙僧はそうは思いません。する側も相手の身をおもんばかって、される側の感覚を知るべきです」
「される側の感覚――でござるか」
「さようです。される側の苦痛も含めてです。それを知れば自ずと、どうやれば相手が痛がらずに悦ぶか、ということも分かってまいります」
妙窓は説明したことを、閨で実践した。
新之輔は下帯を解いて、仰向けに床に就いていた。
「さ、さ、新之輔さま、片膝を立てて、股を大きく開いて」
「こうでござるか――なにやら恥ずかしゅうござる」
「ここに居るのは、あなたさまとわたくしだけです。恥ずかしがることはございません」
「――ああっ!」
いきなりへのこを口に含まれて、新之輔は喘いだ。器用な舌になぶられて、男の分身がみるみる力を漲らせる。その間、手慣れた小さな指が、ふぐりから尻の割れ目へと撫でまわしてくる。
「あっ、そ、そのようなところを――」
菊肛をまさぐられて、新之輔はあわてた。
「新之輔さま、そのままに。これがされる側の感覚でございます。今宵は、この感覚を存分に味わっていただきます」
小さな指がゆっくりと、円を描くように動いた。その接触部分から、奇妙な感覚が這いずり上がってくる。
(これがされる側の感覚か――)
尻の狭間で、異様な触覚がざわめいた。
新之輔は、いつしか目を閉じていた。
指が小さな円を描きながら、押し入ってきた。滑り薬でもつけているのか、その指はツルリと菊門に入ってしまう。
「うおっ!」
新之輔は思わず声をあげた。
指が、身体の中で動いた。ツルリ、ツルリ、と抜き差しする。
なんの痛みも感じなかった。今までに覚えたことのない、不思議な感触だった。しかしその感触は、未知の領域へと連れていかれそうな、不安な昂ぶりを覚えるものだった。
ふいに二本の指が、ググッと突き入れられた。
「くっ、い、痛い――」
すかさず妙窓の声が聞こえた。
「どうですか、このように急に太いものを入れると、痛いのがお分かりでしょう。ですから、優しく、徐々に、慣らしながら行うのです」
「新之輔さまは、心根が優し過ぎます」
僧房に来て五日ほどが経ったころだった。妙窓が改まった口調で言った。「優しいだけでは、相手を悦ばせることができませぬ」
新之輔がいぶかしげな表情をすると、妙窓が説明を始めた。
「人の好みは様々です。たとえば、手籠めにされて悦ぶ男もいるのです。自分が懸想する人に折檻され、無理やり犯されて、はじめて悦楽を得るのです。そんな男と契るときは、あえて手厳しく扱わねばなりませぬ」
妙窓は話をつづけた。
「またそんな男でなくとも、される側には、逞しい男に無理やり犯されたい、などという気持ちが多少なりとあるものです。かく言う拙僧も、そう思うひとりでございます」
「でも拙者は、和尚と心の通い合う契りを結べたからこそ、至福の悦びを得ることができました。――それをあえて無理やりに犯すなどと、拙者には到底思いもつきませぬ」
「では新之輔さまにお聞きします。新之輔さまは、わたしと夫婦の様に一生添い遂げるお気持ちがお有りでしょうか」
「そ、それは――」
ふと昌造爺や小壺芳美の顔が浮かんで、新之輔は口ごもった。
妙窓は、にこやかに言った。
「ほほほ、無理にお答えなさらなくとも結構。戦のある世なら、衆道も真剣なものとなりましょう。しかし、今は天下泰平の世の中。衆道は慰め事、と気楽に構えられればよろしゅうございます」
その夜、妙窓は、閨にほかの男を呼んだ。僧房の御師、双恵だった。
妙窓がきっぱりとした口調で言った。
「今夜はこの双恵を相手にしていただきます」
驚く新之輔を尻目に、妙窓は多少厳しい口調で中年男に訊いた。「双恵、身を清めてきたか」
「はい、お師匠さま。なれど、このお方は、たいそうご立派なお身体をされています。とてもわたくしごときが、お相手出来るお方ではない、と存じますが」
「案ずるな。苦しみに耐えてこそ、功徳が施せるというもの」
妙窓はきっぱりと言うと、新之輔に向き直った。
「新之輔さま、この男は手籠めにされて悦ぶ類の男でございます。最初のうちは拒むやも知れませぬが、それは演技でございます。いかにこの男があらがおうと、またいかに苦しもうと、どうぞご存分にお責め下され」
新之輔に抱き寄せられて、双恵は身悶えしてあらがった。しかし、その抵抗は必死の様子がなく、力の弱いものだった。
(やはり、手籠めにされて悦ぶ演技であろうか?)
新之輔はあえて手荒に男を押さえつけ、身ぐるみ剥いでいった。
「ああ、お武家さま。ご勘弁下さい」
「許さぬ。大人しく言うことをきけ」
「ああ――ご勘弁を」
中年の立派な男が、小娘のようなか細い声で許しを請い、身悶えして逃れようとしている。しかもその肌は、艶やかな張りがあって、むっちりとした丸みがある。
その風情が、新之輔の獣心を煽り立てる。
新之輔はますます手荒に、男を責め立てた。
やがて――。
背後から強引に押し入ったとき、ひときわ高い男の悲鳴が尾を引いた。
妙窓は日中、本堂に出かけて、僧侶のお勤めをしていた。
新之輔はあいた時間を利用して、馬で遠乗りをしたり、寺院内の雑事を手伝ったりした。
そしてまた、剣を使っての素振りをした。
寺院内で抜身を見せるのは、憚られた。そこで近くの山林に入って、開けた空地で剣を振った。
大和須佐之介に貰った剣は、通常の日本刀より重かったが、新之輔にはちょうど良い重量だった。太目の柄も、新之輔の大きな手にしっくりと馴染んだ。
諸刃の剣は左右対称ではなかった。峰と思われる側は、刃幅が狭く肉厚だが、一方の側は、通常の刀より少し厚みがあるがさほどの違いはない。
刃はどんよりとして、いかにも頑丈そうだが鋭さに欠けていた。三角形状の切っ先も、灰青色の鈍い光を放っている。
剣をじっくりと見ていて、各部の用途の違いに気付いた。
つまり、諸刃の一方で切り、もう一方で相手の刀を叩き折り、そして剣の先端で槍のように突き刺すのだ。
新之輔はその用途の違いを意識して、剣を振るった。
剣を突き出し、横に払い、刃を返して峰打ちの要領で振り下ろす。
ふと人の気配を感じて、稽古を中断した。
現われたのは、妙窓和尚だった。
なぜこんな所にと思っていると、妙窓は穏やかに話しかけてきた。
「お邪魔しましたかな。掛け声が聞こえたものですから、つい近づきました。それにしても、あなたさまは、変わった刀をお持ちですね」
そう言うところを見ると、妙窓も剣術の心得があるようだ。
「和尚は剣術をたしなまれるのか」
新之輔が聞くと、妙窓は穏やかに否定した。
「いえいえ、わたくしはやりませぬ。ただ、父と弟が刀鍛冶をしていましたので、多少なりと刀剣については興味がございます。拝見してもようございますか」
妙窓は、新之輔から剣を受け取って、目の前にかざしてじっくりと見た。
「これは素晴らしい鋼だ。大和須佐之介さまが打たれたものですね。あの方は独創的な鍛冶をやられます。おそらく、鉄のほかに何かの金属を合金して、刀の強度を上げたものと見受けられます」
見た目だけでそこまで分かるのか、と新之輔は驚いた。
妙窓は、剣を新之輔に返しながら言った。
「碓氷峠にある熊野宮(熊野神社)に、円窓という宮司がおります。わたくしの歳の離れた弟です。腕の良い刀鍛冶ですが、生来の頑固者でして、気が向かないと鍛冶の仕事はやりません。もし新之輔さまが熊野宮に寄られることがありましたら、どうぞわたくしの名を出して、円窓に会ってやってください」
新之輔は、そろそろ永平寺を離れるときだと思った。妙窓の好意に甘えてつい長居をしてしまい、早くも十日あまりが過ぎていた。
別れを告げると、妙窓は淡々と受けとめた。
「ここでの生活は、どうでございましたか」
「目が覚めた思いでござる。衆道がこんなに奥深いものとは――それに、衆道の形も多様である、ということを知りました」
妙窓がおっとりとほほ笑んだ。
「新之輔さまは念者として、大変いいものを持っておられます。大きいだけでなく、弾力としなやかさもございます。ですから、こちらの形に合わせて、どこまでも隙間なく入り込んでこられる。これはされる側にとって、気の遠くなるような悦楽をもたらすものでございます。どうかこれからもその力を大切にお使いくだされ。それから――」
妙窓は手元に置いた品を、新之輔の前に差し出した。瓢箪(ひょうたん)と木の盃で、よく使いこなされて鼈甲色に染まっている。
「これらの品を新之輔さまにお譲り致します。瓢箪には丁子の油が入っております。ことに及んで、これを盃に注いで滑り剤として使うのです」
「ほう、あの滑り剤は、丁子が材料でしたか」
新之輔は驚いた。
丁子はテンニン科の喬木で、香りが良いことから、香粧料や香味料として使われている。また痛み止めの効果もあることから、薬料にもなっている。しかしこの当時、日本では油にする技術がまだ普及していなかった。
新之輔の疑問を読み取って、妙窓が説明した。
「丁子油は、丁子の花枝を水蒸気で蒸留して得たものでございます。長崎にいた男から教わりました。なんでも南蛮渡来の技術だそうです。わたくしはそれに沈香などを加えて、香り効果を高めております。
わたくしども後庭華を提供する者は、たえず尾籠の香り(肛交に際してのいやな臭気)がしないように心がけております。そのために、湯屋で尻の穴の中まで清めます。この丁子油は、滑り剤としてだけでなく、匂い消しとしても使っております」
そこで改まった口調で言った。
「新之輔さま――衆道はどちらかが苦しむものではなく、二人とも楽しむものでございます。どうぞこの品をお使いになって、される側も悦ばせてやってくださいませ」