目 次
■ デッドライン第二部(調査) - (11)
(11)

ドアを開けると、廊下の様子をうかがった。すぐ目の前に、廊下をはさんで大部屋のドアがある。照明は消されていたが、廊下の両端にある非常照明のお陰で、ぼんやりとした明かりがあった。
二人を室外に出すと、ドアを慎重に閉め、向かいの大部屋に入った。室内にも非常照明の薄明かりがあって、歩くのに支障なかった。
俺たちは中腰になって、大部屋の中を階段室のほうに進んだ。妙子は歩きづらそうに、足を引きずっていた。
廊下に出て階段室に達すると、音をたてないように、細心の注意を払って階段を降りた。
俺は二人を階段の踊り場に残し、ひとりで残りの階段を降りていった。スキンヘッドの男がどこにいるのか、見当がつかなかったからだ。
玄関ホールのドアには、鍵がかかっていた。二階のドアと同じタイプの錠だった。これでは錠前を外すのに、さっきと同じような時間がかかってしまう。
ドアをじっくりと調べた。左右大きさの違う親子扉で、よく見ると、ドアの上下にフランス落しの金具が取り付けられている。そのフランス落しを外して、ドアの合わせ目をそっと押すと、ドアは少しだけ外側にたわんだ。これなら体当たりをすれば、ドアは簡単に開きそうだ。
つぎに回りの様子をうかがった。受付カウンターの奥にいくつかのドアがあった。そのいずれかのドアの奥に、スキンヘッドの男が寝ているのだろう。
戻ろうとして、階段の下の壁に小さな扉がついているのに気づいた。近寄って、扉を引いてみた。錠前はついていなかった。扉を開くと、中には何もなかった。ちょっとした物置に使われていたのだろう。

そこで作戦を思いついた。
俺は階段の踊り場に戻ると、二人を導いて、階段の下に行った。
啓介と妙子を階段下の物置に入れて、扉を閉め、2階に戻った。
大部屋に入って、石油ストーブのほうに近づく途中、不意にドアのひとつが開いた。二人の男のいる部屋のドアだ。
俺はその場にしゃがみ込んだ。騒ぐ気配は無かった。そっと顔を上げてみた。部屋から出てきたのは、がっしりした体格をした藤岡のほうだった。藤岡は階段わきのトイレに入っていった。

決断のときだった。
このまま待って、藤岡が部屋に戻るのを待つか。その場合には、彼が俺たちの様子をうかがいに来て、ドアの異変に気づくかも知れない。それともトイレで不意をついて、彼を眠らせるか。
俺は迷わず、後者を選んだ。
トイレのほうに忍び寄り、膝をついてトイレの中に入った。極度の緊張に、膝の痛みは消えていた。ブースの陰から見上げると、放尿を終えた藤岡が、小便器に向かってズボンのファスナーを引き上げていた。腰の後ろのベルトに、黒い拳銃を差していた。
男が洗面器のほうに引き返してくる前に、俺はうしろに下がった。
水の音は聞こえてこなかった。そっと様子を伺うと、男は鏡に向かって、髪をかき上げていた。俺はじりじりと藤岡に近づいた。

第六感が働いたのか、藤岡が横を見下ろした。
――俺に気づいて驚愕した表情。
男が反応するまでに少し間があった。彼はあわてて、腰の後ろに手を伸ばしていた。
その隙を逃さなかった。
体を低くしたまま、藤岡に向かって体当たりした。肩が男の腹にぶち当たった。
男の体が壁に激突して、部屋が揺れ動いた。間髪を入れず、男の髪を掴むと、混身の力を込めて陶器製の洗面台の角にぶち当てた。ゴツンと鈍い音がして、男の体から力が抜けた。
格闘の物音に、キツネ目の男が気づいたかも知れなかったが、アドレナリンの働きで、俺は気にもしなかった。
藤岡は完全に意識を失っていた。額は傷口が開いて、血が流れていた。それにかまわず、男のポケットをまさぐった。煙草の箱とライター、それに車のキーがあった。それを自分のポケットに入れると、腰の拳銃を抜き取った。
拳銃を手にするのは初めてだったが、撃つ前に安全フックを外さなければならないということは分かった。長さは20センチほど、ポケットに入れるには長すぎたので、藤岡がやっていたように腰のベルトに差した。
トイレを出るとき、廊下の様子をうかがったが、もうひとりの男が起きている気配はなかった。キツネ目の男は、よほど熟睡しているのか、相棒がトイレから戻ってこないのにも気づいていないようだ。

時間をロスした。俺は急いで大部屋の石油ストーブに歩み寄った。
ストーブは冷え切っていた。燃料タンクのキャップを外し、ストーブを傾けて中身を床に流した。灯油の染みが床の上に広がった。
もうひとつのストーブも同じようにすると、靴を脱いだ。
脱いだ靴を片手に、藤岡のポケットにあったライターに火をつけた。それを床に落とすと、階段に向かって走った。
背後が明るくなり、煙の匂いがしたが、振り向かなかった。
階下におりると、啓介たちのいる物置に入った。扉の内側には取っ手がついていなかったので、扉を閉めるのに苦労した。
俺たちは真っ暗闇の中で、息をひそめて待った。
啓介の体が震えているのに気づいた。勇気づけるように、彼の肩にそっと手を置いた。それから待つ時間を利用して、靴を履いた。

しばらくして、階上からキツネ目のわめく声が聞こえてきた。とたんに、すぐ近くのドアが開く音、ついで物置の前を通り、階段を駆け上がる足音がした。
「今だ!」
俺はささやくと、扉をあけた。そのまま玄関ドアに、肩から体当たりした。錠のボルトがはじけ飛び、ドアは簡単に開いた。
俺たちは外に飛び出すと、走りだした。前方の暗闇に、ランドクルーザーの車体がかろうじて見て取れた。俺は、悲鳴をあげる右膝の痛みを無視して走りながら、後続の二人の様子をチラッと見た。
啓介は一生懸命走っていたが、妙子は足をひきずって、ずっと遅れていた。俺は走りながら、ポケットから車のキーを取り出すと、啓介に向かって言った。
「啓介、先に行ってくれ。エンジンのかけかたは分かるか?」
「やってみる」
啓介が息をはずませて、キーを受け取った。
「いいか、エンジンキーはハンドルの横だ。差し込んで、時計まわしにひねるんだ。アクセルは分かるな」
啓介の後ろ姿に向かって言うと、俺は引き返した。
妙子のところに戻って、彼女の腰に片腕をまわした。
「さあ、がんばって」
妙子は苦痛に顔をゆがめていた。俺は彼女の体を引きずるようにして、前に進んだ。
「股間節がおかしいの──あなたたちだけで逃げて」
「なにを言うんだ。きみを置いて行けるか。さあ、がんばれ!」
前方で、エンジンのかかる音がした。啓介がやったのだ。
俺は、ぎこちなく歩く妙子を勇気づけた。
「さあ、もうすぐだ。がんばって」

ふいに銃声が響いた。一発、二発──耳のすぐ横を、何かが唸りをたてて通り過ぎた。
妙子の体がガクンと揺れた。
俺はとっさに地面に突っ伏した。首をねじ曲げて見ると、スキンヘッドが玄関ドアのところから、拳銃で狙っていた。
俺は横に転がりながら、腰の銃を抜き出そうとした。銃身がベルトに引っかかって、慌てた。
また銃声がして、鋭い風切り音とともに、銃弾が地面にめりこむ音がした。
俺はようやく拳銃を手にすると、安全フックを外し、夢中で引き金を引いた。
轟音とともに銃が火を吹いた。拳銃を撃ったのは初めてだった。手に伝わる反動が不気味だった。
メクラ撃ちだったが、スキンヘッドが建物の中に引っ込んだ。
その隙に、妙子の方を見た。彼女は地面にうつ伏せになって、ぐったりとしていた。首のところに赤い染みが広がっていた。声をかけたが反応はなかった。
ふたたび、銃弾が闇を切り裂いた。あわてて撃ち返した。スキンヘッドが、すばやく姿を隠した。
声をかけながら、彼女の体を揺すった。ピクリとも動かなかった。急に怒りを覚えた。俺は衝動に駆られ、建物の玄関めがけて銃を撃ちつづけた。
銃弾が尽きると、すこし冷静になった。
車めがけて猛然とダッシュした。といっても、事故の後遺症で、右足は思うように動かなかった。ふたたび俺のまわりに、銃弾が飛び交った。俺は頭を低くして、走りつづけた。

車に飛び込んで、ハンドルを握ったとたん、過去の幻影があらわれた。俺は金縛りにあったように、体を強ばらせ、震えだした。
流れ去る街路灯──カーラジオのかなきり声──吹きすさぶ風の音──。
「お父さん!どうしたの。早く車をだして!」
助手席から、啓介が俺の腕をゆさぶって叫んだ。「あいつらが来る!早く!」
銃弾が車に当たり、鋭い金属音がした。
その音に、我に返った。もう、やけくそだった。汗の流れ落ちる目をしばたくと、ギアをドライブに入れ、アクセルを力いっぱい踏み込んだ。
車は急発進して、タイヤをきしませながら門に向かった。門を通り過ぎるとき、タイヤが横滑りして、車体が門柱をこすった。
「お父さん、しっかり運転してよ!」
啓介が苦労して、シートベルトを締めながら叫んだ。
ヘッドライトを点けていないのに気がついた。スイッチをひねり、前方を明かりが照らした。
そこで自分を取り戻した。あとに残された男たちには車がない。
バックミラーを見ると、背後の暗闇に燃え上がる炎が小さく見えた。
「あの女の人は?」
しばらくして、啓介がポツリと言った。
「彼女は撃たれた」
俺は、死んだとは言えなかった。啓介は黙り込んだ。半ば予想していたようだ。車の中から見ていたのだろう。
[17/07/20 07:24 神亀]
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