目 次
■ デッドライン第二部(調査) - (6)
(6)

家に戻ると、カーポートに福井のタクシーがおさまっていた。佳代の使っていた車は、葬式のあと処分していた。
家の中に入った途端、啓介の笑い声が聞こえてきた。久しぶりに聞く、明るい声だった。リビングで、二人はテレビゲームをやっていた。俺に気づいて、福井が顔をあげた。
「ご主人さまのお戻りだ」
彼は立ち上がると、腰に手を当てて伸びをした。
「さあて、帰るとするか」
すかさず啓介が言った。
「もう帰るの?夕ごはんを一緒に食べようよ」
福井は啓介のほうに振り返って、のんびりと言った。
「ハンサムなボクのお誘いは嬉しいのだが、小父さんは仕事があるんだよ。生活費を稼がなくちゃね」
それから俺に向かって、非難めいた口調で言った。「私は、あなたのお抱え運転手じゃないんだよ」
「料金は払うよ」
俺はぶっきらぼうに言った。福井は大げさに肩をすくめると、さよなら、と言って家を出ていった。

「あーあ、帰っちゃった。つまんない」
啓介は、福井が帰ったのは俺が悪いと言いたげに、ため息をついた。
「小父さんは仕事があるんだ。ところで啓介、今日は何か、変わったことはなかったか?」
「変わったことって何?それに、どうして今日は、小父さんを迎えに寄越したの?」
俺は疲れたように、指の先で目許を揉んだ。実のところ、どう説明しようかと考えていた。啓介は勘の鋭い子供だ、下手なことは言えなかった。
「どうも、母さんが死んでしまって、父さんは神経質になりすぎているのかも知れないな。急にお前のことが、心配になったんだ」
「だったら、僕のことは心配しなくて結構だよ。自分の面倒は自分で見れるから」
「まあ、そう言うな。まだ働ける年でもないだろう」
「でも、お金は持っているよ」
啓介は首筋に手を当てた。そこで初めて、息子がネックレスをしているのに気づいた。
「啓介、男のくせに、ネックレスをして学校に行ってるのか?」
「ネックレスじゃないよ」
啓介はそう言うと、襟元から金の鎖を引っ張った。鎖の先端に、小さな鍵がついていた。
「貸金庫の鍵だよ。僕の財産をしまっているの」
「貸金庫?」
俺は家の金庫の中にあった、啓介の預金通帳を思い出した。たしか預金額は、5万円ほどだったが。
「母さんが口座を作ってくれたのか?」
啓介はうなずいた。
「貸金庫には何を預けているんだ?」
俺が聞くと、啓介はあいまいに首を振った。どうやら知らないらしい。そのことにはそれ以上触れず、息子に言った。
「今日、横浜のおじいちゃんに会った」
啓介は黙って、俺の顔を見ていた。
「おじいちゃんは一緒に住みたいって、まだ言ってたぞ」
「それでどうするの?」
「お前はどうしたい?おじいちゃんの家に行きたいか?」
「そんなの卑怯だよ!自分の考えも言わないで!」
啓介は叫ぶと、2階に駆け上がった。

翌朝、久しぶりに庭の手入れをした。雑草はすっかり枯れていたが、これまでまったく手を入れていなかったので、まるで廃屋の庭のように荒れていた。
雑草をひとところに集め、竹箒で散らばった枯れ葉を掃いた。昼近くになって、なんとか人に見られても、恥ずかしくない程度に片付いた。
ふと栗田の家のほうを見ると、主のいない庭は、手入れ前の俺の庭と同じように荒れていた。ふと、いつも几帳面に庭の手入れをしていた栗田の姿が目に浮かび、俺は幻影を拭い去るように頭を振った。

家の中に戻ろうと振りかえったところで、門のところにいる池上たちに気づいた。彼らは最前から俺の様子を見ていたようだ。
俺と目が合うと、池上はにこやかに笑いかけ、頭をさげた。それから敷地内に入ってきた。無表情な大木が、それにつづいた。
「やあ、庭の掃除ですか。たいへんですね」
池上が愛想よく話しかけてきた。俺はお愛想笑いを返す気分ではなかった。
「きょうは何の用ですか?」
不機嫌に聞いたが、池上はちっとも気にしていなかった。彼は穏やかに言った。
「ちょっとお聞きしたいことがありましてね」
俺は大げさに肩をすくめた。それから腕時計を見て、いらだたしげに言った。
「また、ちょっと質問ですか?」
池上は、相変わらずの鉄面皮だった。俺と同じように肩をすくめると、困った表情を浮かべて、申し訳なさそうに言った。
「あなたのお邪魔をするのは、本当に申し訳ないと思っているのですが――私の仕事ですから」
俺は、彼の言葉をさえぎった。
「それで、きょうは何ですか?」
「では単刀直入に言いましょう。きのうあなたは、市会議員の梶山さんの屋敷に行かれましたね?」
彼の言葉に動揺した。俺が梶山の家に行ったことを知っているということは、彼らが俺を監視していたということになる。義父の事務所に行ったことも、知っているとみて間違いない。ひょっとしたら、オーガスタに行ったことも――。
池上が再度、質問した。
「梶山さんとは、どんなご関係です」
「たいした関係はありませんよ。死んだ女房の父親が、梶山と仕事上のつきあいがあるだけです」
「そうですか」
池上は、疑い深そうに俺の顔を見た。
俺はいらついて言った。
「それがどうかしたんですか?なんだか私を疑っているような雰囲気ですが」
「いえ、そんなわけでは――」
池上はフッと微笑んだ。「あなたがすぐ答えてくれたことが不思議だったので」
「まるで私が、素直じゃないみたいですね」
俺は怒ったように言った。内心では、焦って即答した自分に腹を立てていた。後ろめたさを露呈するようなものだ。

そのとき池上が、俺の顔をまじまじと見ながら言った。
「おや、顎に引っ掻き傷がありますよ。どうしたのですか?」
ますます動揺した。やはり、臼井妙子と会ったときも、尾行されていたのだろうか?
俺は動揺を押し隠して、何気ない顔で言った。
「あの、警視さん、こんなことまであなたの仕事に関係があるのですか?――猫に引っ掻かれたのですよ」
池上は、頭のうしろに手をやった。
「いやあ、単なる私の好奇心です。――でも、お宅に猫はいませんな」
「じゃあ、よその猫は、引っ掻かないんですか?」
「これは一本取られましたな」
池上は明るく笑うと、真顔に戻った。「ところでその後、変わったことはありませんか?」
「それはこちらが聞きたいくらいです。捜査の進展はあったのですか?」
池上は肩をすくめた。
「それがないから、こうしてあなたのところにお邪魔しているのです。ところであなたはよく街の中を歩いているようですが、お仕事のほうはいいんですか?」
俺は彼の質問に直接返事をせず、逆に聞いた。
「ずいぶん私をつけ回しているようですが、私の嫌疑はまだ晴れていないってわけですね?」
「つけ回しているだなんて」
彼は照れ笑いを浮かべた。「たまたま大木くんが、二度ほど街であなたの姿を見かけたものですから」
大木はメモ帖を持って、あいかわらず俺のほうを無表情に見ていた。
池上が真っ直ぐに俺を見た。
「で、どうなんです?」
「何のことです?」
「お仕事ですよ。会社には行かなくていいのですか?」
「ああ、気分転換に一ヶ月、休暇をとりました。明日からまた仕事ですよ」
池上は、納得がいったようにうなずいた。
そのあと意味のない会話がつづいて、池上たちは帰っていった。
彼らと別れたあと、俺は落ちつかない気分だった。あいかわらず池上は、俺に探りを入れてきた。さりげない会話の端々に隠された罠。今日は危なかったが、これまでのところ、尻尾を掴まれていないようだ。
(でもなんで俺は、自分が調べたことを池上たちに隠すのだろう?)
これまでのことを彼らに話せば、ずっと気が楽になるのは分かっていた。しかし池上の温厚そうな仮面の下に隠された老獪さが、俺の何かに警戒心を起こさせ、反発させたのだろう。
[17/07/15 06:01 神亀]
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