■ デッドライン第二部(調査) - (4)
(4)
家の前の路上に、黒塗りのランドクルーザーが停められていた。
俺たちはその車に乗った。体格のいいほうの男が、運転席についた。
車は市街地を抜け、華僑たちの多い閑静な住宅街に来た。そこは広大な敷地の住宅が多く、欝蒼とした木々が生い茂っている。
車は大きな門構えの屋敷の前で停まった。監視用のカメラが、目に入っただけで2台あった。
運転席の男が、サイドボックスからリモコンを取り出し、スイッチを押した。鉄鋲を打ちつけた木製の扉が、土間に埋め込まれたレールに沿って左右に開き、車は開かれた門を通り抜けた。
青々とした芝生に、白いガーデンチェアが数脚あった。庭の端に、ゴルフの打ち放し用のネットがある。どうやら家の主は、健康に対してえらく気を使っているようだ。
屋敷そのものは南欧風の堂々とした造りだった。車は深い庇の車寄せで停まり、俺は車から下ろされた。
ここにも外来の人間を拒絶するような、鉄鋲入りの重厚な木製ドアがあった。
キツネ目がドアの前に立つと、驚いたことに、ドアは重厚な見た目に反して、滑らかに左右に開いた。どうやら家の設備にも、そうとう金を使っているようだ。
中に入ると、その豪勢さに圧倒された。広々とした室内と高い天井、装飾されたガラス窓が、外部のひかりを効果的に取り入れている。
俺はキツネ目の後について歩きながら、緊張感に心臓が高鳴るのを覚えた。
廊下を歩き、中庭に張り出した部屋に連れていかれた。その部屋は、大きな屋内プールになっていた。外部に面した壁は床から天井までガラス窓で覆われ、その外に広いテラスが見えた。
年配の男がプールに入っていた。梶山だ。
彼は、澄みきった水を満々と蓄える青いタイル張りのプールで、ゆったりとしたストロークでひと泳ぎすると、ステンレスの手すりを掴んで上がってきた。
胸も腹も腰も、でっぷりとして肉づきがよく、それでいて弛んだところがない。体毛はなく、肌艶がよかった。よほど日頃から節制しているのだろう。
太い腰回りを覆う、ちっぽけな競泳用のパンツの前が、丸石を詰め込んだように大きく膨れている。60代の男にしては、すこぶる壮健そうだ。
梶山は水を滴らせながら、プールサイドに立つ男からバスタオルを受け取った。この前、ベンツを運転していた、ゴリラのようにごつい体格のやつだ。
梶山は悠然とした態度で体を拭いた。それからタオルを肩にかけ、俺を連れてきた二人の男たちにむかって、行っていいぞと言うように、あごをしゃくった。
それもそのはずだ。あとに残るゴリラ男は、男二人が束になってかかっても、およそ相手にならないくらい強そうだ。
男たちが部屋を出ていくと、梶山は俺のほうに、ゆったりとした足取りで近づいてきた。それから尊大な態度で俺を見上げた。
間近に見る梶山は、いかにも金と権力に慣れきった顔をしていた。肉づきのよい幅広の顔に冷酷そうな小さな目、薄い唇がムスッとして軽蔑したような表情を作っている。
それよりも、俺を落ち着かない気分にさせたのは、ゴリラ男がすぐ横にいることだ。俺は180センチあったが、この男は俺より10センチほど高い。それに体重は、計量器に乗れば針が吹っ飛びそうだ。
「あちこち嗅ぎ回っているそうだな」
梶山が口を開いた。演説で鍛えぬかれた濁声だ。
「何のことだ?」
俺はつとめて平然と、相手を見ながら言った。
「妙子を尋問したそうじゃないか」
「尋問?彼女と話をしただけだ」
「話をしただけだと?」
梶山は眉をひそめた。「ほんとにそれだけか?」
彼の言わんとすることは分かっていた。俺は話題を逸らせようとして言った。
「それで、何の用だ?」
「生意気な男だ。どうやらお前には、礼儀を教えてやる必要があるようだな」
梶山は、俺の顔をじっと見ながら言った。ついで、視線を横にずらして、わずかにうなずいた。
ゴリラ男が、俺のわき腹を殴りつけた。強烈な一撃だった。まるでハンマーを打ち込まれたような衝撃だ。
いっぺんに膝の力が抜け、俺は床に膝まずいた。
梶山は、俺を悠然と見下ろしながら言った。
「わしに向かって、舐めた口をきくと承知しないぞ。聞いているのか」
彼は顎をしゃくった。ゴリラ男が、背後から俺の右腕をねじりあげ、顎に手を添えて上向かせた。有無を言わせぬ馬鹿力だ。
「妙子とやったそうじゃないか。女房を寝取られた男が、舐めた真似をしやがって」
そこで彼は、妙なことを訊いた。
「お前の息子は何歳だ?」
「何の関係があるんだ?」
とたんに梶山の手が伸びて、頬をひっぱたかれた。
「質問しているのはわしだ。答えろ」
俺が黙っていると、ゴリラ男が促すように俺の顎を絞り上げた。まるで、首から引き千切られそうな力だ。
「──12歳だ」
俺は仕方なく答えた。
「12歳といえば、そろそろ大人の世界を教えてもいい歳だ。稚児を味わってみるか」
梶山の言葉に、俺はぎょっとした。
「きさま、なにを言ってるんだ!」
ふたたび梶山は、俺の頬を叩いた。
「お前はわしの女とやった」
梶山の手が、太った腹を撫で、下に滑りおりた。指の先がぼってりとした股間の膨らみの上で、微妙な動きをした。
「その礼に、わしが息子のお初をいただくか」
「きさま!」
俺はゴリラ男の太い腕の中でもがくと、梶山に掴みかかろうとした。とたん、首筋の後ろを殴られた。俺は床に這いつくばった。意識がもうろうとしている。上から梶山の声が聞こえてきた。
「稚児は味わったことがない。さぞかし締まりがいいだろうよ」
梶山は、好色そうな薄笑いを浮かべた。
俺は急に気分が悪くなって、あえいだ。
「殺してやる──そんなことをしてみろ──きさまを絶対に殺してやるからな」
梶山はうそぶいた。
「馬鹿め。その前にお前を殺してやる。お前の目の前で、息子をたっぷりと味わった後でな」
俺は激しい怒りに震えた。
(畜生、きさまらの好きにさせるか!)
アドレナリンが身体中をかけめぐり、力が湧き起こってきた。奇妙なことに、頭の中は冷静だった。
(この部屋には二人しかいない。ゴリラ男さえなんとかすれば、梶山を押さえることができる)
俺はゆっくりと起きあがりながら、後ろにいるゴリラ男との間合いを慎重に計った。
ついで、すばやく振り向きざま、左足を振り上げた。
見事にきまった。
足首が軟らかい股座にめりこみ、ゴリラ男が低いうめき声をあげた。どんなにタフな男でも、ここだけは鍛えようがない。
ゴリラ男は股間を押さえて、しゃがみこんだ。並みの男なら悶絶しているところだ。
俺は男のこめかみめがけて、右のこぶしを振り下ろした。指の骨が折れたかと思えるほどの衝撃が伝わってきた。
男がゆっくりと背後に倒れた。俺は指の痛みで悲鳴を上げそうになったが、かろうじて押し殺した。それから梶山のほうに振りかえった。
「さてと、先ほどの話をつづけようか」
「きさま――」
梶山の尊大な顔に、はじめて怯えた表情が見られた。それもつかの間、彼は居直ったように胸を反らせた。
「どうやらお前を見くびっていたようだな。さすがプロ野球のスター選手だっただけはある。しかし、わしの相手じゃない」
「強がりはよせ。貴様をプールに叩き込んで、頭を冷やしてやってもいいんだぞ」
梶山は面白そうに、俺の顔を見た。
「プールに叩きこまれるのはお前のほうだ」
冷たい視線が、わずかに逸れた。
俺は危険を察知して、背後を振り返ろうとした。
しかし遅かった。頑丈な両腕が腰に巻きついたと思ったとたん、俺の体は空中高く放り投げられていた。
なんてことだ。あれだけダメージを与えたと思っていたゴリラ男が、なんのことなく立ち直ったのだ。
俺は背中からプールに落ち、そのまま水中にもぐった。つぎに水面に浮かび上がったとき、ゴリラ男が上着を脱ぐ姿が目に入った。その顔に浮かぶ残忍な表情――心底、怒り狂っているようだ。
男は服を床に置くと、プールの縁に近づいてきた。Tシャツの胸がプロレスラーのように盛り上がって、突き出た腕は俺の太腿ほども太かった。
(冗談じゃない、あんな怪物を相手にできるか)
俺はパニックに陥って、手足をばたつかせて逃げようとした。水を吸った衣服が体にまといついて、思うように動けなかった。
そのとき、背後から水飛沫の音が聞こえてきた。
あっというまにゴリラ男が追いついてきて、背後からしがみつかれた。丸太ん坊のような腕が腰にまわされ、もういっぽうの腕が喉にまきついた。
まさにゴリラのような獰猛な力だった。俺はやみくもに男のわき腹めがけて肘打ちを見舞ったが、男はちっともこたえていないようだ。
ゴリラ男は俺の喉を締めつけたまま、水の中に押さえつけてきた。顔が水中に沈んだ。俺は足を踏ん張り、浮き上がろうと必死で抵抗した。男は馬鹿力を発揮して、いともやすやすと俺を水中に押さえ続けた。
息苦しさに肺がパンクしそうだった。
(溺れ死ぬ!)
俺は水中で激しくもがいた。とたん、たらふく水を飲んだ。急速に遠のく意識の中で、誰かが叫んでいるのが聞こえてきた。
次に気がついたとき、俺はタイル張りの床に寝そべっていた。
不意にこみ上げてきて、水を吐いた。どうやら、水死だけはまぬがれたようだ。
水にむせびながら横を見ると、ゴリラ男がいた。ギョッとした。狭い額と執念深そうな小さな目。ショベルカーのようにごつい顎。おつむは弱いが、戦闘兵器向けの顔だ。
あわてて逃げようとすると、頭上から梶山の声が聞こえてきた。
「わしが止めなかったら、お前はあの世行きだったぞ。わしに感謝するんだな」
俺は、なにか気のきいたことを言い返そうとしたが、せいぜい出来たことは、またこみ上げてくる水にむせびながら、うめき声を上げたくらいだ。
「すこしは、お灸が効いたか。これからは生意気な口をきくんじゃないぞ」
(馬鹿野郎!こんなことで貴様の言いなりになるか)
喉元まで出かかった言葉を呑みこんだ。俺にも状況判断ができる理性は残っている。へたに意地を張れば、今度こそほんとうに殺されてしまう。反撃するチャンスはいずれやってくる。今はおとなしくしているときだ。
俺は、すぐ横に膝をつくゴリラ男を意識しながら、黙っていた。
しかし梶山は、これで終わりにする積もりはないようだった。彼は奇妙なことを言った。
「もうひとつお灸だ。男を相手にするのは久しぶりだが――おい、脱がせろ」
ゴリラ男が俺のベルトを緩め、ズボンを脱がせようとした。
(まさか!)
俺は梶山の意図に気付いて、激しく抵抗した。
とたん、岩のような拳が脇腹にめり込んだ。一気に、膝の力が抜ける。
俺は成す術もなく、下腹部をむき出しにされ、部屋の隅まで引きずられて、寝椅子に上体を押し付けられた。
「ほう、可愛らしい尻をしているじゃないか」
梶原の下卑た笑い声が聞こえた。次いで尻が押し開かれ、指を突っ込まれた。オイルでも付けているのか、ヌルっとした感触だった。その指がいやらしい動きをした。
「くそっ、何をする!やめろっ!」
俺は必死になって逃れようとしたが、ゴリラ男によって両腕を後ろ手に押さえつけられて、身動きも出来なかった。
「それじゃあ、プロ野球のスターさまの味見をするか」
梶山の声と共に、尻の狭間にオイルを塗りつけられ、肉根が押し付けられるのを感じた。太った腹が尻を圧迫する。俺は肛門を引き締めて、侵入物に抵抗した。それでもじんわりと、押し開かれていく。
不意に激痛が走った。俺は思わず悲鳴をあげていた。すぐ背後で、梶山の満足そうな呻き声が聞こえた。
「さすが若いのは、締りが良い――お前の親父とは大違いだな」
梶山は奇妙なことを言ったが、そのときの俺は、耐え難い苦痛と激しい屈辱感で、頭も満足に機能していなかった。
俺は身動きもできず、後ろを犯され続けた。苦痛よりも悔しさで一杯だった。
(いつか倍にして返してやる!)
延々とも思える責め苦の後、梶山はようやく満足したのか、俺から離れた。
ぐったりした俺の耳に、命令調の声が聞こえた。
「いいか、今後いっさい、わしの回りをうろつくな。今度お前の姿を見つけたら、その時はお前の息子も同じ目に合わせてやる。それから──」
梶山はひと呼吸おいた。「サツたちには何も言うな。お前が、池上とかいう老いぼれのサツに、会っているのは分かっている」
そこで話は終わりというように、梶山は立ち去った。