目 次
■ デッドライン第二部(調査) - (2)
(2)

夜の8時。俺は『オーガスタ』という店に行った。
重厚な造りの木製扉のわきに『会員制』と書かれた木札がさがっている。しかし俺は、何食わぬ顔で店に入っていった。
案の定、入り口のところで、従業員に呼び止められた。
「あ、お客様。申し訳ございませんが、会員証をお見せください」
俺は相手の顔を威圧するように見ながら、不機嫌に言った。
「ママに招待されたんだ。遠山が来ていると伝えてくれ」
そう言うと、俺はさっさと店の中に入っていった。
店は俺のような、中産階級の人間が来るところではなかった。壁はオークの鏡板張り、床は分厚い真紅のカーペットが敷きつめられている。高い天井からは、クリスタルのシャンデリアが煌めいて、ピアノ演奏者が去年のレコード大賞曲、KANの『愛が勝つ』のアレンジ曲を弾いていた。
俺は部屋の一角にあるカウンターバーに近づいて、空いた椅子に腰掛けた。若いバーテンダーにスコッチのオン・ザ・ロックを注文すると、店内の様子を眺めた。

ほどなく、入り口にいた男の案内で、臼井妙子がこちらに向かって歩いてくる姿を見つけた。シンプルな白絹のワンピースが、重厚なインテリアの中で、見事な肢体を際立たせている。
(まったく、自分の見せ方を心得ているな)
俺は半ば感心して、彼女を見守った。
彼女は容姿ばかりでなく、身のこなしも素晴らしかった。まるでダンサーのように、きびきびとして、そしてしなやかだった。
臼井妙子は俺のところに来ると、その場に突っ立って、値踏みするようにこちらを見た。
「ああら、本物ね。でも、私は、あなたをご招待した覚えはないわ」
思わずゾクリとくるような、ハスキーな声だった。
俺は肩をすくめて、横の席にむかって手を振った。
「まあ、こちらに座れよ」
妙子は素直に腰掛けると、バーテンダーに合図した。にやけた男前のバーテンダーがうなずいて、注文も聞かずにシャンペンの入ったグラスを持ってきた。
彼女はグラスを受け取ると、口をつけながら、探るように俺の顔を見た。
「テレビで見るより、実物のほうがずっと男前ね」
「テレビに映っていたのは、大昔の話だ」
「あら、そんなでもないわ。あとでサインでもいただけるかしら?」
「きみのようなすてきな美人の頼みなら、なんなりと」
「あら、お口がおじょうずね。その調子で、これまで何人の女を泣かしたの?」
妙子はいたずらっぽく笑った。

近くで見る彼女は、ゾクッとするほど色っぽかった。年齢は30代半ばくらい。切れ長の目は、情熱を秘めて生き生きと輝き、幅広の唇が、頬骨の高いエキゾチックな顔立ちによくマッチしている。整った顔立ちの美人ではないが、男を魅了するなにかを持っていた。
「どうかしました?」
俺があまり熱心に見つめるので、彼女がいぶかしげに聞いた。
「あ、いや、つい見とれてしまって」
彼女はフッと微笑んだ。そして妖艶な目つきで俺を見た。
「噂どおりのお方ね。でも私は駄目よ」
俺は言った。
「梶山会長がいるってわけか?」
それを聞いて、彼女はキッとして俺を見た。
「あなたには関係ないことですわ。それで、嘘をついてまでして、私に会いに来たのは、なんのご用かしら?」
「それが──ここでは話しにくい。外に出ませんか?」
「ここで結構ですわ。どうぞ話してください」
彼女はきっぱりと言った。
どうやら、かなり手強い相手らしい。俺はすこし考えて、ずばりと言った。
「栗田のことについて、聞きたいと思いましてね」
「どちらの栗田さん?そんな名字のかたは、いくらでもいるでしょう?」
彼女は表情を変えずに言った。
俺はおもむろに、栗田と妙子の写真をポケットから出して、彼女に見せた。
「この前死んだ、浜銀行の栗田ですよ。よく知っているはずだ」
「なに、この写真?」
妙子は怒ったように言った。
俺はその質問に直接答えず、ふたたび聞いた
「この栗田さんのことですよ」
一瞬の間があって、妙子は言った。
「ああ、この方はうちのお客様でしたが、どういったことかしら?」
妙子はそう言うと、空いたグラスをバーテンダーに向かって、ちょっと動かした。
すかさずバーテンダーが、シャンペンを注ぎ足した。彼女のなにげない仕草の中に、俺は動揺を見てとった。
「栗田が俺の女房と心中したのは、知っていますね?」
「新聞を見ました。では、ご一緒に亡くなられたのは、あなたの奥さま?」
「ああ。それから、栗田は死ぬ前に、銀行から大金をネコババしていた──」
彼女はあわてて、俺の言葉をさえぎるように言った。
「あなたが何を言おうとしているのかは知りませんが、穏やかでないお話ね。ここではなんですから、上のお部屋に行きましょう」
彼女は立ち上がると、先に立って歩きだした。
(引っかかったな──)
俺は女の後について歩きながら、そっとほくそえんだ。
それにしても、いい尻をしている。目の前で揺れ動く女の尻は、俺の目を大いに楽しませてくれた。

2階には、廊下を挟んでオフィスらしい部屋と、いくつかのドアがあった。彼女はそのうちのひとつに、俺を招き入れた。
その部屋は落ち着いた内装がほどこされ、大きなダブルベッドとアルコール類のボトルの並べられたサイドボード、それに重厚なソファーセットがあった。
(金持ちどもの、お楽しみの場ってわけか)
俺はニヤリとした。
「それで、栗田さんが銀行のお金を盗んだって、どういうことなの?」
妙子は俺の向かいに腰掛けると、落ち着いた声で聞いた。
俺は話す前に、彼女の組んだ脚を眺めた。すんなりとして引き締まった脚だ。その足を見ながら、俺は言った。
「いい眺めだ」
「話を逸らさないで。質問に答えなさい!」
彼女は苛立たしそうに言った。先ほどの丁寧な言葉づかいは消え失せていた。
「それは、あんたのほうがよく知ってるんじゃないか?」
「どうして私が知ってるのよ!でたらめも、いいかげんにしなさい!」
妙子が叫んだ。その剣幕は、いまにも俺に掴みかからんばかりだった。彼女の両手は、肘掛けを強く握りしめて白くなっていた。
(何か知っているな)
女の強い反応を見て、俺は確信した。それにしても、気性の激しい女のようだ。
「だって、あんたは、栗田と親しかったんだろう?」
俺は栗田の名を強調して、女の反応をうかがった。
「あら、私よりあなたの奥さんのほうが、よほど親しかったのじゃないかしら。――だって一緒に死ぬくらいだから」
彼女は涼しげな笑みを浮かべた。どうやら先ほどの動揺から立ち直ったらしい。

俺は内心、舌打ちした。
(ひと筋縄ではいかないな。動揺させて、何かボロを出させないと──)
そこで思い切って言った。
「二人は殺された、という見方もあるぜ」
彼女はギョッとしたように、俺の顔を見た。
女の表情を観察しながら、俺は続けた。
「ひとつ、物語を聞かせようか。あるドジな銀行マンがいた。彼は気が弱かったので、ある人間に脅されて、銀行の金を12億円ばかり騙し取った。そして口封じに、愛人もろとも殺された。もちろん、心中に見せかけてだ」
俺は思いつくままに、即席の作り話をした。
妙子は無表情な顔をして聞いていたが、すこし血の気が失せていた。俺をにらみつける目は、とまどっている様子だった。
彼女は怒りを押さえるように、ゆっくりと立ち上がった。
「あなたの与太話はもうたくさん。さあ、帰って!」
俺は立ち上がると、彼女を見下ろしながら言った。
「与太話とは限らないさ。可能性のひとつだ」
妙子は胸を張って、俺をにらみあげた。
「私に言いがかりをつけようっていうの?」
俺は肩をすくめた。
「べつに。ところでひとつだけ質問がある──」
俺は平静に言った。「あんたも、二人をやった仲間なのか?」

まったく唐突に、女が殴りかかってきた。
かろうじて避けると、こんどは指をかぎ爪にして顔を引っ掻こうとした。俺は彼女の両手を掴んで、それを防いだ。
彼女が足を振り上げ、急所を狙ってきた。脚でブロックしようとしたが、もろに蹴り上げられた。俺は苦痛のうめき声をあげて、女の体を投げ飛ばした。
妙子はソファーにぶつかって、床に倒れた。それでも女の闘志は、すさまじかった。ふたたび立ち上がって、こちらめがけて突進してきた。
俺は足払いをかけると、彼女の体をカーペットの上に押し倒した。そのまま馬乗りになって、相手の両手を押さえつけた。
「畜生、離せ!」
彼女は俺の下で、激しく体をのたくらせた。その目は興奮から、きらきらと輝いていた。

股座でうごめく柔らかい感触から、唐突に激しい欲望を覚えた。
あの事故以来、まったく女に欲望を覚えなかった俺が――。
俺は衝動的に片手を下に伸ばし、女のスカートの中にもぐり込ませた。
「アッ、畜生!なにをする!」
妙子が叫んだ。彼女は足や腰をよじらせて、俺の手から逃れようとした。
いっぽう俺は、女体の柔らかい感触に、すっかり逆上していた。妙子があごを爪で引っ掻いたのも、気づかないほどだった。体重を利して女を押さえつけ、もぐりこませた指を女の秘部に押しつけた。
「あっ!ああっ──」
妙子があえいだ。よほど感じやすいのか、彼女の動きが弱まった。
俺は指をつかって、彼女を昂ぶらせた。それから女のパンツをはぎ取り、自分も性急にズボンをずり下げた。
俺の性器は爆発しそうなほど、大きく膨れあがっていた。女に対する欲望を完全に失っていた俺が、勃起しているのだ。
俺は妙子の体にのしかかると、一直線に貫いた。彼女が苦しそうにうめいた。
5年ぶりの女体だった。深く完全に入り込むと、熱くなめらかな感触に、それだけで到達しそうになる。うなり声をあげて、腰を大きく突き動かした。一度、二度、三度──そこであやうく迸らせそうになって、あわてて腰を引いた。

女から離れると、自分のやったことに嫌悪感を覚えた。これではまるで、性に飢えたチンピラと同じだ。
「悪かった。こんな積もりでは──」
俺は気まずくなって謝った。
妙子が横たわったまま、気だるげに言った。
「謝ることはないわ。さあ、やりかけたことは、最後まできちんとやりなさい」
彼女は立ち上がると、ゆっくりと服を脱ぎだした。素晴らしいプロポーションをした裸体があらわになった。象牙の彫像のようになめらかで、引き締まって、そしてみずみずしかった。
俺たちは素っ裸になり、ベッドの上でふたたび交わった。
最初はゆっくりとしたペースで。情熱が高まるとともに、動きが激しく、大きく、ついには獣のように獰猛に、お互いの体をむさぼり合った。
息詰まるクライマックス――。同時に達した。

すっかり終わると、彼女はぐったりとして、ベッドの上に横たわった。
「さすが、ホームランバッターだけのことはあるわ」
天井をみつめながら、妙子がつぶやくように言った。
「生まれて初めて、本物の男に抱かれたわ」
俺は気だるげに答えた。
「きみも素晴らしかった」
お世辞ではなく、本音だった。現役時代には多くの女と寝てきたが、彼女ほど男の本能を奮い立たせる女は、初めてだった。
しばらく沈黙がつづいた。さきに沈黙を破ったのは妙子だった。
「二人が殺されたって、本当なの?」
「分からない。俺のところに来た刑事は、その可能性があると言っていた」
「――私は知らないわ」
「ああ、きみは悪人ではなさそうだ。でも、栗田が銀行の金を横領したのは、知っているのだろう?」
「──」
「教えてくれよ。誰が栗田の裏で、糸を引いていたのか?」
彼女は上体を起こした。
「知らないわ」
俺も起き上がると、じっと彼女の目を見た。
「いや、きみは知っている。教えてくれよ」
「知らない」
「梶山だろ?」
彼女は怯えたように両腕を組むと、頭を左右に振った。
「──知らない。これ以上は勘弁して。さあ、もう帰って」
もはや彼女の口からは、何も聞けそうになかった。俺は自分の家の電話番号を紙に書いて、彼女に渡した。
「きみが何か話したくなったら、私に電話をしてくれ」
そう言うと身繕いを整え、部屋を出ていった。廊下でいかつい感じの男が、奇妙な目つきで俺を見ていたが、なにも聞きとがめはしなかった。
[17/07/11 06:44 神亀]
前のページへ
次のページへ