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■ デッドライン第一部(過去の幻影) - (6)
(6)

葬式の次の日、自宅に二人の刑事があらわれた。胡麻塩頭の50年輩の男と、ボサボサ頭の30代の男。テレビドラマの刑事モノでお決まりのコンビだ。
それに輪をかけて、若いほうの男は、刑事コロンボのファンなのか、よれよれのコートと手には帽子を持っている。
年配者は池上警視、若いほうは大木警部補と名乗った。
池上は話を始める前に、ていねいに頭をさげた。
「このたびはご愁傷さまです」
「で、何のご用ですか?」
俺は単刀直入に尋ねた。お愛想を言う気分ではなかった。
池上が人のよさそうな笑みを浮かべた。齢を重ねて、体つきも性格も丸みを増してきたような感じの男だった。それに、どちらかと言うと、学者タイプの顔だ。
彼は、すぐには用件に入らず、俺の質問をはぐらかした。
「そう急がれなくても。なにかご予定でもあるのですか?」
俺は肩をすくめた。
それを否定のしるしと受け取って、池上は言った。
「あのう、厚かましいお願いですが、お茶をいただけませんか。どうも年をとってくると、すぐ喉がかわいてきまして」
(ほんとに厚かましいお願いだぜ)
そう思ったが、俺の口から出た言葉は、別のものだった。
「いいですよ。コーヒーはどうですか?」
「できたら日本茶を。あ、きみはコーヒーをいただくか?」
池上は部下に問いかけた。ひょろりとして背の高い大木がうなずいた。彼の手にはメモ帳が握られている。どうやら池上が話し役で、若い大木が筆記役らしい。
俺は肩をすくめると、刑事たちをリビングに通した。

「私は野球選手時代のあなたを、よく知っていますよ。私も息子もあなたの熱烈なファンでしてね。それに私は、あなたと同じ大学の卒業生です。もっとも年は離れていますが。とにかく、あなたには親近感を覚えます」
ソファーに落ち着くと、池上がくつろいだ調子で話しだした。
まず気持ちを解きほぐして、それからじっくりと尋問に取りかかるってわけだ。
俺は苦笑した。
俺の表情を見逃さず、池上が聞いてきた。
「なにかおかしいですか?」
「いえ、べつに。で、ご用件は何ですか?」
俺はもう一度訊いた。
今度も池上は、はぐらかした。
「息子さんがおられましたね。たしか啓介さんと言う」
「学校に行っていますよ」
池上は目を丸めて、おおげさに驚いた表情をした。
「きのうお母さんのお葬式があって、きょうはもう学校に行ってるのですか。息子さんの学校には、喪中休暇というのはないのですか?」
「休みはありますけど、本人の希望で学校に行ったのです」
俺は答えながら、少しいらついてきた。
そんな俺の気持ちに関係なく、池上はもったいぶって頭を振った。
「それは感心だ。よほど学校の好きなお子さんですね」
「――」
俺はだまっていた。

「ところで11月7日の深夜、いや正確には11月8日かな。あなたは山下公園に行きましたか?」
唐突に、池上が聞いた。
俺はいぶかしげに彼を見た。およそ警官らしからぬ温厚そうな目が、俺を見返した。
「それが佳代の死と、何か関係があるのですか?」
「いえ、関係ない話です。その日あなたを見かけたという、うちの署員がいるもので」
「確かにその日の夜中に、公園に行きましたよ。警視さん、なにか事件でもあったのですか?」
「いえいえ、何もありません」
池上はそっけなく言った。「うちの署員の話によると、あなたをお見かけしたのは深夜の3時頃だそうですが、そんな時刻によく散歩をされるのですか?」
「あんな時間にうろつくのはめったにない。頭を冷やしていたのですよ」
「頭を冷やしていた?なにかあったのですか?」
とうとう俺は切れてきた。苛立たしさを隠さずに言った。
「あの、警視さん。そんなプライベートなことを、話さなくちゃならないんですか?今日来られた目的はなんですか?はっきり言ってくださいよ」
池上は、申し訳なさそうに言った。
「これは失礼。つい職業病が出てしまいました。あなたのファンとしての興味が、強すぎました。じゃあ最後にひとつだけ質問して、終わりにしましょう」
彼は、俺の寝不足の腫れぼったい顔を、じっと見つめながら質問した。
「あなたは、奥さんがお隣の栗田さんと浮気されていたのを、ご存知でしたか?」
「何の関係があるんだ!あんたは、女房を寝取られた間抜けな亭主を笑いに来たのか!」
俺は激昂してテーブルを拳で叩くと、立ち上がった。「さあ、帰ってくれ!」
池上はちっとも動揺しなかった。彼は立ち上がると、穏やかな口調で言った。
「お気を悪くされたのなら謝ります。では、失礼します」

刑事たちが帰った後も、俺はしばらく怒りに震えていた。新聞にも、佳代と栗田が死んだことは、小さく取り上げられていた。――波止場の倉庫での首吊り心中?
それにしても、あの刑事たちは、何の目的があって来たのだろう。池上とか言った警視は、核心に触れるようなことは、なにひとつ言わずに帰った。そのことが気になった。
その日一日、俺はぼんやりと家で過ごした。何もする気力が湧かなかった。
学校から帰ってきた啓介は、すぐ自分の部屋に引っ込むと、食事の時以外は、部屋から出てこなかった。
俺はその日も、寝つきの悪い夜を過ごした。

次の日も、また例の刑事たちがやってきた。
「また、あなたたちですか。一体、何の用です?」
俺は不機嫌に言った。こんどは彼らを家に上げなかった。
池上は人のいい笑みを浮かべて、頭を下げた。
「ご心労のところ、本当に申し訳ないです」
「申し訳ないと思っているのなら、来なければいいじゃないですか?」
池上は頭を掻いた。
「あなたは手厳しい」
そこで彼は、難しい顔をして俺を見た。「でも、ちょっと困ったことが起きましてね」
「困ったことって、何ですか?」
「それが──部外秘でして」
「じゃあ、話さなければいい。もういいですか?」

俺が奥に戻ろうとすると、池上があわてて呼び止めた。
「あなたにはかないませんな。じゃあ、これから私が話すことは、誰にも話さないでくださいよ」
池上は声をひそめた。彼は、俺の目をまっすぐ見ながら言った。「じつは、お隣の栗田さんが生前、銀行の金を不正な手段で引き出していたのです」
「栗田さんが銀行の金を?」
俺のとまどいを見て、池上はうなずいた。
「それも12億円もの大金をね」
「12億円だって!でも、どうしてそんなことが出来たのですか?銀行って、チェックが厳しい所でしょう?」
池上が大きくうなずいた。
「一般的にはね。でも内部の人間のやることは、往々にして見逃されやすいのです。それに栗田は支店長だった」
彼は言葉使いを変えて、栗田を呼び捨てにした。という事は、栗田が犯罪者であると確信する証拠でもあるのだろう。俺はそのことに触れずに、彼に言った。
「でも信じられないな。あんな真面目な栗田さんが、そんなことをやっていたなんて」
「栗田をよくご存知ですか?」
「それはもう、10数年も近所付き合いをやっていましたからね」
俺はそう言いながら、栗田と佳代の関係を苦々しく思い出した。
「人は見かけによらぬものですよ。でも問題は、彼がなんでそういうことをしたかという動機です」
「ギャンブルですか?それとも仕事の失敗をして、その穴埋めですか?」
俺の質問に、池上はもったいぶって頭を横に振った。
「そのどちらでもありません。社員たちの話によれば、彼はギャンブルもしないし、仕事上の失敗もやっていない」
「じゃあ、なぜなんです?」
そこで思いついて、俺は聞いた。「栗田さんの不正が分かったのは、いつごろのことです」
池上は思い入れたっぷりに、俺の顔を見ながら言った。
「お二人が亡くなられた前の日」
「──」
俺は呆然として黙り込んだ。
「おかしいと思いませんか?」
池上が、言わずもがなのことを言った。「不正が露見した次の夜に、二人は自殺した」
「──佳代が栗田さんに加担していた、とおっしゃるのですか?」
「いえいえ、そんなつもりでは」
「刑事さん。では、なんで私のところに来たのですか?」
池上は、申し訳なさそうに言った。
「じつは、奥さんのお部屋を見せていただきたいと思いまして。そのう、なにか栗田に関係するものでもないかと──」
「やはり私の女房を疑っているんだ」
俺はバカにしたように手を広げた。「女房の部屋に、12億円もの大金が、隠されているかも知れないってわけですか?」
「分かりません。栗田の家と銀行は徹底的に調べましたが、なにも手がかりは出てきませんでした。それで、藁をも掴む思いでお伺いしたのです」
俺はしぶしぶながら、二人を家の中に通した。

二人の警官は2時間かけて、家の中を調べて回った。俺と佳代の寝室は、とくに徹底的に調べていた。
それを見ていると、自分と佳代のプライバシーを冒涜されているようで、不快な気分だった。
結局、刑事たちは、なんの手がかりも見つけられなかったようだ。
池上は別れ際に、俺に名刺を渡しながら言った。もしなにか不審なものが見つかれば連絡をくれ、と。
俺は警視の名刺を受け取りながら、適当に返事をしておいた。
[17/07/05 06:06 神亀]
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