■ 大輔と昌平 - 第四話 専務の愛
第四話 専務の愛
五月のゴールデンウィークに入った。多くの人たちにとって待ちかねた季節だが、大輔と昌平にとっては、普段と変わらぬ毎日だった。
そんなある日、昌平あてに、かつて勤めていた会社の総務部から電話があった。昌平が現役の時に専務だった人物が亡くなった、というニュースだった。
専務は昌平にとって、特別の思いのある人物だった。
昌平を心から愛し、そして昌平に捨てられた人――十七年前、昌平はその人から離れ、大輔のもとに走ったのだ。
隣りの家から、ヴィヴァルディの「四季」が聞こえている。専務の好きだった曲――中でも「春」が大好きだった。
「春の訪れを喜ぶ旋律が、何とも言えないんだ。鳥のさえずりや爽やかな川の流れ、そして――」
嬉しそうに話す専務の声が、今も聞こえてくるようだった。
不意に、苦い思いがこみ上げてきた。専務を裏切った思い――もっと尽くすべきだったという悔悟の念――。
(本当にわしは、冷淡で自分勝手な人間だった)
――◇――
専務と初めて情を交わしたのは、会社の慰安旅行のときだった。
宴会が終わったあと、昌平は専務に充てられた部屋に呼ばれた。
当時、昌平の肩書は総務課長で、五十歳になろうとしていた。専務は六十前後、昌平にとって雲の上の存在のような人物だった。
(おれのような平の課長に、何の用だろう)
昌平は宿の廊下を歩きながら、不安と緊張感で押しつぶされそうだった。
部屋の前で外から声をかけると、すぐに専務が現れて、待ちかねたように言った。
「おう、来たか。ささ、こちらに入りなさい」
顔を酒色に染めた専務は、上機嫌で昌平の手を取って、奥の部屋に引いて行った。
重役に手を握られて、昌平はどぎまぎしたが、素直に従った。心の中は疑問符でいっぱいだった。
専務は謹厳実直の人として知られていた。鼻鬚を蓄えているが、目鼻立ちは地味で、厳しい幾星霜を耐え抜いたような顔立ちをしている。小柄な体からは、筋金入りのしぶとさが、にじみ出ているようだった。
奥の座敷で向かい合わせに座ってから、専務が酒を勧めた。社内では滅多に笑わない顔が、今や相好を崩している。
すぐ横には、一式の夜具が敷かれていた。
昌平は何となく落ち着かなかった。
向かいに胡座を組む専務の地味な顔立ちが、いつになく精力的に見えた。長年の風雪に耐え抜いた頬に、アルコールの赤味が差している。宿の浴衣姿は普段より親しみやすさを覚えたが、それでも昌平は、緊張から体を強張らせていた。
専務が、ごく自然な調子で話しだした。
「この前、サントリーホールできみを見かけたぞ。中年の紳士と一緒だったね」
昌平はエッと思った。サントリーホールは先週、クラシック好きのホモ仲間に誘われて、コンサートに行ったばかりだ。
(専務はどこまで知っているのだろう?)
千々に思い乱れる昌平の耳に、専務の声が聞こえてきた。
「きみはコンサートの終わったあと、連れの男とホテルに入っただろう?」
昌平はぎょっとした。
(なんで専務は、そんなことまで知っているのだ?)
ふと昌平は気付いた――専務の目は、熱を帯びて潤んでいた。これまで昌平の体を求めてきた、ほかの男たちの目つきとそっくりだった。
昌平は身を固くした。
厳格な重役として知られた専務が、自分に欲情を催しているのだ。
そのとき専務は、微妙な仕種をした。胡坐に組んだ太ももを大きく広げ、浴衣の裾が割れた。ほの暗い股間に、白い褌が見えた。その股間に、指がすべりこみ、褌の前をかすかに撫でだしたのだ。
(無意識の行為なのだろうか?)
昌平は目を逸らすこともできず、小さな指先が微妙な動きをするのを見つめた。白い布地が丸く膨らんできた。
「宮内くん、こちらにおいで」
欲情に顔を赤らめて、専務がささやくように言った。そして自ら膝をにじり寄せて、昌平のほうに近づいてきた。
昌平は魅入られたように、動くことも出来なかった。
専務の手が肩に触れたとたん、昌平は我に返った。とっさに逃れようとした。
専務はその年齢にしては驚くほど素早い動きで、昌平の体を背後から抱きすくめた。
「専務、やめてください」
昌平は声をあげ、体をよじらせた。しかし彼の抵抗は弱々しく、本気ではなかった。
「宮内くん、きみは男が好きなんだろう。今夜は、わしの相手をしてくれ」
耳のすぐそばで、専務の荒い息遣いがした。背後から専務の片手が、浴衣の裾にもぐりこみ、股間に伸びた。
パンツの布越しに性器を触られ、股間がウズウズしてきた。その手が背後にまわって、尻の狭間に忍び込んだ。
小さな快感が大きな流れに変わり、腰全体を覆い包んだ。
もはや昌平は抵抗をやめ、ぐったりとして専務の体に身をもたせかけた。器用な指による快感の渦が、大きく、熱く、うねるように広がった。
昌平の体がほぐれてくると、専務は敷かれた蒲団に昌平を誘った。浴衣がめくられ、パンツを脱がされた。
昌平は、ぼんやりと専務を見上げた。
専務は開かれた脚の間に膝立ちになり、手早く褌を解いた。頭をもたげかけたイチモツが現れた。カリの発達した亀頭部は、まがまがしく張りつめて、渋茶色にふすぼけている。
あとは行き着くところまで行くしかなかった。ふたりは69の形で、お互いの性器を口で慰めあった。
やがて専務は唾で湿らせると、覆い被さり、なんの前触れもなく、濡れた一突きで奥深く入り込んできた。
昌平は十分にほぐれていたので、挿入は滑らかだった。それでも彼は息苦しさを覚え、顎をのけぞらせて喘いだ。まるで口一杯に、太いバナナをほおばった気分だった。
完全に入り込むと、専務は満足げな吐息をついた。
「いい――すごく、いいぞ――」
そして動きだした。
浅く浅く深く、浅く浅く深く――ときおり腰の回転が入った。体内の奥深くまで挿入された硬い肉棒が、一定のリズムをもって、愛撫するように行き来する。
専務のしたたかな腰のうねりに、昌平は翻弄された。
老いてなお疲れを知らぬ肉棒は、彼の内部をいっぱいに満たし、力強く滑り、揺さぶった。
「あはあ、あはあ、ああ――」
昌平は我を忘れ、声を上げつづけた。うねりが次々と襲ってきた。こんな悦びは初めてだった。彼は脚を開き、尻を突き出して、もっと深く専務を迎え入れようとした。
「ううっ、いい――いいぞ」
専務は、腰を力強く繰り出しながら、うわ言のように呻いた。男根を覆い包む内部は、彼が経験してきた男たちの味とは、まったく違っていた。――熱くてなめらかで、独立した生き物のように蠢いていた。
筋肉質のほっそりとした腰が、ますます速く打ちつけられた。弾みをつけてグングン打ち込み、ときおりクイッと捻りをいれる。
ズブブ――ヌチャッ、グチュッ――ヌプッ。
濡れた肉筒が、激しく行き来する太い肉矢を覆い包み、絡まり、吸い込み、押し返した。
昌平は夢中で、専務の体にしがみついた。恐ろしいほどの快感が、彼の全身を押し包んだ。
うねりは高く、高く――そしてダムが決壊した。
「はああっ!――あっ、あっ、ああーっ――」
昌平の体が弓形に反り返った。その体にピクリと痙攣が走った。そのあと、次から次へと痙攣の連続だった。
すこし遅れて、専務が呻きながら到達した。
クライマックスが過ぎると、昌平は専務の体の下で、ゆっくりと沈み込んでいった。
息遣いが治まったとき、専務は昌平の顔を見下ろしながら言った。
「どうだ、これからも私と付き合ってくれないか?コンサートに行ったり、温泉旅行に行ったり、ふたりで共通の趣味を楽しもうじゃないか」
まだ息が荒い昌平は、頬をピンク色に染めて、すぐには返事ができなかった。
昌平がなんとも答えないので、専務は訊いた。
「私が嫌いか?」
昌平は、あわててかぶりを振った。
「とんでもございません。ただ――専務のような偉い方とお付き合いするのは、あまりにも恐れ多くて――」
「宮内くん、私を一人の男として見てくれ。共通の趣味を持つ友人として。どうなんだね」
昌平はぽつりと言った。
「――専務が好きです」
専務は、ホッとしたように息を吐いた。昌平の頬をそっと撫で、唇をかさねた。それから、顔を下にずらし、技巧を凝らして乳首を刺激した。
「ああっ!」
昌平は快感に喘いだ。
それが専務との、長い付き合いの始まりだった。
――◇――
元専務の訃報を聞いた夜、昌平は夢を見た。
夢の中で、立ち去る専務を一生懸命引きとめようとしていた。
いつしか、専務が大輔に変わっていた。追っかけようと足をバタバタさせるのだが、いっこうに追いつかない。
「ダイちゃん、待って!――」
そこで目を覚ました。
冷水を浴びたように体が震えていた。なにか落ち着かない気分だった。
昌平はベッドから抜け出て、ふらふらとトイレに向かった。その間も、不安感はいっこうに拭えなかった。
これは何かの予兆だろうか?
(まさかダイちゃんが――)
胸騒ぎを拭えないままトイレから戻ると、大輔の寝室を覗き見た。
暗闇の中から、健康的な寝息が聞こえてきた。
昌平はホッとした。
彼は無意識にベッドに近づき、大輔の横にもぐり込んだ。大輔が夢うつつに何やらつぶやいて、昌平の小さな体を背後から抱き寄せた。
大きな暖かい体に包まれて、先ほどまでの不安な気持ちは、すっかり消え失せていた。
昌平は大輔の温もりの中で、体を丸め、心地よい幸せ感を噛みしめていた。