■ グランパラダイス(下) - ……(7)
(7)
ここはマイアミビーチの高級リゾートホテル。
中年のフロントは、がっしりした体格の白人と、その後ろにでこぼこコンビのような二人連れの東洋人が、こちらに向かって歩いて来るのに気付いた。
白人は黒い手帳をチラリと見せ、ポケットから1枚の写真を取り出して、事務的な口調で言った。
「FBIだ。こちらにこの男が泊まっているか?ミスター・オシという日本人だ」
フロントの男は写真を見て、即座にうなずいた。
「ああ、ミスター・オシですね。ここに泊まっていますよ」
「何号室だ」
「711です」
「じゃあ、ちょっと捜査に協力してくれ――」
雄士利輔は、ルンルン気分でホテルに戻ってきた。先ほど、可愛らしい白人の爺さまと、明日のデートを約束したばかりだ。
(明日はまず、サウスビーチのナイトクラブに行って酒を飲ませ、そのあとホテルに連れ込んで――)
彼はひとり、ほくそ笑んだ。
マイアミの郊外には、全米各地から金持ちの老人たちが、暖かい気候を求めて引っ越してくる。中には彼好みのゲイの爺さんも多い。やらせてくれるし、小遣いもくれる。まさに趣味と実益を兼ねた付き合いだ。
フロントの男が妙な目つきでこちらを見ていたが、無視してエレベーターに乗った。
7階のスイートルームは快適な住み心地だ。ベッドルームと広いリビング。海の見渡せる眺望も良い。
部屋に入ったとき、何か違和感を覚えた。そこで気づいた。なんとリビングのソファーに、見知らぬ3人の男がいたのだ。
(なんだ?こんなこと、あり得ない)
彼は呆然と立ち尽くした。
東洋人らしい男が立ちあがった。かなり背が高い。男は日本語で話しかけてきた。
「やあ、ミスター・オシ。やっと戻りましたね」
雄士はにわかに警戒した。
(何なんだ、こいつらは?)
大きな体つきの白人が立ち上がって、ドア側の位置に移動した。雄士は不安になった。
(こいつら、何をするつもりだ?)
先ほどの日本人が、自己紹介した。
「私はチカラ、彼はFBIのボブ、ソファーにいるのはキリツだ。私とキリツは日本から来た」
FBIと聞いてドキッとしたが、雄士は沈黙を守った。
「単刀直入に言おう。きみが華下満寿夫を脅して、日間梨産業から横領した1千5百万円を返してもらいたいのだ」
(どうしてそんなことが分かったのだ?)
雄士は動揺を押し隠して、何食わぬ顔で言った。
「何のこと?ぜんぜん覚えがないけど」
「陳腐な言い草だな。嘘をつくなら、もっとスマートに言い訳したら」
チカラは、せせら笑った。「でも、こちらは暇じゃないので、簡潔にいくぞ。――いま、きみの銀行口座には1千4百万円ほど残っている。差引百万円不足だが、われわれの経費も2百万円ほどかかっている。これもきみに負担してもらわなくちゃならないから、合わせて3百万円不足だな」
(なんのことだ?それに、なんでおれの預金額を知っているのだ?)
雄士は動揺を隠せなかった。
その彼の肩に手を置いて、チカラはソファーの方に押しやった。
「立ったままじゃ何だから、座って話すか」
雄士を囲むようにして全員が座ると、チカラが話を続けた。
「きみの選択肢はふたつある。ひとつはボブがきみを逮捕して、FBIに連れて行く。そのあと日本の警察に引き渡す」
チカラはひと呼吸置いた。
「もうひとつの選択肢は、口座に残っている金を華下満寿夫の親の口座に振り込む。残り3百万円は働いて返す。これできみは、無罪放免だ。あ、それから、われわれはマイアミでもコネクションがあるので、きみの働く先も用意してあげる」
雄士がボソッと言った。
「働く先って?」
「アクターの仕事だ。きみは、なかなかのハンサムだから、映画に出演してもらう」
「映画俳優――?」
「ああ、ハリウッドとまではいかないが、マイアミの映画会社だ」
結局、雄士は金を返すほうを選択した。ここは海外だ。彼は用心深い男だが、もともと自己顕示欲も強かった。そこで、映画に出るのも悪くないな、と思ったのだ。
トランクケースひとつでホテルをチェックアウトした。それから最寄りの銀行に行って、言われた口座に1千4百万円を振り込んだ。
そのあと、男たちの車に乗って、映画会社に向かった。
そこはヒスパニック系の人間がたむろする、胡散臭いところだった。
部屋には痩せた背の高い白人と、背が低くでっぷりと肥った中南米系の男がいた。前もって話が通じていたのか、彼らは値踏みするように、雄士の体をじろじろと見た。
それから、交渉が始まって、英語とスペイン語が飛び交った。背の低いキリツという日本人が、チカラの通訳をして、スペイン語交じりの英語で話していた。
途中で、チカラが雄士に言った。
「きみの給料を決めているのだが、彼らはきみがきれいな体をしているか、心配しているんだ。なにしろ、俳優は体が資本だからね。それで、ちょっと裸になって欲しいのだ」
雄士はびっくりしたが、男たちがこちらを見ているので、仕方なく服を脱ぎだした。
(おれの締まった体を見て、よだれを垂らすなよ)
上半身裸になると、映画会社のふたりが称賛するような声をあげ、手を振ってスペイン語でなにやら言った。
キリツがそれを訳した。
「ズボンも脱げって」
ズボンを脱ぐと、また外人たちが何か言って、キリツが訳した。
「パンツも脱げって」
とうとう雄士は、一糸まとわぬ素っ裸になった。
でっぷりと肥った男が、手を回して「ターン、ターン」と繰り返した。
これは雄士にも分かった。彼は体を回転させて、尻を見せた。
ふたたび称賛するような声。男たちは満足したようだ。
そこでキリツの声がした。
「さすがコメを食う日本人は、肌がきれいだと言っている。服を着てもいいぞ」
商談が成立して、雄士は週給1千ドルで契約した。
チカラが「こちらでは破格の給料だぞ」と説明した。
デブの男が、1万ドルの小切手3枚をチカラに渡した。つまり、30週分の前金と言うわけだ。
最後にチカラは、雄士に向かって言った。
「じゃあこれで、きみはわれわれから無罪放免ってわけだ。もっとも、きみはここで、少なくとも30週間は働く必要があるけど。――じゃあ、マイアミを楽しんでね」
雄士利輔をスタジオに残して車に乗ると、稚加良はボブに1万ドルの小切手を渡した。
「ボブ、おかげで助かった。これはきみの経費分だ。それにしても、きみはまだまだ、FBIの現役で通じるな」
稚加良は言ったあと、こんどは鬼律に向きなおった。
「まあ、ゲイポルノのボトム(ウケ)役だから、雄士にはかわいそうな気もするな。なにしろ、アメリカサイズのソーセージを毎回突っ込まれるんだ。ま、しかし、彼も男好きだから、案外楽しむかもしれんな」
「でも、途中で雄士が逃げ出したら」
鬼律の心配に対し、稚加良は自信たっぷりに返した。
「それはまず無理だな。彼らはマイアミ中に、闇のネットワークを持っている。雄士が逃げ出しても、すぐ捕まるさ」
その頃、雄士利輔は恐怖の目を見開いて、壁にへばりついていた。彼の前にはふたりの屈強な体格の男たち。浅黒い肌をして、いずれもギョッとするような逸物をそそり立たせている。
「クール ボーイ」「フレッシュ ミート」
男たちは何やらつぶやきながら、目をぎらつかせ、よだれを垂らさんばかりの顔つきで迫ってきた。
「やめて、やめてくれ〜!――ひっ――ぎゃーっ!」
部屋で繰り広げられる迫真の演技を、ふたりのカメラマンが冷静に撮影しつづけていた。