■ グランパラダイス(下) - ……(5)
(5)
週明けの夕方、日間梨産業の重役会議室に、数人の会社VIPが集まっていた。
御膳会長、江利戸社長、それに向かい合う形で、日間梨取締役、地味筆頭監査役。議長席には仲間篤志。その背後に、監査室長の真締が控えていた。
全員のテーブルの上には、真締のまとめたリポートが配られていた。
篤志が口を開いた。
「急きょ皆さんにお集まりいただいたのは、わたしの調査で、当社内に重大な背信行為があったと判明したからです」
彼はテーブル上のリポートに目をやった。
「報告書は皆さんの手元にお配りしていますが、今はわたしからかいつまんで話しますので、あとでお読みください」
ひと呼吸入れて、篤志は話しだした。
「一連の事件のキーマンは、雄士利輔という男です」
横目で日間梨の様子をうかがったが、彼は表情を変えなかった。
「別名、尾知利好蔵と名乗る男が暗躍したのです。彼はまず、ビル事業部で進めていたタバコ屋の用地買収に目を付けた。タバコ屋に接近し、悪知恵をつけて取引額を2億円に値上げさせ、甘い汁を吸おうとしました。幸いこれは経営陣の賢明なご判断で、取引中止となりましたが」
日間梨がわずかに眉をひそめた。その横で、地味監査役が、興味深そうに篤志のほうを見ている。
篤志は話をつづけた。
「次に江利戸社長邸の近辺に、不審な男たちが出没した。タバコ屋の土地を買わせようとする、巧妙な脅しです。これも雄士が裏で手を回して、下葉組という暴力団に百万円で請け負わせた」
そこで篤志は、江利戸社長のほうを見た。
「幸いこれは、名前は言えませんが、ある方のご尽力によって、中止させることが出来ました」
同意するように、江利戸社長がわずかにうなずいた。
「ところで、この雄士と言う男は、他にも当社に対して、悪事を仕掛けていたのです。当時、経理部の社員だった華下満須夫くんを罠にかけて、会社の金を1千5百万円、横領するように強要しました」
そこで地味監査役が質問した。
「どんな罠をかけたのですか?」
「男色行為です。雄士は華下くんをホテルに呼び出して、二人の男たちに襲わせました。そのときの恥ずかしい写真を、脅迫のネタにしたのです」
篤志は、日間梨梵のほうを見た。
「そのことは、日間梨取締役も御存じですね」
日間梨は表情を変えず、何とも答えなかった。
篤志は深く追及せず、先へ進めた。
「この1千5百万円の横領事件は、より大きな悪事の伏線でした。華下くんは、M&Aのデューデリジェンスを担当していて、相手先の会社に重大な瑕疵があることに気づいた。そこで当時、直属の上司だった烏合課長に報告書を出して、問題の指摘をした」
そのとき、日間梨が口出しした。
「しかし、わたしが見たデューデリジェンスの報告書には、重大な瑕疵なんて文言は一言もなかったぞ」
彼の口ぶりには、苛立った調子が含まれていた。
「そこが謎です。烏合課長は途中で総合企画室に異動しましたが、彼はその前にデューデリジェンスの報告書を、凡倉部長に提出しています。提出した報告書には、確かに日間梨取締役の言うように、重大な瑕疵という項目はありませんでした」
篤志は言いながら、自分のカバンから書類を取り出した。「これは華下くんが烏合課長に提出した、リポートのコピーです」
彼はまず、日間梨の前にコピーを置いた。
「そのリポートには、はっきりと重大な瑕疵の項目があって、具体的な内容も記述されています」
日間梨は、信じられないような表情でリポートを見ていた。それが書かれた内容に対してなのか、あるいはリポートそのものが存在していたことに対してなのかは、分からない。
篤志は、おもむろに言った。
「それから、もうひとつ重大な事実が判明しました」
彼は全員の注目を集めるよう、少し間をおいて、言葉を継いだ。「このM&Aをした先方の会社のオーナーは、雄士利輔の姉が嫁いだ先の夫だったのです」
そのことが皆の頭に浸透するのを、しばし待った。
「つまり、雄士利輔は、姉の夫が経営する会社に重大な瑕疵があるのを知っていながら、強引に当社にM&Aをさせようとした。ところが華下くんがその欠陥に気づいた。そこで男色の罠をかけて、邪魔な華下くんを会社から追いやったのです」
篤志は全員の顔を見やった。そして締めくくるように言った。
「以上が、わたしの調査結果です。ご質問があればどうぞ」
日間梨取締役が、篤志の背後にいる真締をにらみつけながら、不機嫌に言った。
「こんな重大な会議に、なぜ社員が出席しているのだ?」
日間梨の指摘に、真締は顔をこわばらせたが、篤志はゆったりとした口調で説明した。
「今回の調査は、真締くんに手伝ってもらいました。実際、彼がいなかったら、今回の事件の解明は出来ていなかったでしょう。だから彼にも、参考人として出席してもらいました」
日間梨は露骨に嫌な顔をしたが、黙り込んだ。
江利戸社長が咳払いして、質問した。
「仲間さんは、会議の冒頭で、当社内に重大な背信行為があった、とおっしゃいました。ところが報告では、雄士利輔という外部の人間が中心となって動いていたようですが、そのへんはどうですか?」
篤志はきっぱりと言った。
「それは、雄士利輔の相棒が、当社内にいるからです」
エッという皆の顔。篤志はそれぞれの表情を観察した。どうやら御膳会長だけは、その相棒が誰であるか、目星が付いている顔つきだ。
「その相棒というのは、いったい誰ですか?」
江利戸社長が篤志に聞いた。
篤志は平静に答えた。
「雄士利輔が、当社の社内事情に詳しいことが不思議でした。そこで彼の交友関係を調べました。その結果、雄士の相棒は、日間梨梵氏であると結論付けました」
「でたらめ言うなっ!」
日間梨が血相変えて立ち上がった。「何を証拠にそんなことを言うんだ」
篤志は平然と、日間梨の顔を見返した。
「きみは静岡の中学、高校時代、雄士と同級生だった。それも、かなり仲が良かったそうだね。それにきみが雄士と仲良く、赤坂のヘアサロンに入る目撃情報もある」
「そんなの証拠になるかっ!」
「ああ、確かにね。でも状況証拠にはなる。まず、このM&Aの取引は、きみが発信源だと聞いている。それから人事担当の日和取締役に確認したが、経理課長だった烏合くんを、急きょ総合企画室に異動させたのは、きみの強い要望があったからだと聞いた。
ちょっとタイミングが、妙だと思わないか。それに、きみの背信行為を証明できるものは、他にもあるのだ」
篤志はカバンから、もうひとつの書類を取り出した。彼はそれを日間梨の前に投げた。
「それは、烏合くんが経理課長時代にコピーしたものだ。全部で20枚の支払い伝票がコピーされている。広告宣伝会社2社への支払い伝票が10枚。あとの10枚は出張精算と接待費の伝票だ。いずれも常識外の高い金額が書き込まれている。その大半はきみの名前、一部、総務部長の尾人くん、それに意地くんが総務課長だったときの名前もある。これをほかの経理社員に見せたら、ひと目で粉飾伝票だと見抜いた」
最後はハッタリだった。実のところは、華下の意見を聞いただけだ。
それでも効果は、てきめんだった。
さきほどまで威勢の良かった日間梨梵の顔色が、スッと白くなったかと思うと、彼は完全に沈黙してしまった。