連載小説
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「レイクエム2」 H故郷、長岡へ
『故郷、長岡へ』

私には親友と呼べる友達が数人いる。仕事で知り合った友達よりも、趣味の世界で知り合った友人たちや青春時代を共に過ごした高校時代の友達の方が信頼関係と友情は深い。
新潟では新型コロナウイルス感染者はまだ少ないが、コロナが地方にも広がったせいで、地方への訪問は敬遠されがちだ。千葉県に住んでいる私は、帰郷しても長岡に住む友人たちに遠慮?気兼ねして会わないから、次第に疎遠になってしまう。そうすると電話さえ段々と掛けなくなる……。コロナ渦で人間関係が失われ、壊れてしまうのは恐ろしい。
私は結婚しなかったので子孫を残せない。私の系譜が途絶えても、甥や姪が子繁栄させることができれば、未来永劫とは言わなくても我が家系図を辿ることできるかも知れない。
ある時、私の家の先祖を辿る家系図を本家の従兄、田島守男から見せて貰ったことがある。そんなに古くなく、大した家系でもなかったが「先祖がいつ、どこで何をしていたのか?」見えない糸をたぐりよせ、私の生の証を少しだけ知る事ができた。
 今まで私が全然知らなかったファミリーストーリー、ルーツを少しだけ垣間見たような気がした。 

『ルーツ』は1977年にアメリカで制作された人気テレビドラマだ。アフリカから奴隷として連れてこられた黒人少年クンタ・キンテが主人公で、放映されると同時に視聴者に熱い感動を与えた。社会現象を生み出したTV映像は思い出されなくても「ルーツ」という言葉を覚えている年配の人もいるだろうと思う。
私は子供の頃から「母を失うという恐れ」に怯えて生きて来た。いつも愛情深かった母、菊乃も年老いて、二人の息子を失い最後に残った最愛の息子を思うことしかできなかった。精神的に辛い日々を過ごして来ただろうが、苦労した割には陽気で明るく笑顔の絶えない母はいつも一人ではなくて、近所のお婆さんたちやデイサービスにたくさんの友達がいた。そんな母にも、とうとう老衰という悲しい現実が、受け入れなければならない肉体的な終わりが訪れようとしていた。
「人間は独りで生きていかなければならない」ということを私が強く意識したのは、母の死後からだった。私と100歳まで生きると約束したのに96歳で母が死んでしまった時、流れる涙は凄かった。本当に涙が枯れるとはこういうことか?と思うほど泣いた。
私が都会に出てしまい、母と一緒にいる時間が無くなっても、母と子の絆はとても強くて、父に申し訳ない気がしたが、涙の量も父が亡くなった時よりも遥かに多かった。
母の死後「母を失う恐れ」からやっと解放されて、魂が抜けたような静かな日々が訪れた。今、母が生きて入ればちょうど100歳になる。
私が大好きな演歌歌手、ちあきなおみの『かもめの街』の歌詞。
「いろんな人が居たし いろんな人が居なくなった」
両親や兄弟、叔父さん、叔母さんも、親しい友人もみんな居なくなった。そして、いつか自分もこの世から消え去ってしまうだろう。
「カモメよ カモメよ〜」
「淋しかないか〜」
「帰る故郷があるじゃなし〜」
それが人生という儚さの終着点。時間を貯蓄できて、生命の時が増える訳がないが、喪失していく時間を意識することによって、自分の残された人生がより見えて来るのではないだろうか?
「おまえも一生 波の上〜」
「あたしも一生 波の上〜」
「あ〜あ〜 ドンブラコ〜」
ちあきなおみの切なさと、懐かしさをそそる哀愁の演歌。都はるみと共に60年代に登場し、忽然と表舞台から姿を消して「普通のおばさん」になってからも、変動する昭和の時代に歌った演歌は、人々の心を癒し、支えてくれているのだ。

8月1日、車で旅に出る。
「知らない街を 歩いてみたい」
「どこか遠くへ 行きたい」
「知らない海を ながめていたい」
「どこか遠くへ 行きたい」
「遠い街 遠い海」
「夢はるか 一人旅」
『遠くへ行きたい』ジェリー藤尾の歌。人生において歌は必要不可欠である。
知らない街を旅して見たいが、まだコロナが収束していないのでそうは行かない。考えた挙句、新潟県の「良寛さんのふるさと出雲崎」へ行き、真夏の海で泳ぐ。それから日本海を眺めながら、海沿いをドライして “ヒスイ”で有名な糸魚川へ、さらに春さんの生まれた故郷、長野県の安曇野まで足を延ばそうと考えた。

関越道を走り長岡インターチェンジへ向かう。約200q長時間のドライブは足が痺れる。
コロナ渦のためか?車も少なく、高速道路は物流を支える長距離大型トラックが多い。高速道路は良く整備されていて、改めて日本人の技術力は凄いと思う。
道路わきには合歓の木、白い山百合が咲いている。知らない土地を走行すると日本は広いと感じ、外国へ行かなくても「GoToジャパン」で充分な気がした。
長岡インターで降りて県道を走り出雲崎へ。子供の頃、よく海水浴に来て泳いだ記憶が蘇る。潮の香漂う海辺には海水浴の人々がいるが、土日の割にはコロナ渦のせいか?例年より人手が少ないような気もする。砂浜に寝転んで空を見上げる。潮風が心地よく、私の心を擦り抜けてゆく……。
「散る桜 残る桜も 散る桜」
真夏なのに良寛さんの桜を題材にした俳句が思い浮かんでしまう。やはり真夏でも心は寒々しく哀れなのだ。いつも荒波が高い日本海だが、今日は私の心とは裏腹に、波は静かで穏やかだった。長い自粛生活での運動不足による筋肉の衰えと腰痛、何よりも失われてしまった若さに気づき愕然として、海で泳ぐのは諦めてしまった……。
柏崎から直江津へとカーブの多い海沿いの道路を走っていると「新しい生活様式」という道路標識がいくつも表示されている。懐かしい山、海、川の風景が車の後方へと潮風に乗って流されて往く〜。
故郷を離れて50年、故郷へ錦を飾ることもなく、歳月の経過が思い出されて、ただ懐かしい記憶が風のように脳裏をよぎるだけだ。今まで生活すること、生きることだけで精一杯で、人生がいつの間にか知らないうちに過ぎてしまった感がある。それでも多くの人々と出会い、人生が楽しく過ごせたので、こんなにも自分の年齢を意識することはなかった。
2日に予定の長岡まつりと花火は、新型コロナウイルスの影響で中止となった。その変わりに戦争犠牲者を慰霊する白一色の3発の花火と、新型コロナウイルス感染終息を願う金色の1発の花火が夏の夜空に大きく花開いた。3日も花火が打ち上がるらしい。
直江津から国道18号線を長野市に向かう途中に道の駅「しなの」がある。そこから国道18号線の北国街道を行くと小林一茶の菩提樹、明専寺があり、一茶の句碑がある。
「我と来て 遊べや 親のない雀」
明専寺は浄土真宗本願寺派に属し、小林一茶は親鸞聖人に深く帰依し、熱心な門徒だったと言う。
「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」
「春風や 牛に惹かれて 善光寺」など小林一茶の有名な俳句が浮かぶ。
今回はそのルートは通らずに直江津から8号線で糸魚川に向かう。
「うみてらす名立て」の道の駅で車中泊。日本海の夕日がとても美しいので砂浜を散歩する。
翌日、糸魚川の姫川で探石していると、綺麗な糸魚川ヒスイを探している人が数人いた。
春さんの家に電話して、お婆さんから春さんの田舎の駅の名前を教えて貰った。
「安曇追分」という大糸線の小さな駅だという。
糸魚川から国道148号線で大町市へ。さらに国道147号線を松本へと車を走らせる。
「安曇野松川」の道の駅を過ぎてしばらく行くとその駅はあった。誰もいない小さな駅だった。この駅から中学を卒業した春さんが、東京に上京して来たのだ。春さんを母、伊吹春代が涙ながらに見送った駅かと思うと胸が熱くなる。
スマホのカメラで駅舎の写真を数枚撮った後、しばらく佇み、後ろ髪を引かれる思いでゆっくり駅から離れた。
田舎の静かな街並みと田園風景が続く。恐らく松川村のこの付近の農家が、春さんの生まれた故郷だと思う。春さんの話では、春さんの実家の農家で、父の伊吹吉衛門が亡くなった後、春さんのお兄さん伊吹喜衛門が、97歳を過ぎた今でも元気で暮らしていると言う。
実家を訪ねて、持ってきた大きく引き伸ばした春さんの写真をお兄さんに届け、春さんの思い出話を聞いて見たいと思うが、私にはそこまではできそうもない。淋しい……。

8月28日、安部総理が病気を理由に辞任表明した。第一次政権辞任と同じように仮病ではないが、病気を理由に健康問題で辞めた?
「森友、加計学園、桜疑惑」など、臭い物に蓋をして逃げた感があるのは否めない。コロナ渦で大変な時期なのに、突然の辞任はやはり敵前逃亡にしか私には見えない。
このところ何も発信しない安部総理。「森友、加計問題や桜疑惑」などもほったらからし、臨時国会も召集しないで引き籠もり、新型コロナウイルス対応もままならぬ、そんな総理で、日本はこれからどうなるのだろうか?とても不安だったので、少しほっとした気分だ。
最長政権7年8ケ月、長ければいいと言うものではなく、長期政権の私物化による驕り、弊害も出て来ていると思う。アベノミクスで掲げられた成長戦略3本の矢「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の効果」の効果が果たしてあったのか?もう過去のことだから、頭があまり良くない私には解らない。
安部長期政権で放たれた3本の弓矢は「森友学園、加計学園、桜を見る会」などの疑惑へと安部さん自らの胸に3本とも突き刺さって政権が折れてしまった。
「残念」「静養して」と思い様々でも、「森友、加計問題、桜疑惑」などの問題をうやむやにして臨時国会も開かないようでは、辞めて貰った方が良いのだ。これでコロナ渦の社会に少しでも変化が訪れるのを期待したいと思う。
今ではマスクが容易に買え、マスク着用が当たり前のこととなっている。高金額を支出したアベノマクスは、どれだけ人々の役に立ったのだろうか?私はアベノマスクを使わなかったから、探せばどこかにまだあるはずだ。
コロナ渦で毎日、自粛というより引き篭り状態の日々が過ぎていく。愛する対象がなく、愛されているという実感がないから孤独感が増している。
新型コロナウイルスで人々との交流が失われ、自己の存在が社会と関わり,何か役に立っているという充実感、確証というものが希薄になった。自分から人との距離を置きながら、
「自分が社会から置き忘れ去られている」という固定観念に染まってしまう。
孤独に苛まれて切ない閉塞感に囚われると「コロナうつ」になる。やはり、人との関わり、人と人との繋がりの大切さを思い知らされてしまうのだ。

9月8日、世界の感染者数約3,000万人、死者数約90万人を超えた。インドの感染者数がブラジルを抜き、アメリカに次ぐ世界2位となった。日本では、コロナ倒産が500件に達した。特に中小・零細企業の破綻が多くて、飲食店が最多でホテル・旅館、アパレル小売店の順となっている。また、8月の猛暑により東京23区内で、8月に熱中症で死亡した人は195人となり、高齢者が約9割を占めていて、ほとんどエアコンが設置されてないか、エアコンを使用していなかったようだ。
例年、9月初旬にインフルエンザ患者が数百人報告されるが、今年は新型コロナウイルス感染予防でマスク着用効果のせいか1週間でわずか3人に留まったという。
秋から冬にかけて流行するインフルエンザが、新型コロナウイルス感染症と同時に流行するかどうか?動向が注目されている。
9月14日、自民党の総裁選挙が行われ、菅義偉(71歳)が圧勝、第26代自民党総裁に選出された。私がいいと思う石破茂氏は岸田文雄氏にも敗れて惨敗した。16日召集の臨時国会で、菅官房長官が第99代首相に指名され、新内閣を発足させることが決まった。
菅総理は国民のために「働く内閣」を目指す考えを表明したが、私は菅さんが総理大臣の器でないと思うから、菅内閣にも自民党にも何も期待はしていない。安倍さんも菅さんも「同じ穴の狢」、菅内閣は安部内閣の残滓だとしか思えない。
私は最近、あまり選挙に行かない。一票の重さがあるから国民は投票の義務があるという。
私は一票の軽さ、無駄を感じてしまい投票に行かない。何故?日本の総理大臣を国民が選ぶことができないのだろうか?総理大臣を自民党員でない私が選ぶことができる選挙なら、喜んで軽い一票を投じたいと思う。 
カジノを中核とした統合型リゾート(IR)事業を巡る汚職事件に絡み、秋元司・衆議院議員が収賄罪などで起訴後有罪判決。秋元議員と同じく賄賂の100万円を得たことを認めた千葉13区の自民党の白須賀貴樹衆院議員(細田派)が衆院議員を続ける意向だという。
私の住む町は千葉13区になる。町のあちらこちらに白須賀議員の立て看板がある。車を運転していて車窓から見える立て看板の白須賀議員のすました顔が不愉快、嫌いでしょうがない。看板に赤いマジックで100万円と落書きしたいくらいだ。
コロナ渦で河井克行、案里夫妻が選挙違反したにも関わらず、議員も辞職しないで、高額の給料やボーナスを得ているから頭に来る。
河井案里議員の選挙時、河井案里を一押しで推薦したのは、安部元総理と菅現総理だという事を忘れてはいけない。自民党から案里議員に渡された1憶5000万円の巨額な選挙資金は国民の税金なのに、全ての用途が未だに解明されていない。それが自民党のやる、この国の政治なのだ。
白須賀議員も同様だと思う。こんな議員を離党もさせないで、再度、立候補の承認をしているから自民党は嫌いだし、それを阻止できない野党にも何も期待できそうもない。

65歳以上の高齢者は10月1日からインフルエンザワクチンの接種を行うようだ。春さんは、健康だからといってインフルエンザ予防接種を一度もしていなかったらしい。
最近は医療体制が整ったせいか、春に比べて新型コロナウイルス感染の集中治療を受ける重症者も減り、死者数も減少している。
新聞記事を見ると、春さんが住んでいた市の感染者数は、千葉県内の他の市と同様に多い。やはりそれだけ新型コロナウイルスが、春先にも蔓延していたのだろうか?だから注意していた心算でも、あんな状況に陥ってしまったのかどうか?今となっては解らない。
26/08/25 17:05更新 / 河志摩 運
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