「レイクエム2」 G人生の旅路
『人生の旅路』
私の好奇心はいつしか自分の知らない世界、日本の外、海外に向けられるようになった。
私は20代後半、初めて海外旅行に出かけた。
70年代、私は小田実の「何でも見てみよう」や大宅壮一の「世界の裏街道を行く」の世界旅行記を読んだ。それらの書物に触発されてアメリカ旅行に2度チャレンジしている。
小田実は「ベ平連」代表で、評論や小説を書いて活躍した知識人。大宅壮一は「一億総白痴化」の名言で知られた昭和の大社会評論家であり、私の最も好きな知識人である。
最初は約3ケ月間、西海岸のロサンゼルスとサンフランシスコ、サンディエゴへ行った。
ロサンゼルスのリトル東京で、ミスター田中(田中勇蔵)という82歳の痩せた老人に出会った。彼は日系二世でハワイ出身、父親が広島生まれだと言う。
二世の彼は、日本には一度も来たことがない。日本人観光者を見ると、気安く話し掛けて来て小銭を無心する。貧しいから生きていくための手段で仕方がないのだ。浅黒く日焼けたした顔を見ると、性格的な明るさが感じられて、どうやら人は悪くなさそうだ。やはり日本人にはどこか安心感がある。
老人に対して警戒心を持たず、すぐ打ち解けることに長ける私は、彼と親しくなりリトル東京の小さなスナックに私のおごりで飲みに行った。
懐かしい昔の大型ジュークボックスで、双葉百合子の『岸壁の母』を聞きながら、二人でビールを飲んで楽しい時間を過ごした。
『岸壁の母』を聞いて「いいなあ〜、いいなあ〜」と言って、何故か?老人はまだ行ったこともない故郷?広島を空想して涙を浮かべていた。
ロサンゼルスでロス在住の日本人男性と知り合い、彼に誘われてアメリカ人の友達数人が集まる住居でのパーティに招待された。私は好奇心から参加したパーティで、マリファナやハッシッシ、ラッシュなどの性的興奮剤なども初めて経験し、サイケデリックで幻想的な世界、性的なエクスタシーの昂揚感にすっぽりとハマってしまった。
ロサンゼルスのダウンタウンは危険だが、好奇心と金銭的な理由で、田中さんに紹介してもらい下町の安いホテルへ宿泊することにした。そのホテルに滞在しているのは、格闘技のボブ、サップみたいに身体の大きい、見るからに怖そうな黒人ばかりだったから思わず身体が委縮してひるんでしまった。
朝、外出すると、驚いたことに刺殺された白人の老人の死体がホテルの前に転がっていた。人種差別が横行しているアメリカ、ロサンゼルスのダウンタウンでは、珍しくも不思議でもない日常風景なのだ。
帰国後、スポーツ新聞を見ていると偶然、私が泊まったホテルが、ロサンゼルスのダウンタウンで危険なホテルとして紹介してある記事が目に止まった。
私がロスからサンフランシスコへ行く朝、田中さんはグレイハンドのバス停まで見送りに来てくれた。またロスに戻って来るまでしばしの別れだ。
初めてのアメリカ旅行、ロサンゼルスからサンフランシスコへと長距離のグレイハンドバスで向かった。途中、バスが煙を出してエンストした。
誰か乗客の一人が、爆発物が仕掛けられていると、騒ぎ始め出したので、全員が一時下車させられるというハプニングがあったが、車の単なる故障で、何事もなく無事にサンフランシスコに到着することができた。
私はアメリカのサンフランシスコを訪れた時、たまたまゲイパレードを見たことがある。「クルージング」の映画みたいに革ジャンで身を固めたハードゲイの凄い肉体のパワーと、様々なファッションに身を包んだソフトゲイのパレードは、陽気で楽しそうな雰囲気に満ちていた。
『花のサンフランシスコ』というスコット・マッケンジーの歌が、当時、流行っていて、美しい花々が咲き誇るサンフランシスコの坂道の階段を歩いたりして、観光旅行気分で一人のんびりと散策していた。
あれは穏やかに晴れた日だった。公園内のテニスコートでは人々がプレイを楽しみ、公園内の芝生には、幸せそうな若いカップルが寝転んでいる微笑ましい光景が眩しい。若かった私はアメリカの自由な空気に解放されて満ち足りた気分に染まっていた。
コカ・コーラを飲み過ぎてオシッコがしたくなったので、何の警戒心も持たずに公園内のトイレへと向かった。
突然、茂みの中から突風のように男が現れて襲われた。背後から黒人の若い男に羽交い締めにされ、トイレに連れ込まれて「マネー、マネー」と怒鳴られ脅された。抵抗すると殺されると思ったが、身長が2メートル近く強靭な肉体を持つ若い男に首を絞められては息もできず、苦しくてもがくしか手はない。数分後、服を破られ、バックも奪われて、あっという間に逃げられてしまった。
私は悔しくて近くに落ちていたビンを割って手に持って、すぐに追いかけたが、カールルイスみたいに足が速い暴漢は、あっと言う間に姿を消してしまった。私は言わば足が短くて遅い「ちびっ子の子カールくん」だから追いつくはずがない。
首に絞められた時の赤い痣と、トイレのコンクリート壁にぶつけられた時にできた腕の擦り傷以外、大したケガもなかったのが不幸中の幸いだった。背も低くて小さい癖に怒りに任せ恐れもせず、ビンを割って追い掛けるとは、自分には日本男児としての振る舞い、男らしさがあったのか?と自分を見直した。
私は盗まれたバックとお土産品はともかく、何も抵抗できない口惜しさから、近くのポリスオフィスに出向いた。
[ I am going to buy knife ]、護身のためにナイフを買うつもりだと、片言の英語と身振り手振りで、白人の警官に訴えた。
[ Do you want to die ]、お前死にたいのか?と、小馬鹿にされたように白人警官にたしなめられた。確かに下手にナイフなど持っていると、体力差のある強い相手に、力のないチビの私は、すぐにナイフを奪われて逆に殺されてしまっていただろう。
悔しいが、ガンジーのように最大の武器は「無抵抗主義、何もしないことなのだ」と、素直に納得して引き返した。
ロスのダウンタウンでは老人が、牛刀のように大きなナイフで脅されて、金を奪われる場面にも遭遇した。銃社会のアメリカはまるで映画の中のシーンのように四六時中、パトカーのサイレンが鳴り響いている危険なシテイなのだ。
日本人観光客が、お金を持っていることを彼等はよく知っている。パスポートとトラベラーズチェックは、腹巻の中に隠していたので何とか無事だった。
とんだ「想い出のサンフランシスコ」になってしまったのだが、殺されずに現在も生きている幸運から、遠い昔の良き「想い出のサンフランシスコ」と、振り返えられるのだ。
冒険心溢れ、恐れを知らぬ若い時と違って多少怖いような気もするが、できるなら春さんともう一度、ロサンゼルスとサンフランシスコを訪れて見たかった。しかし、春さんの死と新型コロナウイルス感染拡大によって、それも不可能になってしまった。
私は2度アメリカ旅行にチャレンジ、冒険したと言ったが、実はそうではない。
最初のアメリカ旅行で友達もできたことから、1〜2年アメリカに住んで見たいという願望が出て来て、アルバイトをして金を貯めてから2度目のアメリカ行きを計画したのだ。
当時、円安で海外旅行が今みたいに簡単にできる時代ではなかったが、冒険を夢見るバイタリティに充ちた若者がアメリカに渡り、違法だが皿洗いなどの仕事をしながら長期滞在することがあった。
私も若い時にしか、いろんな経験ができないと思い、覚悟して旅立った。しかし、私は重大なミスを犯してしまい、再びアメリカに上陸することができなかった。シアトルの空港で入国審査する時、できるだけ予算を倹約するために片道切符しか購入していかなかった。
「観光旅行で来ているのに何故、片道切符しかないのだ?」と税関検査官に問われた。
アメリカでは不法入国者が絶えないから、私もそう思われてしまったのだ。検査官は英語が話せない私のために通訳を通して、アメリカに入国できるが、その場合には裁判になる。
もし、このまま帰国すればブラックリストには載らないし、再度、アメリカ合衆国に来ることができると強く言われた。仕方なく私はシアトル空港からとんぼ返りさせられたのだ。寝不足で、疲れ果て消沈する私。夢と失望、あきらめがもつれていく。私を乗せた飛行機の窓から見た雲上の美しいオレンジ色の夕景が色濃く心に焼き付いた。思い返せば今もなお、心にUターン飛行して来る。
その後、何度かアメリカ行きを試みたが、いくらビザ申請をしても二度と収得することができなかった。春さんと一緒にアリゾナに行って見たかったのだが、40年前の出来事が尾を引いていて躊躇していたのだ。
6月21日、父の日。そして私の68歳の誕生日だが、自分の年齢が信じられない。ついこの間、還暦を迎えた自分に驚いていたのに……。年を重ねてからの誕生日など一つも嬉しく
ないどころか、誕生日その物を忘れてしまうくらいだ。家族もなく、誰一人として祝ってくれる人もいないという独り者の宿命だ。自分で選んだ以上仕方がないが、後悔などひとつもない。もしこれが仮に100歳の誕生日で、そこまで生き延びることができたなら、少しは喜ぶのかも知れない。
スマホのグーグル(Google)で調べると世界の新型コロナウイルス感染者がついに900万人を突破した。死者数も47万人を超えたが、この数字は単なる通過点に過ぎないだろう。アメリカ、アフリカ、インドと、世界の国々で新型コロナウイルス感染が、拡大増加すればいずれとんでもない数字になるだろう。
車内に搭載してあるテレビを付けると、自粛しているタレントが自宅で楽しく踊る姿が、テレワークで映し出される。どこか楽しそうだが笑えない。春さんを失くした悲しくみを引きずってしまい、上手く笑うことができないのだ。
「笑うことができる動物は人間だけ」だという。笑えない心にいつまでも浸っていては、悲しみから逃れられない。無理に笑うことだ。人間は所詮独り、孤独で死んで逝く。愛する人と共に生きることができなくても、その人の記憶と共に生きて行く……。
「新しい生活様式」の中で一日を生き抜き、いずれ死ぬ覚悟をして自分の明日を見てみよう。
「集中治療を譲る意思カード」があるという。新型コロナウイルスの感染が広がり、ICU集中治療室が重症化した患者で満杯になった時、老人が若者に人工呼吸器を譲っても良いと意思表示するカードだという。
「若いからといって長く生きていいはずはない。年寄りだって長く生きる権利がある」と、テレビで年配の男性芸能人が声を荒上げて怒っていた。
「どうしょうもないバカな若者より、善良で平凡な年寄りの方が生きる権利がある」と、私も考えるので言語道断だと思う。
6月28日、コロナ渦で猫や犬を飼う人が増加しているという。愛しい人の死後、私は慎ましく静かに愛犬クロと共に日々を過ごしていた。ペットが孤独をどれだけ癒してくれるのか計り知れない。
私の30年来の友人で、二人共に同じ年、同郷生まれの91歳になる老人夫婦がいる。お婆さんは大の犬好きで、可愛いトイプードルを飼っていたが、突然、死んでしまった。また同じ種類のトイプードルを飼いたいのだが、もう二人とも高齢で、犬の世話ができないから飼うことができない。
仕方がないので犬のぬいぐるみや「ロボットふわふわトイプードル」を購入した。おはなし大好き!歌って踊れ、声を掛けると返事をしてくれる優れものらしい。でも、やっぱり生きている犬でないと満足できないと、お婆さんが愚痴をこぼす。
犬のロボットに限らず、孤独な人間の相手をしてくれる便利なロボットはある。いずれ、鉄腕アトムやエイトマンが、孤独な老人を助けてくれるのかも知れない?でも年寄りにはドラエもんの方が良いのかも知れない?
お爺さんは兎も角、お婆さんがしょっちゅう転んで顔と頭に怪我をする。90歳過ぎでは致し方ないが、2階のベッドで寝て、夜中にトイレに行く時は、狭い階段を降りて来なければならない。とうとうお婆さんが階段を踏み外して頭と腰を怪我してしまった。
2階で寝るのは危険だからと、大工の春さんと私の二人で1階の部屋の押し入れを改造して、ベッドを作ってあげた。春さんは老父婦に大変喜ばれ、感謝されていた。
春さんが急死したことを私は二人に話せていない。老人夫婦には自分より若くて元気な老人が亡くなったのは辛いから「春さんは元気だ」と今も嘘をついている。コロナ渦で不要不急の外出を控えるという理由で、私は長い間、二人に会っていない……。
一人の老人の「死」は社会的にあまり意味を持たないとしても、私には大きな意味がある。空白を埋められず無常観を感じつつ、故人との数々の交友歴を思い起こす。
枕元に春さんの写真を置き、仏壇にも両親の写真と一緒に飾ってある。両親が死んでから今まで、時々しか線香を上げることはなかった。春さんが死んでからは毎日、線香を上げて、タバコと共に春さんの好きだった物を供えている。両親と恋人との思いは明らかに違う。
夜、階段の方から物音がする。暑いから窓を開けて寝ているから、吹き込む風で物が動く音なのだ。春さんの存在、気配を探るが、当然、誰もいない。寂しいから春さんの霊とでも逢いたいくらい愛しいが、ただ静寂が漂うばかりで切ない気持ちなのだ。
大切な人の突然死は、死を予想して覚悟をする時間がなかっただけに強い悲しみが残る。
春さんを救えなかった後悔に苦しめられ、いつまでも悲しみが消えることがない。
もう一度逢いたい、もう一度春さんの笑顔が見たい、もっと一緒にいたい。そんな思いに駆られ、春さんの霊が目の前に現れて、蘇るのを待つ気持ちはとても切なく涙が零れてくる。
自分の人生の年月、記憶に思いを馳せ、やがて訪れる自身の「死」について、ぼんやりと考えていると、いつの間にか寝入ってしまう。そして朝になり、いつものように腰と身体の節々の痛みと共に目覚めるのだ。
7月2日、都内での新規、新型コロナ感染者は107人を超えた。
「夜の街」新宿、池袋を中心に若者の感染者が急増している。以前、若い年代層は感染率が低いと言って、若者が自由気ままに飛び回っていたはずなのに皮肉な結果だ。増加する無症状の感染者から年寄りに感染し、重症化してしまう恐れがあり、益々、高齢者は外出しなくなるだろう。
ホストクラブやキャバレーなどからの感染者が止まらず、危機感を強めている。一方で、毎日公表され、増え続ける感染者数に踊らされている気もしている。
島国日本、国内だけの感染者数の話題に日々、一喜一憂しているが、この日の世界の新型コロナウイルス感染者数は1076万人余り、死亡者数は51万人を超えている。こんな状況では、ワクチン次第ではあるが東京オリンピックが開催される可能性は低いと思う。
未知のウイルス戦争を世界はどう戦っていくのか?感染元の中国ではコロナ渦が収束し、他国の責任のような素知らぬ顔をしている。アフターコロナ、中国国内では新型コロナウイルスによる家庭内トラブルから離婚が増えているらしい。
ワクチン開発の朗報はまだ聞こえて来ない。開発されてもあくまで外国が優先される。ワクチンの開発を日本は外国に頼らずにどうやって進めて行くのだろうか?仮にワクチンができても後遺症が心配されるし、新型コロナウイルスが変異を遂げて進化すれば、新たなワクチンの開発が必要となるのだ。
7月7日、七夕なのに13才になる愛犬クロが急死して、更に孤独感が増した。七夕は星に願いをすると叶えてくれるはずなのに、私からささやかな幸せを奪い去って行く。みんな手の届かない場所へ逝ってしまうから、やり場のない悲しみに意気阻喪に陥ってしまう。
私がもし、新型コロナウイルスに感染したら、春さんがいないから愛犬の世話をどうしようかと心配したが、もうその必要はなくなった。
ペットは家族同様、年寄りに安心感を与えてくれるのに、ペットロスは寂しくて生きる気力を喪失させてしまう。コロナ渦によってペットを飼えなくなり、捨てる事例がテレビで放映されていた。簡単にペットを購入できても、実際に動物の世話は大変なのだ。
コロナ渦なので仕方なく、庭の片隅に穴を掘って、もう硬直してしまったクロを埋めた。穴の中にクロの好きな魚やビーフ肉のドッグフードとクロが喜ぶ甘いパンを入れて上げた。
クロを飼う前に雑種のぺスというメス犬を飼っていたが、ぺスが蚊に刺されてフィラリアの病気で死んだ。ぺスも13年くらい私を癒やしてくれた。ぺスが死んだ時、かわいそうで涙が溢れ出たから、もう犬を飼うのは止めようと決めた。
しかし、1年後、ホームセンター前で柴犬の可愛い3匹の子犬の里親を探していたのだ。その中の一番小さい黒い柴犬1匹を貰い受けた。それがクロだった。クロも13年間、私を癒し続けてくれた。
人の死も犬の死も突然、失う悲しみの強さは違わない。クロを連れて福島県の伊南川へ探石に行った時に茶黒い立派な立石を見つけた。それを墓石代わりに少し盛り上がった土の上に置いてから線香を上げた。明日からは愛犬と話すこともできない日々が始まる……。
お婆さんの自宅へ電話をかけて近況を尋ねると、春さんが飼っていた小鳥「ひばり」が、お婆さんがエサをあげる時に逃げてしまったと言う。
春さんの平屋の家の裏手に広い森がある。自由になりどこかへ飛んで行ってしまったが、籠の中で飼いならされた「ひばり」は、自然環境の中でエサを上手く捕食して生きていけるのだろうか?
梅雨入りしてから雨の日が続いている。紫陽花は雨で美しく煌めいているが、合歓の木の花は雨に濡れて萎れてしまう。今年の梅雨は大雨が長く続く特徴があり、気分も暗く湿ってしまう。大雨で線状降水帯の影響から熊本県で甚大な被害が出ている。
令和2年7月豪雨と命名された。コロナ&豪雨、新型コロナウイルス感染症と自然災害では堪らない。
「人を支えるには、人しかいない」早急に多くのボランティアが必要なのに、新型コロナウイルス感染拡大を危惧し、県内の人しか受け入れることができない。せっかく集まってくれた県外のボランティアの人々を使えない状況だ。
行方不明児発見で一躍時の人になった「スーパーボランティア」尾畑春夫さんも、熊本に駆けつけたが受け入れられなかった。仕方なく地元の大分県でボランティア活動を行ったという。(尾畑さんは後に環境保全奉仕者として、秋の褒章を受章している)
東京では新型コロナウイルス感染者数が、6日続いて100人を超えている。世界の感染者数は約1162万人で、死者数は53万人を超えて感染拡大が止まらない。
個人と社会との接点をどう見つけ出だせば良いのだろうか?テレワークなどに対応できない高齢者はどう向き合って行けばいいのか?他者への配慮と対話の必要性が求められるのに、そこから離れていく傾向が強い。
今まであまり気にしなかった小さな物音が気になって眠れない。カタッと音がする。風の音か?足音が聞こえて来る。春さんが生前のように二階の部屋に上がって来た気配を感じるが、やはり気のせいかと思い直すと悲しくてやりきれない。
春さんの人生は幸せだったのか?少なくとも私といる間は、私を含めて幸せだったと想う。あっという間の5年間という幸せな時間は短い。私が春さんに言い残したこと、やり残したことは山ほどある。今もまだ「ありがとう」と言えても「さようなら」とは言えない。
家呑みから久しぶりに外飲みに行きたいと思うが、春さんと知り合う以前と同じ、孤独からパートナーを求め、上野や浅草の飲み屋、カラオケスナックを彷徨歩く行動を、繰り返したら、一時は酒の力を借りて楽しい時間を送れるかも知れないが、その後に来る寂しさ惨めさはとても辛い。
新型コロナに掛かってしまっても治ることもあるが「ゲイバーを飲み歩く病気?」は治らないから、ある意味でその病気は新型コロナよりも怖いのかも知れない。春さんと知り合う以前の元の木阿弥になってしまう気がするから今は飲み歩かない。
「夜の街」のキャバクラ、ホストクラブ、ショーパブ、ゲイバーなどが全部閉鎖されてしまったら、欲望のはけ口が無くなり、欲求不満が溜まり、分別なき若い意識が暴走して、暴力的な現象が増えるかも知れない。新型コロナウイルス感染を防ぐため営業自粛した店でも、感染を恐れ、客足が遠のいて潰れたバーも多いという。
東京都と全国の感染者は、依然として増加している。若者の感染増加と共に40〜50代の新型コロナウイルス感染者も増え、第2波の匂いが漂って来る。
アイリスオーヤマから国産の新しいタイプの夏用のマスクが発売されるという。熱中症が心配なので、夏用のマスクの需要が増えてくる。月に1憶5千枚も生産されるそうだから安心して使える。もう中国に頼る必要はなくなるのだ。マスクだけでなく、全て商売、お金に直結する中国に依存し過ぎてはいけないと思う。
日本政府は連日、感染者が増加しているにも関わらず「GoToトラベル事業」によって国内観光を活発にし、経済の立て直しを狙うが、東京都を中心に感染者が急増している。
新たに286人という過去最大の感染者が出ている。最早、500人、1,000人、2,000人と増えるのは時間の問題かも知れない。
7月23日、都内の新型コロナウイルスの感染者が、366人という過去最大の数字をたたき出した。PCR検査数が多くなったとは言え、驚きと警戒感が広がった。世界を見てみれば、感染者数は約1,500万人、死者数は約62万人を超えて増加のペースは加速度を増している。
本来であれば、24日に東京オリンピックの開会式が行なわれる予定だったが、新型コロナウイルスによって中止になった。
その夜、花火業者の連携による「キズナハナビ」が、全国7カ所で打ち上げられた。新型コロナウイルス対策のため打ち上げ場所等は非公表で10分程度だという。
「見上げてごらん 夜の星を」
「小さな星の 小さな光が」
「ささやかな幸せを うたってる」
永六輔:作詞、いずみたく:作曲、坂本九の歌『見上げてごらん 夜の星を』のように、夜空を見上げて美しい花火を見れば、少しは心が癒されるのかも知れない。
「見上げてごらん 夜の星を」
「ボクらのように 名もない星が」
「ささやかな幸せを 祈ってる」
7月30日の木曜日、庭の梅の木にしがみついているアブラゼミの抜け殻を見つけた。アブラゼミの幼虫は土の中で約4年間も過ごすという。アブラゼミのように4年間も家の中で蟄居し自粛していたら、新型コロナは終息して普通の風邪みたいになるのだろうか?
まだ、梅雨が開けていないせいか、セミの聲が弱々しく聞こえる。今年は梅雨明けが非常に遅くて、気候の変動が異常だ。
全国で新たに1259人が感染、全国各地でも大幅に感染者が増加している。岩手県でも初の感染者が出た。毎週木曜日はコロナウイルス感染者数が増える日だ。それは土日の休日はPCR検査がされないこと、陽性者数が遅れて発表されるという理由からだ。
今日の世界の感染者数は約1676万人と死者数は約66万人である。前の週と比べると急速な増加数だ。何故、日本の数字だけ「増えた、増えた」と、騒ぐのだろうか?どうせならPCR検査数が増えたと騒げば少しは安心感があるものを……。
アベノマスク8,000枚の追加が一時、見送られるという。バカな政策をまだ続けようというのか、呆れてものが言えない。私は届いたアベノマスクが使い捨てでないから使用しない。安い市販のマスクも十分備えてある。安部首相の“肝いりマスク”だか、“カビいりマスク”だか?何だか知らないが、市民感情が解らないのか?と思うと情けない……。
私の好奇心はいつしか自分の知らない世界、日本の外、海外に向けられるようになった。
私は20代後半、初めて海外旅行に出かけた。
70年代、私は小田実の「何でも見てみよう」や大宅壮一の「世界の裏街道を行く」の世界旅行記を読んだ。それらの書物に触発されてアメリカ旅行に2度チャレンジしている。
小田実は「ベ平連」代表で、評論や小説を書いて活躍した知識人。大宅壮一は「一億総白痴化」の名言で知られた昭和の大社会評論家であり、私の最も好きな知識人である。
最初は約3ケ月間、西海岸のロサンゼルスとサンフランシスコ、サンディエゴへ行った。
ロサンゼルスのリトル東京で、ミスター田中(田中勇蔵)という82歳の痩せた老人に出会った。彼は日系二世でハワイ出身、父親が広島生まれだと言う。
二世の彼は、日本には一度も来たことがない。日本人観光者を見ると、気安く話し掛けて来て小銭を無心する。貧しいから生きていくための手段で仕方がないのだ。浅黒く日焼けたした顔を見ると、性格的な明るさが感じられて、どうやら人は悪くなさそうだ。やはり日本人にはどこか安心感がある。
老人に対して警戒心を持たず、すぐ打ち解けることに長ける私は、彼と親しくなりリトル東京の小さなスナックに私のおごりで飲みに行った。
懐かしい昔の大型ジュークボックスで、双葉百合子の『岸壁の母』を聞きながら、二人でビールを飲んで楽しい時間を過ごした。
『岸壁の母』を聞いて「いいなあ〜、いいなあ〜」と言って、何故か?老人はまだ行ったこともない故郷?広島を空想して涙を浮かべていた。
ロサンゼルスでロス在住の日本人男性と知り合い、彼に誘われてアメリカ人の友達数人が集まる住居でのパーティに招待された。私は好奇心から参加したパーティで、マリファナやハッシッシ、ラッシュなどの性的興奮剤なども初めて経験し、サイケデリックで幻想的な世界、性的なエクスタシーの昂揚感にすっぽりとハマってしまった。
ロサンゼルスのダウンタウンは危険だが、好奇心と金銭的な理由で、田中さんに紹介してもらい下町の安いホテルへ宿泊することにした。そのホテルに滞在しているのは、格闘技のボブ、サップみたいに身体の大きい、見るからに怖そうな黒人ばかりだったから思わず身体が委縮してひるんでしまった。
朝、外出すると、驚いたことに刺殺された白人の老人の死体がホテルの前に転がっていた。人種差別が横行しているアメリカ、ロサンゼルスのダウンタウンでは、珍しくも不思議でもない日常風景なのだ。
帰国後、スポーツ新聞を見ていると偶然、私が泊まったホテルが、ロサンゼルスのダウンタウンで危険なホテルとして紹介してある記事が目に止まった。
私がロスからサンフランシスコへ行く朝、田中さんはグレイハンドのバス停まで見送りに来てくれた。またロスに戻って来るまでしばしの別れだ。
初めてのアメリカ旅行、ロサンゼルスからサンフランシスコへと長距離のグレイハンドバスで向かった。途中、バスが煙を出してエンストした。
誰か乗客の一人が、爆発物が仕掛けられていると、騒ぎ始め出したので、全員が一時下車させられるというハプニングがあったが、車の単なる故障で、何事もなく無事にサンフランシスコに到着することができた。
私はアメリカのサンフランシスコを訪れた時、たまたまゲイパレードを見たことがある。「クルージング」の映画みたいに革ジャンで身を固めたハードゲイの凄い肉体のパワーと、様々なファッションに身を包んだソフトゲイのパレードは、陽気で楽しそうな雰囲気に満ちていた。
『花のサンフランシスコ』というスコット・マッケンジーの歌が、当時、流行っていて、美しい花々が咲き誇るサンフランシスコの坂道の階段を歩いたりして、観光旅行気分で一人のんびりと散策していた。
あれは穏やかに晴れた日だった。公園内のテニスコートでは人々がプレイを楽しみ、公園内の芝生には、幸せそうな若いカップルが寝転んでいる微笑ましい光景が眩しい。若かった私はアメリカの自由な空気に解放されて満ち足りた気分に染まっていた。
コカ・コーラを飲み過ぎてオシッコがしたくなったので、何の警戒心も持たずに公園内のトイレへと向かった。
突然、茂みの中から突風のように男が現れて襲われた。背後から黒人の若い男に羽交い締めにされ、トイレに連れ込まれて「マネー、マネー」と怒鳴られ脅された。抵抗すると殺されると思ったが、身長が2メートル近く強靭な肉体を持つ若い男に首を絞められては息もできず、苦しくてもがくしか手はない。数分後、服を破られ、バックも奪われて、あっという間に逃げられてしまった。
私は悔しくて近くに落ちていたビンを割って手に持って、すぐに追いかけたが、カールルイスみたいに足が速い暴漢は、あっと言う間に姿を消してしまった。私は言わば足が短くて遅い「ちびっ子の子カールくん」だから追いつくはずがない。
首に絞められた時の赤い痣と、トイレのコンクリート壁にぶつけられた時にできた腕の擦り傷以外、大したケガもなかったのが不幸中の幸いだった。背も低くて小さい癖に怒りに任せ恐れもせず、ビンを割って追い掛けるとは、自分には日本男児としての振る舞い、男らしさがあったのか?と自分を見直した。
私は盗まれたバックとお土産品はともかく、何も抵抗できない口惜しさから、近くのポリスオフィスに出向いた。
[ I am going to buy knife ]、護身のためにナイフを買うつもりだと、片言の英語と身振り手振りで、白人の警官に訴えた。
[ Do you want to die ]、お前死にたいのか?と、小馬鹿にされたように白人警官にたしなめられた。確かに下手にナイフなど持っていると、体力差のある強い相手に、力のないチビの私は、すぐにナイフを奪われて逆に殺されてしまっていただろう。
悔しいが、ガンジーのように最大の武器は「無抵抗主義、何もしないことなのだ」と、素直に納得して引き返した。
ロスのダウンタウンでは老人が、牛刀のように大きなナイフで脅されて、金を奪われる場面にも遭遇した。銃社会のアメリカはまるで映画の中のシーンのように四六時中、パトカーのサイレンが鳴り響いている危険なシテイなのだ。
日本人観光客が、お金を持っていることを彼等はよく知っている。パスポートとトラベラーズチェックは、腹巻の中に隠していたので何とか無事だった。
とんだ「想い出のサンフランシスコ」になってしまったのだが、殺されずに現在も生きている幸運から、遠い昔の良き「想い出のサンフランシスコ」と、振り返えられるのだ。
冒険心溢れ、恐れを知らぬ若い時と違って多少怖いような気もするが、できるなら春さんともう一度、ロサンゼルスとサンフランシスコを訪れて見たかった。しかし、春さんの死と新型コロナウイルス感染拡大によって、それも不可能になってしまった。
私は2度アメリカ旅行にチャレンジ、冒険したと言ったが、実はそうではない。
最初のアメリカ旅行で友達もできたことから、1〜2年アメリカに住んで見たいという願望が出て来て、アルバイトをして金を貯めてから2度目のアメリカ行きを計画したのだ。
当時、円安で海外旅行が今みたいに簡単にできる時代ではなかったが、冒険を夢見るバイタリティに充ちた若者がアメリカに渡り、違法だが皿洗いなどの仕事をしながら長期滞在することがあった。
私も若い時にしか、いろんな経験ができないと思い、覚悟して旅立った。しかし、私は重大なミスを犯してしまい、再びアメリカに上陸することができなかった。シアトルの空港で入国審査する時、できるだけ予算を倹約するために片道切符しか購入していかなかった。
「観光旅行で来ているのに何故、片道切符しかないのだ?」と税関検査官に問われた。
アメリカでは不法入国者が絶えないから、私もそう思われてしまったのだ。検査官は英語が話せない私のために通訳を通して、アメリカに入国できるが、その場合には裁判になる。
もし、このまま帰国すればブラックリストには載らないし、再度、アメリカ合衆国に来ることができると強く言われた。仕方なく私はシアトル空港からとんぼ返りさせられたのだ。寝不足で、疲れ果て消沈する私。夢と失望、あきらめがもつれていく。私を乗せた飛行機の窓から見た雲上の美しいオレンジ色の夕景が色濃く心に焼き付いた。思い返せば今もなお、心にUターン飛行して来る。
その後、何度かアメリカ行きを試みたが、いくらビザ申請をしても二度と収得することができなかった。春さんと一緒にアリゾナに行って見たかったのだが、40年前の出来事が尾を引いていて躊躇していたのだ。
6月21日、父の日。そして私の68歳の誕生日だが、自分の年齢が信じられない。ついこの間、還暦を迎えた自分に驚いていたのに……。年を重ねてからの誕生日など一つも嬉しく
ないどころか、誕生日その物を忘れてしまうくらいだ。家族もなく、誰一人として祝ってくれる人もいないという独り者の宿命だ。自分で選んだ以上仕方がないが、後悔などひとつもない。もしこれが仮に100歳の誕生日で、そこまで生き延びることができたなら、少しは喜ぶのかも知れない。
スマホのグーグル(Google)で調べると世界の新型コロナウイルス感染者がついに900万人を突破した。死者数も47万人を超えたが、この数字は単なる通過点に過ぎないだろう。アメリカ、アフリカ、インドと、世界の国々で新型コロナウイルス感染が、拡大増加すればいずれとんでもない数字になるだろう。
車内に搭載してあるテレビを付けると、自粛しているタレントが自宅で楽しく踊る姿が、テレワークで映し出される。どこか楽しそうだが笑えない。春さんを失くした悲しくみを引きずってしまい、上手く笑うことができないのだ。
「笑うことができる動物は人間だけ」だという。笑えない心にいつまでも浸っていては、悲しみから逃れられない。無理に笑うことだ。人間は所詮独り、孤独で死んで逝く。愛する人と共に生きることができなくても、その人の記憶と共に生きて行く……。
「新しい生活様式」の中で一日を生き抜き、いずれ死ぬ覚悟をして自分の明日を見てみよう。
「集中治療を譲る意思カード」があるという。新型コロナウイルスの感染が広がり、ICU集中治療室が重症化した患者で満杯になった時、老人が若者に人工呼吸器を譲っても良いと意思表示するカードだという。
「若いからといって長く生きていいはずはない。年寄りだって長く生きる権利がある」と、テレビで年配の男性芸能人が声を荒上げて怒っていた。
「どうしょうもないバカな若者より、善良で平凡な年寄りの方が生きる権利がある」と、私も考えるので言語道断だと思う。
6月28日、コロナ渦で猫や犬を飼う人が増加しているという。愛しい人の死後、私は慎ましく静かに愛犬クロと共に日々を過ごしていた。ペットが孤独をどれだけ癒してくれるのか計り知れない。
私の30年来の友人で、二人共に同じ年、同郷生まれの91歳になる老人夫婦がいる。お婆さんは大の犬好きで、可愛いトイプードルを飼っていたが、突然、死んでしまった。また同じ種類のトイプードルを飼いたいのだが、もう二人とも高齢で、犬の世話ができないから飼うことができない。
仕方がないので犬のぬいぐるみや「ロボットふわふわトイプードル」を購入した。おはなし大好き!歌って踊れ、声を掛けると返事をしてくれる優れものらしい。でも、やっぱり生きている犬でないと満足できないと、お婆さんが愚痴をこぼす。
犬のロボットに限らず、孤独な人間の相手をしてくれる便利なロボットはある。いずれ、鉄腕アトムやエイトマンが、孤独な老人を助けてくれるのかも知れない?でも年寄りにはドラエもんの方が良いのかも知れない?
お爺さんは兎も角、お婆さんがしょっちゅう転んで顔と頭に怪我をする。90歳過ぎでは致し方ないが、2階のベッドで寝て、夜中にトイレに行く時は、狭い階段を降りて来なければならない。とうとうお婆さんが階段を踏み外して頭と腰を怪我してしまった。
2階で寝るのは危険だからと、大工の春さんと私の二人で1階の部屋の押し入れを改造して、ベッドを作ってあげた。春さんは老父婦に大変喜ばれ、感謝されていた。
春さんが急死したことを私は二人に話せていない。老人夫婦には自分より若くて元気な老人が亡くなったのは辛いから「春さんは元気だ」と今も嘘をついている。コロナ渦で不要不急の外出を控えるという理由で、私は長い間、二人に会っていない……。
一人の老人の「死」は社会的にあまり意味を持たないとしても、私には大きな意味がある。空白を埋められず無常観を感じつつ、故人との数々の交友歴を思い起こす。
枕元に春さんの写真を置き、仏壇にも両親の写真と一緒に飾ってある。両親が死んでから今まで、時々しか線香を上げることはなかった。春さんが死んでからは毎日、線香を上げて、タバコと共に春さんの好きだった物を供えている。両親と恋人との思いは明らかに違う。
夜、階段の方から物音がする。暑いから窓を開けて寝ているから、吹き込む風で物が動く音なのだ。春さんの存在、気配を探るが、当然、誰もいない。寂しいから春さんの霊とでも逢いたいくらい愛しいが、ただ静寂が漂うばかりで切ない気持ちなのだ。
大切な人の突然死は、死を予想して覚悟をする時間がなかっただけに強い悲しみが残る。
春さんを救えなかった後悔に苦しめられ、いつまでも悲しみが消えることがない。
もう一度逢いたい、もう一度春さんの笑顔が見たい、もっと一緒にいたい。そんな思いに駆られ、春さんの霊が目の前に現れて、蘇るのを待つ気持ちはとても切なく涙が零れてくる。
自分の人生の年月、記憶に思いを馳せ、やがて訪れる自身の「死」について、ぼんやりと考えていると、いつの間にか寝入ってしまう。そして朝になり、いつものように腰と身体の節々の痛みと共に目覚めるのだ。
7月2日、都内での新規、新型コロナ感染者は107人を超えた。
「夜の街」新宿、池袋を中心に若者の感染者が急増している。以前、若い年代層は感染率が低いと言って、若者が自由気ままに飛び回っていたはずなのに皮肉な結果だ。増加する無症状の感染者から年寄りに感染し、重症化してしまう恐れがあり、益々、高齢者は外出しなくなるだろう。
ホストクラブやキャバレーなどからの感染者が止まらず、危機感を強めている。一方で、毎日公表され、増え続ける感染者数に踊らされている気もしている。
島国日本、国内だけの感染者数の話題に日々、一喜一憂しているが、この日の世界の新型コロナウイルス感染者数は1076万人余り、死亡者数は51万人を超えている。こんな状況では、ワクチン次第ではあるが東京オリンピックが開催される可能性は低いと思う。
未知のウイルス戦争を世界はどう戦っていくのか?感染元の中国ではコロナ渦が収束し、他国の責任のような素知らぬ顔をしている。アフターコロナ、中国国内では新型コロナウイルスによる家庭内トラブルから離婚が増えているらしい。
ワクチン開発の朗報はまだ聞こえて来ない。開発されてもあくまで外国が優先される。ワクチンの開発を日本は外国に頼らずにどうやって進めて行くのだろうか?仮にワクチンができても後遺症が心配されるし、新型コロナウイルスが変異を遂げて進化すれば、新たなワクチンの開発が必要となるのだ。
7月7日、七夕なのに13才になる愛犬クロが急死して、更に孤独感が増した。七夕は星に願いをすると叶えてくれるはずなのに、私からささやかな幸せを奪い去って行く。みんな手の届かない場所へ逝ってしまうから、やり場のない悲しみに意気阻喪に陥ってしまう。
私がもし、新型コロナウイルスに感染したら、春さんがいないから愛犬の世話をどうしようかと心配したが、もうその必要はなくなった。
ペットは家族同様、年寄りに安心感を与えてくれるのに、ペットロスは寂しくて生きる気力を喪失させてしまう。コロナ渦によってペットを飼えなくなり、捨てる事例がテレビで放映されていた。簡単にペットを購入できても、実際に動物の世話は大変なのだ。
コロナ渦なので仕方なく、庭の片隅に穴を掘って、もう硬直してしまったクロを埋めた。穴の中にクロの好きな魚やビーフ肉のドッグフードとクロが喜ぶ甘いパンを入れて上げた。
クロを飼う前に雑種のぺスというメス犬を飼っていたが、ぺスが蚊に刺されてフィラリアの病気で死んだ。ぺスも13年くらい私を癒やしてくれた。ぺスが死んだ時、かわいそうで涙が溢れ出たから、もう犬を飼うのは止めようと決めた。
しかし、1年後、ホームセンター前で柴犬の可愛い3匹の子犬の里親を探していたのだ。その中の一番小さい黒い柴犬1匹を貰い受けた。それがクロだった。クロも13年間、私を癒し続けてくれた。
人の死も犬の死も突然、失う悲しみの強さは違わない。クロを連れて福島県の伊南川へ探石に行った時に茶黒い立派な立石を見つけた。それを墓石代わりに少し盛り上がった土の上に置いてから線香を上げた。明日からは愛犬と話すこともできない日々が始まる……。
お婆さんの自宅へ電話をかけて近況を尋ねると、春さんが飼っていた小鳥「ひばり」が、お婆さんがエサをあげる時に逃げてしまったと言う。
春さんの平屋の家の裏手に広い森がある。自由になりどこかへ飛んで行ってしまったが、籠の中で飼いならされた「ひばり」は、自然環境の中でエサを上手く捕食して生きていけるのだろうか?
梅雨入りしてから雨の日が続いている。紫陽花は雨で美しく煌めいているが、合歓の木の花は雨に濡れて萎れてしまう。今年の梅雨は大雨が長く続く特徴があり、気分も暗く湿ってしまう。大雨で線状降水帯の影響から熊本県で甚大な被害が出ている。
令和2年7月豪雨と命名された。コロナ&豪雨、新型コロナウイルス感染症と自然災害では堪らない。
「人を支えるには、人しかいない」早急に多くのボランティアが必要なのに、新型コロナウイルス感染拡大を危惧し、県内の人しか受け入れることができない。せっかく集まってくれた県外のボランティアの人々を使えない状況だ。
行方不明児発見で一躍時の人になった「スーパーボランティア」尾畑春夫さんも、熊本に駆けつけたが受け入れられなかった。仕方なく地元の大分県でボランティア活動を行ったという。(尾畑さんは後に環境保全奉仕者として、秋の褒章を受章している)
東京では新型コロナウイルス感染者数が、6日続いて100人を超えている。世界の感染者数は約1162万人で、死者数は53万人を超えて感染拡大が止まらない。
個人と社会との接点をどう見つけ出だせば良いのだろうか?テレワークなどに対応できない高齢者はどう向き合って行けばいいのか?他者への配慮と対話の必要性が求められるのに、そこから離れていく傾向が強い。
今まであまり気にしなかった小さな物音が気になって眠れない。カタッと音がする。風の音か?足音が聞こえて来る。春さんが生前のように二階の部屋に上がって来た気配を感じるが、やはり気のせいかと思い直すと悲しくてやりきれない。
春さんの人生は幸せだったのか?少なくとも私といる間は、私を含めて幸せだったと想う。あっという間の5年間という幸せな時間は短い。私が春さんに言い残したこと、やり残したことは山ほどある。今もまだ「ありがとう」と言えても「さようなら」とは言えない。
家呑みから久しぶりに外飲みに行きたいと思うが、春さんと知り合う以前と同じ、孤独からパートナーを求め、上野や浅草の飲み屋、カラオケスナックを彷徨歩く行動を、繰り返したら、一時は酒の力を借りて楽しい時間を送れるかも知れないが、その後に来る寂しさ惨めさはとても辛い。
新型コロナに掛かってしまっても治ることもあるが「ゲイバーを飲み歩く病気?」は治らないから、ある意味でその病気は新型コロナよりも怖いのかも知れない。春さんと知り合う以前の元の木阿弥になってしまう気がするから今は飲み歩かない。
「夜の街」のキャバクラ、ホストクラブ、ショーパブ、ゲイバーなどが全部閉鎖されてしまったら、欲望のはけ口が無くなり、欲求不満が溜まり、分別なき若い意識が暴走して、暴力的な現象が増えるかも知れない。新型コロナウイルス感染を防ぐため営業自粛した店でも、感染を恐れ、客足が遠のいて潰れたバーも多いという。
東京都と全国の感染者は、依然として増加している。若者の感染増加と共に40〜50代の新型コロナウイルス感染者も増え、第2波の匂いが漂って来る。
アイリスオーヤマから国産の新しいタイプの夏用のマスクが発売されるという。熱中症が心配なので、夏用のマスクの需要が増えてくる。月に1憶5千枚も生産されるそうだから安心して使える。もう中国に頼る必要はなくなるのだ。マスクだけでなく、全て商売、お金に直結する中国に依存し過ぎてはいけないと思う。
日本政府は連日、感染者が増加しているにも関わらず「GoToトラベル事業」によって国内観光を活発にし、経済の立て直しを狙うが、東京都を中心に感染者が急増している。
新たに286人という過去最大の感染者が出ている。最早、500人、1,000人、2,000人と増えるのは時間の問題かも知れない。
7月23日、都内の新型コロナウイルスの感染者が、366人という過去最大の数字をたたき出した。PCR検査数が多くなったとは言え、驚きと警戒感が広がった。世界を見てみれば、感染者数は約1,500万人、死者数は約62万人を超えて増加のペースは加速度を増している。
本来であれば、24日に東京オリンピックの開会式が行なわれる予定だったが、新型コロナウイルスによって中止になった。
その夜、花火業者の連携による「キズナハナビ」が、全国7カ所で打ち上げられた。新型コロナウイルス対策のため打ち上げ場所等は非公表で10分程度だという。
「見上げてごらん 夜の星を」
「小さな星の 小さな光が」
「ささやかな幸せを うたってる」
永六輔:作詞、いずみたく:作曲、坂本九の歌『見上げてごらん 夜の星を』のように、夜空を見上げて美しい花火を見れば、少しは心が癒されるのかも知れない。
「見上げてごらん 夜の星を」
「ボクらのように 名もない星が」
「ささやかな幸せを 祈ってる」
7月30日の木曜日、庭の梅の木にしがみついているアブラゼミの抜け殻を見つけた。アブラゼミの幼虫は土の中で約4年間も過ごすという。アブラゼミのように4年間も家の中で蟄居し自粛していたら、新型コロナは終息して普通の風邪みたいになるのだろうか?
まだ、梅雨が開けていないせいか、セミの聲が弱々しく聞こえる。今年は梅雨明けが非常に遅くて、気候の変動が異常だ。
全国で新たに1259人が感染、全国各地でも大幅に感染者が増加している。岩手県でも初の感染者が出た。毎週木曜日はコロナウイルス感染者数が増える日だ。それは土日の休日はPCR検査がされないこと、陽性者数が遅れて発表されるという理由からだ。
今日の世界の感染者数は約1676万人と死者数は約66万人である。前の週と比べると急速な増加数だ。何故、日本の数字だけ「増えた、増えた」と、騒ぐのだろうか?どうせならPCR検査数が増えたと騒げば少しは安心感があるものを……。
アベノマスク8,000枚の追加が一時、見送られるという。バカな政策をまだ続けようというのか、呆れてものが言えない。私は届いたアベノマスクが使い捨てでないから使用しない。安い市販のマスクも十分備えてある。安部首相の“肝いりマスク”だか、“カビいりマスク”だか?何だか知らないが、市民感情が解らないのか?と思うと情けない……。
26/08/25 17:04更新 / 河志摩 運
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