目 次
■ 血の絆�U(後編) - 第8章 和 解
(1)

藤森嘉一は久しぶりに、旧友に会っていた。東都銀行の鈴木とは、高校から大学にかけて、なにかにつけ、競い合い、助け合った仲だった。
「藤森、おまえ、しばらく見ぬ間にえらく若返ったじゃないか。それに、明るさも増した」
「明るさが増したって、おれの頭のことを言ってるんだろうが」
「ばか、素直に受け止めろよ。なにかいいことがあったのか?」
嘉一は親友に、上原景のことを話そうかと思ったが、思いとどまった。
「しかしおまえだって、相変わらず若々しいじゃないか」
「その先は言わないでいい。どうせまた、あとで落とすんだろうが」
「おれの言葉も素直に受け止めろよ。ところで、千津子さんもそろそろ適齢期だな」
鈴木は嘉一の顔を見て、ニヤリとした。
「ああ――じつは、まだ娘には引き合わせていないが、ある男を婿候補に考えてるんだ」
「そうか。おまえが選ぶんなら、大丈夫だろう」
「ああ、いい男だよ。たまたまある会合で、席が隣り合わせになったのが縁でね。見栄えもいいけど、なによりも性格がいい。とにかく、近頃の若者にしては、めずらしくできた人物だよ」
そこで、鈴木は意味ありげに嘉一を見た。「実は、私らとも縁の深い男なんだ。彼の素性を聞いたとき、あまりの奇遇に、おれはびっくりしたよ」
「なんて名前だ?」
「だれだと思う?」
「もったいぶらずに言えよ」
鈴木はゆっくりと言った。
「――上原景」

嘉一は自分の耳を疑った。ひょっとしたら鈴木は、自分と景の関係をなにかで知って、からかっているのかと思った。
しかし鈴木は、真面目そのものの顔で言った。
「おい、上原って姓を忘れたのか?マドンナだよ。大学のとき、みんなで競い合った上原マリ子だよ」
嘉一はしばらく口が利けなかった。
そんな嘉一の心情にも気づかず、鈴木は話をつづけた。
「最初、その若者を見たとき、どことなく見たような顔だなと思ったんだ。彼に西洋人の血が混じっているのは、明らかだったからね。彼と話をしているうちに、おれの予感はドンピシャリさ。上原マリ子の息子だったんだ。気の毒に、マリ子さんは交通事故で亡くなられたそうだ――」
鈴木は感慨深げに虚空を見た。「おれはそのとき思った、これは天啓だってね。ちょうど娘の結婚相手を探しているときに、おれが想いこがれていた女性の息子に会うなんて」
「それで――相手の方は、その気があるのか?」
「それは分からん、まだ話していないからな。とにかく最高の男だ。おまえも彼に会ったらわかるよ。おれは娘を彼に引き合わせるつもりだ。親の贔屓目かも知らんが、おれの娘だってなかなかのものだぞ」
「ああ、千津子さんなら申し分のない女性だ」

嘉一は友人に真実を打ち明けるべきか、迷っていた。そこで彼は、ひねった質問をした。
「その若者の身上調査はしたのか?」
「おまえらしい質問だな」
鈴木は笑った。「調査はまだしていない。しかし、彼と話した限りでは、その心配はないな。育ちと性格のよさが、にじみ出ている男だ。もっとも、彼はあるベンチャー企業に勤めていて、生活の将来性は不安定だけどな」
「鈴木、あの――その男が庶子だったらどうする?」
「庶子?私生児のことか?」
鈴木がけげんな顔をした。
「ああ――」
嘉一はあいまいにうなずいた。
「おまえ、なんでそんなことを聞くんだ?」と鈴木。
嘉一は腹を決めた。景が鈴木の娘と結婚できれば、願ってもないことだった。
「じつは――上原景は、おれの息子なんだ」
鈴木は、声も出ないほど驚いたようすだった。彼はまじまじと嘉一の顔を見た。
「おい、冗談言うなよ」
そこで、嘉一の真面目な表情に気づいて「と言うことは、おまえとマリ子さんは――」
「ああ、事情があって、彼女とは結婚できなかった。しかし、上原景がおれの息子であることは間違いない。いまも、ときどき景と会っているんだ」
「なんだか複雑な心境だな。自分の娘の婿にしようとしている若者が、じつは親友の隠し子だったなんて。それに、おまえ――ずるいぞ。おれに抜け駆けして、マリ子さんをモノにするなんて」
「人聞きの悪いことを言うなよ。おれとマリ子は愛し合っていたんだ」
「だったらなぜ、彼女と結婚しなかったんだ?」
「――」
嘉一は言葉に詰まった。「その話題は勘弁してくれ。とにかくお前の話には、おれも賛成だ。こんど景に会ったら、お前の話をしてみるよ」

――◇――

景は坂本千秋に惹かれていたが、最近、その思いはますます強くなっていた。と同時に、ふたりの仲がちっとも進展しないことに、苛立ちを覚えていた。千秋はウイットとユーモア精神に溢れているが、いつも意識的に景と距離を置いているようで、この年配者の本心が掴めないのだ。
景は河合老人とベッドを共にしたとき、寝物語に老人と千秋がときどき男色行為をしていると聞いていた。だから千秋が、男色に興味があるのは分かっていた。それでも、景のほうから誘うことはためらわれた。

この日曜日も彼らは、景の会社のテニスコートで汗を流したあと、筑波駅の近くにある喫茶店で、別れる前のひとときを過ごしていた。
「千秋さん、何歳になるんでしたっけ?」
「なんだ、唐突に。年寄りに歳を聞くもんじゃないぞ」
「56歳でしょう。再婚は考えていないの?」
「よけいなお世話だ。もう、女なんかいらん」
「だって、奥さんがいないと、なにかと不便でしょう」
「不便なことは何もない。現状で充分満足してるよ」
「――お父さんがいるからですか?」
景の意味ありげな質問に、千秋はにやりとした。
「その言葉はそっくりきみに返してあげるよ。義父と昵懇なのは、きみの方だからな。あっと、私もきみに訊きたかったんだ。きみは29歳にもなるのに、結婚しないのか?」
年配者の思わぬ反撃に、景は一瞬、詰まった。
「ぼくが結婚――まだ相手がいないよ」
「きみは女性が嫌いなのか?」
「嫌いってことじゃないけど、そのう、あまり興味が湧かないというか――」
「じゃあ、男のほうが好きなんだな?それも、私のような年配者が」

「ちょっと待ってください!」
ずけずけと言う千秋のペースに陥るまい、と景は手を挙げて年配者を制した。
「もうちょっとスローテンポな会話にしましょうよ。――ええっと、ぼくが男好きかって話でしたね?その点は否定しません。父親のいなかったぼくは、小さい時から年配の男性にあこがれていました。だから、千秋さんのような年配の男の人を前にすると、心のざわめきというか、何か特別のものを感じるんです」
千秋はまじまじと景の顔を見た。
「つまりきみは、ひょっとして――私に求愛してるのか?」
千秋の揶揄するような声の調子に、景は努めて冷静に答えた。
「誤解しないでください。ぼくは技術者だから、客観的に自分の心情を分析してみたまでです。そりゃあ、千秋さんがぼくに抱かれたいと言うんなら、抱いてやってもいいけど」
千秋がわざとらしく笑った。
「ハハハ、面白い――面白いことを言うじゃないか」
そこで景をにらみつけた。「生憎私は父と違って、そんな尻軽な人間じゃないんだ」

(またやってしまった――)
千秋は言ったあと、すぐ後悔した。いつもこんな調子だった。テニスをやっているときの一体感は申し分なかった。問題は、愛情に関わる微妙な話題におよぶと、ふたりともぎこちなく、素直でなくなるのだ。それまでの軽妙なやりとりが、急に回りくどく、ときとして意地の悪い表現になる。
お互いに、求め合っているのは分かっていた。しかし千秋は、もう一歩が踏み出せなかった。景の若々しい健康的な肉体は、夢に出てくるほど魅力的だった。その肉体と一体になれたら――そう思うだけで、鳥肌の立つほどの興奮を覚えた。
しかし、年配者の分別と恐れが障壁になっていた。
景のような立派な青年は、女性と結婚して、子供を持ち、幸せな家庭を築くべきだと思っていた。かつては自分もそう望んだが、子供に恵まれず、女房にも先立たれた。
そして恐れのほうは――川に落ちた景の手当をしたとき、黒々とした茂みに横たわる長大な性器を見てからだ。5年近くも前のでき事だが、今もって生々しく目の前にちらついてくる。
一度だけ、65歳の男性を受け入れたことがあるが、そのときの興奮した男の性器と比較しても、彼の記憶にある景のものは、とても人間の一部とは思えないほどだった。なにしろあの義父でさえ、景を受け入れるのに相当苦しんだようだ。
そんなもろもろの思いがあって、千秋はもう一歩が踏み出せないでいた。
[18/05/14 07:15 閑名三爺]
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