目 次
血の絆U(後編) - (4)
(4)

次の月曜日、藤森嘉一から景あてに、資金融資を承諾するむねの電話があった。
景は天にも昇る思いで、父の電話の件を望月社長に伝えた。
「でも、どうして?きみは藤森商事の社長と、どんな関係があるんだね?」
望月はまだ半信半疑だった。景は仕方なく、自分の身の上を話した。
「事情があって、私は藤森家の籍には入っていませんが――藤森嘉一は私の父親です」
景の言葉に、望月と岩佐は愕然とした。
「きみが藤森社長の息子さん――と言うことは、藤森宗春会長のお孫さん?」
望月の問いかけに、景は黙ってうなずいた。
望月と岩佐は顔を見合わせた。念を押すように、岩佐が景にむかって、慎重に言った。
「じゃあ、私らは、あの有名な藤森財閥の御曹司を、社員として使っているのかね」
「副社長、そんな言い方をしないでください。それに、ぼくは藤森家の人間じゃない、と言ったでしょう」
「だけどきみが、藤森社長のご子息だというのは、事実だろう?」
「事実ですけど、藤森家とは関係ないことです。とにかくこのことは、おふたりだけの秘密にしてください。他の人にプライバシーを探られたくないから――」
景は他人事のように、淡々と言った。

岩佐が社長室から出て行ったあと、望月社長とふたりきりになって、景は微妙な緊張感を覚えていた。父から資金援助の話を聞いて、あまりの嬉しさに社長室に駆け込んだが、いったん冷静さを取り戻すと、どうしてもあの夜のことが思い出される。
鎌倉に行ったあの夜――父の屋敷からホテルに戻ったあと、景はまっすぐ望月の部屋に行った。社長は先に寝ないで、景を待っていた。風呂上がりの体にホテルの浴衣を着て、彼は景に缶ビールを勧めた。
景は父に会いに行ったことを伝えなかったが、望月も景がどこに行ったかを詮索しなかった。ただ二人並んでベッドの縁に腰かけ、言葉少なにビールを飲んでいた。黙っていても心が通い合う気がした。
その夜、寝る段になっても、景は同じ部屋にいた。望月をひとりきりにすると、また自殺という思いに駆られるかも知れない。それが不安だった。
もう大丈夫だから、と社長は景を自室に引き上げさせようとした。
しかし景は、頑固に居残った。そのうち望月は、ベッドの上で身体をずらせて、景のためにスペースを空けてくれた。
景は望月社長と同じベッドで寝た。年配者の匂いと温もりを感じながら、胸をときめかせていた。望月のほうも意識しているのは同様だった。
しかし何事もなく、いつしかふたりは眠りについていた。
それでも景は、その夜のことが忘れられなかった。腕に感じる年配者の柔らかい感触。暖かい息吹。それを思うだけで息苦しくなる――。

「――あの夜、藤森社長に会いに行ったのかい」
望月社長の問いかけに、景はふと我に返った。
「ええ――でもあの夜は、父から色良い返事をもらえませんでした」
「何がきみのお父さんに、決心させたのだろう?」
景は肩をすくめた。
「さあ――分かりません」
「私は思うんだが――おそらく、肉親の愛情じゃないかなあ」
そこで社長は照れくさそうに頭を掻いた。「私には子供がいないけど――あの夜、きみと同じベッドで寝て、きみの温もりを感じたとき――ああ、これが親子の温もりだな、と思ったんだ」
ちょっと違うけど――と思ったが、景は素直にうなずいた。
「ええ、ぼくも同じように感じました――社長の体の温もりは、愛の温もりだって」

――◇――

テクノ21は、藤森嘉一の個人融資による16億円の資金援助を受けて、再建への道を歩みだした。藤森嘉一は出資者として、テクノ21の非常勤取締役に就任したが、会社経営には一言も口を挟まなかった。
最後のチャンスにかける望月社長の思いが通じたのか、全従業員は必死になって働いた。その成果はすぐに出てきた。売り上げは着実に伸びたし、一方では新しいディスプレーの試作品もすべての試験をクリアし、いよいよ工場ラインに乗せる段階になっていた。
そんなとき驚いたことに、新製品の生産に必要な設備投資の資金融資を、三友銀行から申し入れてきた。
すべては藤森会長による口利きのおかげだった。不祥事をおこして信用を失った中で、金策に駆けずり回ろうとしていた望月社長たちにとって、願ってもない話だった。
さっそく望月社長は、三友銀行本店に参上した。岩佐副社長と上原景が同行した。

歴史のにじみ出るような高い天井の応接室に通されたとき、景は祖父のもつ権力の大きさを痛感した。
「なんだか、明治時代にでも、タイムスリップしたような気分ですね」
景は軽口をたたいた。望月と岩佐は緊張して、硬い表情をしていた。
「おふたりとも、糊の効きすぎた浴衣のような顔をしていますよ」
景がふたりをからかった。
そのとき藤森宗春が、部屋に入ってきた。
「浴衣が何だって?」
「あ、会長――」
望月と岩佐が、バネ仕掛けの人形のように立ち上がった。それにつられて、景も腰を上げた。
「このたびは、融資の件、まことにありがとうございます」
望月が深々と頭を下げた。
「まあ、座りなさい。それに融資の件は、条件を聞いてから礼を言った方がいい」
宗春はそう言うと、景のほうをチラリと見た。
ソファーに座ると、望月は恐る恐る尋ねた。
「あのう、会長――条件と申しますと、どんなことでしょうか?」
「なに、特別のことは考えていない。三友商事の藤森社長は、そちらの取締役になったそうだな。うちも融資するからには、役員を派遣する」
「――」
望月たちは沈黙した。

藤森会長が訊いた。
「不服なのかね?」
「いえ、とんでもございません。そのお話は了解いたしました。三友商事の藤森社長にはこちらからお願いして、取締役になっていただいたのですから」
望月は、藤森家と上原景の関係を、あえて話題に出さなかった。事前に、景に強く言われていたからだ。
「あのう――」
景が口をはさんだ。「銀行から人を派遣するんなら、お飾りではなく、実務能力のある人をお願いします」
望月がたしなめた。
「きみっ、黙っていろ」
「まあいい。きみもずけずけと言う男だな」
鷹揚に望月を制して、会長は景の方を向いた。「それで、具体的にはどんな人間が欲しいんだね?」
景は答える前に、望月のほうを見た。望月がわずかにうなずくのを見て、彼は言った。
「今うちに必要なのは、会計や法務に明るい人です」
「ふむ、そうか。まあ、考えとこう。いずれにしろ、融資するからには銀行側にも、そちらの人事、資本政策、経営戦略に深く関与する権利がある。この前のような不祥事は、二度とごめんだからな」
望月と岩佐は、会長の言葉を神妙な顔で聞いていた。

その横で、景がおずおずと口を開いた。
「あのう――ついでに、意見を言っていいですか?」
「なんだ?言いたいことがあるのなら、はっきりと言えばいい」
「銀行があまり関与しすぎると、現場の声が弱くなると思うんですが」
藤森会長は、にべもなく言った。
「それは仕方のないことだろう」
「それでいいんでしょうか?勤労意欲や開発意欲が薄れる危険性があるんですよ」
「そうならないようにするのが、社長の役割だろうが」と会長。
それを聞いて、望月が力強くうなずいた。
「もちろんです。それは私の責任ですから」
藤森会長は、望月の顔をじろりと見た。
「それから、もちろん分かってると思うが、業績が伸びなければ、トップは交代するんだろうね?」
望月がたじろいだ。
「も、もちろんです」
「それから、もうひとつ条件がある」
「まだあるんですか?」
思わず言ってしまって、望月はあわてた。「いえ、なんでしょうか?」
藤森会長は、ニコリともせずに言った。
「この若い人を借りたい。晩飯をつきあってもらいたいんだ」
[18/05/12 06:07 閑名三爺]
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