目 次
■ 血の絆(後編) - (2)
(2)

電話の呼び出し音が三回鳴ると、男は電話をとって、ひとこと言った。
「タツだ」
電話の向こうで、ドスのきいた中年男の声がした。
「蓼科の別荘だ。スケと車で出かけた。スキー板を積んでな」
「別荘の住所が欲しい」
「ああ、すぐ調べる。応援は何人いるんだ?」
「おれひとりでいい」
タツは電話を切ると、支度に取りかかった。

スキーが好きだと言うだけあって、蓉子はうまかった。
目の前で、カラフルなスキーウェアーを着た体が、妖精のように右に左にと舞う。見事に調和された筋肉の動きが、彼女の描くなめらかな軌跡にうかがえる。
一郎は彼女の後ろについて、山腹の斜面を滑っていた。ひさしぶりのスキーは爽快だった。一面の銀世界に、太陽のあたたかい日差し。ほほを撫でる風が心地良かった。
ふたりは別荘に着いた早々、その足でスキー場に出向いた。へとへとになるまで滑りつづけ、別荘に戻ったときには、すでにあたりは暗くなっていた。
別荘の管理人はふたりのために、熱い風呂とバーベキュー料理を用意してくれていた。
ふたりは風呂からあがると、薪の赤々と燃える暖炉のまえで夕食をとった。
ワインで乾杯をし、この日のために特別に取り寄せた特上の神戸牛を、厚い鉄板の上で焼いた。蓉子は旺盛な食欲をみせて、出された料理をきれいにたいらげた。

食事のあと、ふたりはなかよくソファーに並んで、とりとめのない会話をした。
一郎はそっと腕を伸ばして、蓉子の肩を抱いた。彼女は、最初のうち緊張していたが、話すうちにすっかりリラックスして、一郎に体を預けるようになった。
「今日の滑りぐあいを見ていると、きみがお華やお茶をやっている姿は、とても想像できないな」
「あらっ、それって、私が跳ねっ返りって聞こえるけど――」
「もちろんそのつもりで言ったんだよ。――痛っ!」
蓉子が一郎のももをつねり、彼はおおげさに悲鳴をあげた。
「しかし、きみのおじいさんが言ってたのは、本当だな。おてんば娘って――」
ふたたび蓉子が腿をつねった。
「そんなオイタをしてると、お仕置しちゃうぞ」
一郎は彼女の体を引き寄せると、頬にそっと口づけをした。
蓉子が驚いたように、一郎の顔を見た。
ふたりはしばらくお互いの目を見つめあっていた。それからごく自然に、一郎は蓉子の唇に自分の唇を重ねた。彼女は息をつめ、じっとしていた。

一郎は激しい欲望をおぼえていた。腕に伝わってくる弾む感触に、全身の血がざわざわと渦巻き、逆流してくる。すぐにでも、腕の中で息づく、温かい肉体とひとつになりたかった。一郎は衝動的に言った。
「きみが好きだ。ぼくと結婚してくれ――」
「でも私、まだ大学に行ってるのよ」
「学生が結婚しちゃあいけないっていう法律はないよ。ぼくと結婚してほしい」
蓉子は彼の腕のなかで顔をうつむけていたが、そっとうなずいた。
それを見て、一郎は幸福感でいっぱいになった。彼はふたたび唇を重ねた。彼女がかすかに唇をひらき、彼を受け入れた。
ふたりはぴったりと体を寄り添わせて、夢中で口づけをした。
やがて、いよいよ興奮が募ると、一郎は蓉子の肩を抱いたまま立ち上がらせて、興奮にかすれた声でささやいた。
「さあ、こちらにおいで」

ふたりはベッドの脇で、生まれたままの姿でお互いを見つめあっていた。
一郎が服を脱がしてやるときも、彼女は従順にその場に立っていた。彼女はすばらしい肉体をしていた。ふくよかな丸みをおびた乳房と平たい腹、ほっそりと締まったウエストから豊満な曲線を描くヒップライン、彼女の肌は純白のクリームのように、つややかに輝いていた。
一郎は彼女に近づき、そっと抱きしめた。彼女はかすかに震えていた。ふたりは立ったまま、肌を密着させ、おたがいの温もりを感じとっていた。一郎の手が、なめらかな曲線をたどりだすと、彼女が小さくあえぎ、体を押しつけてきた。
いよいよ期が熟すると、一郎は蓉子の体を抱き上げ、ベッドの上にそっとおろした。彼女は潤っていた。
一郎がひとつになろうとしたとき、彼女の体が震えだし、しがみついてきた。
「大丈夫だよ――大丈夫。さあ、体の力をぬいて――」
一郎はなだめるように言いながら、あてがい、位置を確かめた。
「あっ!ああっ――あっ――」
硬く隆起したものが、処女のふくらみを割って押し入ると、彼女はあごをのけぞらせて、苦しそうにあえいだ。
一郎のほうはそれどころではなかった。熱く滑らかなものに包まれた途端、息の止まるような快感に、われを忘れた。衝動的に蓉子の肩をおさえ、深々と突き入れた。湿った肉の襞にぴっちりと押し包まれ、彼はうめき声をあげた。
結合部を通じて、蓉子のはちきれそうな若い息吹が伝わってくる。熱い激流が、うねるように次から次へと襲ってきた。
「ううっ――蓉子――好きだ、好きだよ!」
一郎は腰をうねらせ、またたくまに昇りつめた。甘美な凝縮した一瞬の間があり、激しく迸らせた。それから安らかな肉体におおいかぶさっていった。

若林博見は、脇机の前で、ぼんやりと本を読んでいた。開かれたページは、先ほどからちっとも進んでいない。
神戸に来てはやくも3カ月が過ぎていたが、彼の受けた心の傷はまだ完全には直っていなかった。ときどきあの国会議員に強姦されたときのことが、ふいに蘇ってくるのだ。
たいがいは眠っているときだった。
夢の中で梶岡が、いやらしい薄笑いを浮かべ、股間のものを勃起させて彼に迫ってくる。脚をむりやり広げられ、男の太った体が彼の体を押しつぶし、その顔は白痴のようによだれを垂らして――そこで目が覚めるのだ。
深夜に目を覚まして、そのまま嫌悪感に震えながら眠れないことがあった。夢から覚めるとき、悲鳴をあげることもあった。ときどき伊藤が、心配そうに様子を見に来た。
博見は一郎のことを忘れようと、何度も自分に言い聞かせた。彼にはグループ企業の統率という大きな使命がある。それに比べ、自分は一介の記者だ。しかも、醜い国会議員に汚された、男娼同然の中年男だ。
思いがけずも一郎に助け出されたときは、恥ずかしさで死んでしまいたいほどだった。
しかし、忘れようとしても、一郎の顔が浮かんでしまう。
心の底からほのぼのとする笑顔。ウイットの利いた会話。優しさの中に、ときおりハッとさせる厳しさを見せる横顔。それらを思い浮かべ、彼の心は千々に乱れた。そのやるせなさに彼は泣いた。
一郎の年配の友人――伊藤は、やさしくて思いやりがあった。年配者は、博見と一郎の関係を知っていたが、そのことに触れない良識があった。あえて楽しい話題や、ユーモアのある会話で、博見をなぐさめようとした。
伊藤の優しさに、博見は自分の心が少しずつ、この年配者に傾いていくのに気づいていた。それは一郎を忘れるために、歓迎すべきことかも知れなかった。

タツは車に乗って、目的の別荘を観察していた。
その別荘は広大な敷地内にあったが、塀がなかったので、建物の様子はよく見えた。
若い男と女は、まだスキーから戻っていないようだ。庭の一角では、管理人らしい60年配の男が、ナタをふるって薪を割っている。飼犬はいない。特に問題はなさそうだった。
タツは危険を犯したくなかったが、情報が欲しかった。彼は車から下りると、ぶらぶらと老人のほうに歩み寄った。老人が気づいて、手を休めて彼のほうを見た。
「やあ、精が出ますね」
タツは老人に声をかけた。よく日焼けして、しわの多い顔が、警戒するようにこちらを見上げた。タツは人懐っこく笑いかけると、老人に訊いた。
「友人の別荘に来たんですが、迷ってしまって――」
彼はここにくる途中、目にした標識の所番地と、架空の人物の名前を言った。
老人は少し考えていたが、分からないと言い、管理事務所の場所を教えてくれた。
「そこに行けば、すぐ分かるはずですよ」
「ありがとう。――おひとりじゃ大変ですね」
老人は、はじめて歯を見せた。
「いつもここに住んでいるわけじゃないですよ。お客さまが来られたときだけです」
「それは楽しみですね。ところで、この別荘地からスキーに行くとしたら、皆さんはどのスキー場に行ってるんですか?」
老人はそのスキー場を教えた。必要な情報を確かめたタツは、老人に別れを告げて車に戻った。彼はその夜、最寄りの町までもどって、旅館に泊まった。
[18/01/31 07:53 閑名三爺]
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