■ 血の絆(後編) - (3)
(3)
根本とは、数え切れないほど交合してきたにもかかわらず、加代はいつも嫌悪感をぬぐい切れなかった。ただパトロンに対する義務感だけで体を与えつづけていた。
その晩の根本は、様子が違っていた。いつもは、すぐ彼女の股座に突っ込んでくるのに、今日はどこか醒めた顔つきで、ウィスキーを飲んでいた。
「あまりその気にならないみたいね」
佳代が揶揄するように言うと、根本がほくそ笑んだ。
「あの老いぼれのサツとやったときは、どうだった。はめさせたんだろう?」
加代が怒って言った。
「あんたが命令したんじゃないの。あの男に近づけって」
「あのサツ、よほど良かったようだな。だいぶ、ご執心のようじゃないか」
「あなた、なに言ってるの!」
「ふん、まあいい。それで、もうひとりの老いぼれは、うまくいってるのか?」
加代は、根本がフジモリの依田常務のことを言っているのに気づいた。
「全く連絡なしよ。それに、お店にも来ないわ」
根本は、その答えを予期していたようだった。彼は脇のテーブルの上から、小さな銀色の平たい容器を取った。そして蓋を開けた。中には白い粉が入っている。彼は指先を舐めて湿らすと、指に粉末をたっぷりとまぶしつけた。それから、加代をベッドの上で組み敷いて、いやらしく笑った。
「さて、お祭りの時間だ」
ふいに、2本の指が彼女の体内に突っ込まれた。
とたん、彼女の局部は焼けつくような快感に燃え上がった。男の指がピストン運動を始めた。加代は男の手の下で身悶えし、悲鳴を上げた。
「お前とは、よく飽きもせずやりまくったもんだな。今夜は、一生忘れられない思い出をつくってやる」
根本は加代の足を大きく開かせ、一直線に突き入れてきた。彼女は息を詰まらせた。男の目は狂喜じみて、ぎらぎらと輝いていた。体中が感覚のかたまりになったようだった。激しく打ち込んでくる男の動きに、彼女はむせび泣き、もだえた。
あとは、何もかも分からなくなった。ただ覚えているのは、大きなうねりとともに、激しく痙攣を繰り返したことだった。
根本が離れたあとも、彼女の内部は熱く燃え上がっていた。ぐったりとしてベッドに横たわる彼女の耳に、根本の声が聞こえてきた。
「いいか、明日、石川に電話をかけて、お前の部屋に呼ぶんだ。息子のことで分かったことがある、夜の12時に来いとな」
女から電話があったとき、石川尚は、何かあったのを感じた。女の声には、明らかに緊張したものがあった。
夜のタクシーをつかまえ、女のアパートに向かっているとき、ふとこの前の情事を思い浮かべた。すっかり縁が切れたと思っていた女体との交接。彼は腰回りが疼いてくるのを覚えた。
女のアパートに行き、チャイムを押した。誰も出てこなかった。ドアを確かめると、鍵はかかっていなかった。
尚はちょっとためらい、それから部屋の中に入った。誰もいなかった。
その時、後頭部に衝撃を感じ、前のめりに倒れた。床のカーペットが目の前に迫ってきて、すぐ暗闇にのみこまれた。
石川尚は、両腕を背後で固定され、体をくの字に曲げて横たわっていた。丸くふくらんだ腹が微かに起伏し、彼が少なくとも生きているのがわかる。
部屋の中は薄暗かった。壁の一面にある窓には厚いカーテンが引かれ、ベッドの脇にあるふたつのスタンドが、ぼんやりと黄色の光を投げかけている。
薄闇にふたりの男が立っていた。ひとりは小柄な白髪の老人だった。ゆるんだ目蓋のすき間から、色素の薄い茶色の目が、床に横たわる石川を無表情に見下ろしていた。
その横にいる男は、背の高い立派な体格をしていた。年は30歳くらい、黒のランニングシャツと、下半身にピッチリと貼りついた黒のスラックスを身につけていた。
石川尚がくぐもった呻き声を上げ、ようやく意識を取り戻した。彼は自分の状況に気づいた。上着と靴が脱がされていた。両手は背後に回され、粘着テープで固定されている。
老人が近づいた。尚はそばに立つ男を見上げたが、その目は焦点が定まらなかった。ようやく老人を認め、唇が震えだした。暴力団組織、岩井組の会長に気づいたのだ。
岩井は、床に横たわる男を見下ろしながら考えていた。このサツから聞き出すためには、少々痛い思いをさせ、屈辱を味あわせる必要がある。
老人は振り返って、若い男にあごをしゃくった。
「タツ、仕事だ」
若い男は唇をひんまげ、その端正な顔が期待に打ち震えた。目が病的に輝いていた。
タツは筋肉質の腕を伸ばすと、石川の肉づきのよい体を軽がると引き起こし、背もたれのある頑丈な木の椅子のところに引きずっていった。
生け贄を椅子に持たせかけると、男は張りのある声で話しかけた。
「心配するな。お前の知ってることを話せば、なにも痛い思いをすることはない」
石川は、タツと呼ばれる男に本能的な恐怖を覚えた。長身で凄味のある美男子。藤森司郎を陵辱して殺した、男の人相と符合する。彼は押し黙って、頭を垂れた。
男は左手の掌を、尚のあごに添えた。
「かわいらしい唇をしてるな。しゃぶらせたら具合が良さそうじゃないか」
男は自分のズボンの前に右手を添え、意味ありげに動かした。
尚は目を閉じた。
途端、男は石川の横面を張りとばした。大きな手形がその頬についた。
彼はニヤリとして、後ろ手に縛られた生け贄を、もう一度叩いた。
尚は叫んだ。
「この卑怯もの!お前達の目的は何だ!」
タツはにんまりとほくそえんだ。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃない。お前はどこまで調べた?それを話すんだ」
タツは、石川のズボンのベルトに指を差し入れ、前に引くと、鋭く拳を突き出した。無防備な股間に岩のような拳がめりこんだ。
突然襲った激痛に、尚は体をくの字に折り、悶絶した。
男はゆうゆうと石川の体を引き起こし、シャツの襟元に指をかけて、一気に引き裂いた。それから相手のベルトを緩め、腰を浮かさせてズボンを剥ぎとった。
尚は、黒い靴下以外、一糸まとわぬ姿にさせられた。茂みの中で丸く縮まった性器を見て、タツはニヤリとした。
彼は本格的に、石川の体に攻撃を加えだした。人の体を痛めつけるコツを心得ていた。大きな苦痛を与えながら、決して致命的な打撃は与えなかった。
まさかりのような平手が、石川の全身に、断続的にさくれつした。白い肌がみるみる赤らみ、赤や紫のあざになっていく。
尚は歯を食いしばって、悲鳴を押し殺した。
男は攻撃の的を急所に移した。今度は決定的だった。尚は息も絶え絶えに悲鳴を上げ、男の攻撃から逃れようと身をよじらせた。
岩井は、苦痛にのたうつ男の体がよく見える位置に移り、冷静に見物していた。
拷問される男の白くふくよかな裸が、痛々しい朱色に染まり、肉を打つ鈍い音がいやでも耳に入ってくる。打撃を加えられた性器が腫れ、見る間に青ずんでいく。
見物する老人の上品な顔がゆがんだ。彼は心地よい興奮を覚えていた。
拷問は30分ほどつづいた。石川の顔は、今や見るかげもなく膨れ上がっていた。腫れた目蓋の隙間から、苦痛の涙が流れ出て、顔をくしゃくしゃに濡らしている。
「言うものか――いくらなぐっても言わないぞ――」
石川はうわ言のように繰り返し、恥も外聞もなくすすり泣いていた。あれほどしぶとく追求してきた男が、今や鎧をかなぐり捨てて泣いているのだ。
これ以上苦痛を与えても、何の効果もないのを男は知っていた。その目は興奮で異様なほどぎらぎらと輝き、サディストのそれだった。
「話す気になったか?ポリ公」
「――」
石川が答えないのを見て、男は再び手をあげた。
「そのへんで止めとけ。ビデオを見せてやれ」
老人が言った。
男はニヤリとして、石川を椅子ごと抱え上げると、壁ぎわにあるテレビの前に運んだ。
画面が明滅し、ビデオが始まった。裸の若者がベッドの上で横たわっていた。
尚は、がく然とした。息子の聡だった。画面の横からタコ入道のようなスキンヘッドの男が現れた。素っ裸だった。隆々と盛り上がった胸にも、がっしりした太腿のつけ根にも、体毛がまったくなかった。
そして、股間にぶらさがる男の性器は、醜怪な形状をしていた。
「やめろ!ああっ、やめるんだ!」
尚は叫んだ。
「どうした、滅多に見られないしろものだぞ」
タツが彼の耳元でほくそ笑んだ。
画面では、あろうことか、息子が男の性器を口に含んで、顔をゆらし始めた。巨大な男根が、ますます膨らみ、硬直しだした。
尚は思わず目を閉じた。
「畜生、やめるんだ――」
彼は搾り出すように叫んだ。
「お前のひとり息子が好きなことをやってるんだ。じっくりと見てやれよ」
タツは石川のあごに手を沿え、引き上げた。
カメラは、巨大な性器が肛門にねじこまれるのをクローズアップで捉え、それから聡の顔を映し出した。息子の表情はどこか変だった。苦しげな表情をしていたが、目がうつろでどんよりと曇っている。
(麻薬だ!)
尚は悟った。アメリカで、麻薬に侵された息子を探し当てたときのことを思い出した。息子の表情は、そのときの顔つきにそっくりだった。
画面では、男が聡を引き寄せて、体を前後に揺らしていた。腰の動きがしだいに速くなり、その体が震え始めた。
尚は目を閉じた。彼の顔に、無念の涙がいく筋も流れ落ちた。
タツは、石川の膨れ上がった頬を平手でぴたぴたとたたきながら、いかにも親密そうに話しかけた。
「よしよし、泣くんじゃない。どうだ、すこしは話す気になったか」
尚はわめいた。
「畜生、誰が言うものか!死んでも言わないぞ!」
タツはにんまりと笑った。
「そうかい、そのほうが俺も楽しみがいがあるってもんだ。お前の息子は、なかなか締まりが良かったぜ。ウタマロに広げられる前に、おれもたっぷりと味わってやった」
尚は涙のにじんだ目で、男をにらみつけた。
「この変態野郎!お前を殺してやる――絶対に殺してやる」
「それは楽しみだ」
ふいに、タツが石川の頬をひっぱたいた。それから彼の首を両手で絞めた。
「だったら化けておれを殺しに来い。いま気持ちよく、あの世に行かせてやるぜ」
男の指に力がこめられた。尚は両腕が自由にならず、顔を左右に揺らせてもがいた。意識が遠のきかけたとき、岩井の鋭い声が聞こえた。
「タツ!そのへんでやめとけ!」
石川尚は裸のまま、ベッドの上でうずくまっていた。部屋の照明は消されていた。
男に締められた喉が、焼けるように痛んだ。両手首は後ろ手にテープで固定されていたが、足は自由だった。
彼はベッドから起き上がろうとして、突然襲った局部の痛みにギクリとした。息子の惨状を思いだし、岩井やタツに対する激しい怒りが燃え上がった。アドレナリンがかけ巡り、体の痛みが薄らいだ。
彼は全身の痛みをこらえて、ベッドから抜けでた。
闇の中で、椅子をみつけた。後ろ向きで手首を固定するテープの隙間に、背もたれの突起をねじ込むようにして、体重をかけた。激痛にうめき声をあげた。彼は聡のことを思い浮かべ、痛みを忘れようとした。
(石にかじりついても、ここから抜け出してやる。聡を助け出すんだ)
彼はしゃにむに体重をかけ、手首を動かした。気が遠くなるような時間がすぎ、手首がようやく自由になった。
そのとき、ドアの鍵をあける音、ついで部屋が明るくなった。
タツがドアのわきに立っていた。その横には、プロレスラーのような体格をした禿頭の男がいた。尚はすぐに気づいた。ビデオで聡を陵辱していた男だ。
「おやおや、さすがポリ公だ。どうやら、ここから抜け出すつもりらしいな」
タツが薄笑いを浮かべて言った。
「畜生!息子をどこにやった!」
激しい怒りにかられて、石川は男たちのほうに突進した。禿頭が、いとも簡単に片腕で彼をなぎ払った。
「会長のお許しがでた。こんどこそ気持ちよくいかせてやるぜ」
タツがほくそえんだ。
禿頭が、白痴のようなニタニタ笑いを浮かべて近寄り、もがく石川を軽がると抱えあげると、ベッドの上に放り投げた。
タツが薄笑いを浮かべた。
「さあウタマロ、たっぷりと可愛がってやろうぜ。親父と息子、どっちの具合がいいか試すんだ」
抵抗もむなしく、石川尚は強大な力によってねじ伏せられ、なすすべもなくもてあそばれた。男たちは下卑た笑いを浮かべて、ふたりがかりで生け贄の身体を犯しつづけた。
背後を陵辱されながら首を締められたとき、尚は無念の涙を流した。
目の前が暗転し、遠のく意識のなかで、息子の名前を呼ぼうとした。しかしそれは、くぐもった音にしかならなかった。