目 次
血の絆(後編) - (2)
(2)

根本が言った仕事は、加代を当惑させた。
「そのうち石川という年寄りが、お前に接近してくる。退職したデカだ。そのデカは行方不明の息子を探している。おれたちのことを色々と聞いてくるかも知れん。お前は少し知っているが、恐くて話せないという演技をしろ。そして、できるだけデカから情報を聞き出せ」
加代は不安になってきた。
「あなた、その人の息子をどうしたの?」
「よけいな頭はつかうな。お前の使うのは、口と股倉に隠してるものだ」
言ったあと、根本はほくそ笑んだ。

3日後に石川が店にやってきた。警察官だったとは思えないほど、温和な顔つきをしていた。メガネの奥から純朴そうな小さな目が、彼女をまぶしそうに見ている。下目蓋がゆるんで、相当疲労が重なっているようだ。
男は加代とふたりきりになると、ポケットから写真を出して彼女に見せた。若い男の写真だった。目の前の男をそのまま若くしたような、ふっくらとして可愛らしい顔だった。
男は事情を説明して、写真の男を見かけたことがないかと訊いた。
演技の難しいところだった。加代は質問に直接答えず、おびえたようにまわりをうかがった。そして、ささやくような小さな声で言った――今夜12時にアパートに来て、と。

「それで、あなたは息子を知っているんですか?」
深夜、女の部屋にいて、石川は落ち着かないようすだった。
加代は相手を安心させるように微笑んだ。
「お座りになりません?なにか飲物をもってきますわ」
加代はキッチンでウィスキーの水割りをつくると、根本の使っている媚薬を少量注いだ。事前に根本に教えられたことを、頭の中で反芻した。と同時に、リビングにいる男をだますことに、後ろめたさを感じていた。
男は優しい目をして、いかにも実直そうだった。それに、行方不明の息子のことを心配しているのが、ありありとうかがえた。

彼女がキッチンから戻ると、石川は待ち兼ねたように質問した。
「息子を見たんですね?」
「いえ、直接見たことはありません。ただ――」
加代は思いだすように、言葉を選びながら話した。「ちょっと気になる話を、聞いたものですから――」
石川が膝を乗り出した。
「なんでもかまいません。ご存じのことを、私に話してください」
「ええ、私――あの、お世話になっている人がいますの。その人は――あの」
石川が断定して言った。
「根本ですね」
加代はどぎまぎしたように、グラスに口をつけた。
「あの、あなたもお飲みになりません?そのほうが、私も話しやすくなりますから」
彼女は、石川がグラスを干すのを見ながら、話をつづけた。「私がお世話になっている人を、ご存じなのですね。その人がお仲間の人と話しているのを聞いたんです――例の坊やはしばらく預かっておけって。私、何のことか分からなかったんですが、人質とか、いざとなればタマを取るとか、ぶっそうな言葉を聞いたものですから――」
「それで、彼らは、どこに息子を監禁していると話していました?」
監禁という言葉に、加代はびくりと体を震わせた。
「それは聞いていません。でも――こんなことをあなたに話したことが、あの人に知れたら――」
彼女は両腕を寒そうにさすった。
石川が力づけるように、念を押した。
「でも、あなたは根本と、10年来のつきあいなんでしょう?」

加代は立ち上がると、窓際にいき、暗い外を見ながら小声で言った。
「あなたは――ご存じないのよ。私が、どれほどあの男を恐れているかを」
石川が彼女のそばに来た。
「ママ、私はそんなつもりで言ったんじゃあ――」
加代は振り返ると、ふいに石川の体にしがみついた。
「私、こわくて――ひとりでいると、いつひどい目に遭わされるかと――」
彼女は男の胸に顔をうずめ、肩を震わせた。
女にしがみつかれて石川は、体を固くした。しなやかな肉体の感触は、妻が死んで以来のことだった。なぜか身体が火照ってきた。彼は女を慰めるように、その背中をやさしく撫でてやった。
「お願い――私を抱いて――このままでは眠れなくて」
加代は男のズボンの前に、そっと手をすべらせた。
「あっ、なにを!やめなさい――」
石川は体を強ばらせて抗議したが、体を離そうとはしなかった。
ここまでくれば、加代の思惑通りだった。
彼女は布越しに、男の形状をまさぐりつづけた。60歳とはいえ、健康的な肉体が反応しだした。その反応に、加代は新鮮な喜びをおぼえた。まるで春の大地から、むくむくと頭をもたげたフキの塔のような――。

加代は演技ぬきで、体が燃えていた。石川はずんぐりむっくりしていたが、固太りの健康的な肉体だった。
加代は石川におおいかぶさり、太めの体を撫でた。ふっくらとした見た目に反して、頑健で滑らかな肌触りだった。股間では、ずんぐりした性器が頭をもたげていた。
加代は勃起したオトコをそっとつかむと、口に含んだ。頭部を舌でぐるりと舐め、ついで舌の上を滑らせながら喉奥へと呑み込んだ。
「ああっ――」
石川があえぎ、ずんぐりした体が震えた。彼女は滑らかな舌触りを楽しむように、時間をかけて男に奉仕した。
つぎは石川の奉仕する番だった。彼は技巧をつかわずに、彼女の背中から腰、尻へとやさしく手を這わせた。
加代は、男の愛撫に、新鮮な性の悦びを感じた。この男には、他の男たちのような病的で陰湿なところがない。生まれたままの健康的な素朴さがあった。
彼女の体の中から湧き起こってくる震えは、急速に全身に拡がった。そして、男の指がそこに達したとき、彼女は脚を開いた。
男はゆっくりと入ってきた。とてもなめらかで、とてもしっくりいった。
彼女は快感のうめき声をあげた。固太りの体が律動的に動きだし、彼女はみるみる高みに昇っていった。最後の瞬間、彼女は男の太い腰を引き寄せ、下から突き上げた。心地よいオルガスムが始まった。
男が最後に一突きし、うめき声をもらした。
彼女は男の腕の中でじっと横たわり、震えがゆっくりと遠のいていくのを感じていた。短いセックスだったが、彼女はひさしぶりに充実した満足感を覚えていた。

――◇――

荒川高志は雑居房に入れられた。同じ部屋には3人の囚人がいた。彼らは、胡散臭そうに高志を見たが、黙っていた。彼らには、新入りの高志をどうこうしようという気配はなさそうだった。
次の日から、高志はできるだけ目立たないように注意しながら、広域暴力団、岩井組の会長への接近のチャンスをうかがった。しかし、そのチャンスはなかなか巡ってこなかった。岩井は特別房にいたのだ。
そこで高志は一計を案じた。彼は顔見知りになった囚人たちといるとき、会話の中でさりげなく、ある情報を流しだした。
「大きな声では言えないけど、藤森財閥の人間たちが殺された事件な、あれは裏である組織が動いたらしいぜ。おれは、確かな筋から聞いたんだ」
刑務所の中にはある種の規律があった。それも、誰かが統率している訳でもなさそうだ。そして、犯罪者でも一種の格付けがなされていた。殺人者は恐れられ、婦女暴行をした者は軽蔑されていた。
驚いたことに、正義の裁きが下されることもあった。犠牲者は平岩だった。高志が刑務所に入るとき一緒にいた中年男で、彼は自慢げに女を犯したときの模様を、囚人たちに話していた。
入所して1週間後、平岩は数人の囚人たちに襲われた。高志が目撃したのは、クリーニング作業所の片隅に、去勢された豚のように横たわる平岩の姿だった。ズボンがずり下げられ、傷ついた尻の狭間が赤く血に染まっていた。

ある日、体格のいい男が接近してきて、一緒に来いと言ったとき、高志は心の中でほくそえんだ。ついに大物が、餌にかかったのだ。
高志は期待と不安に、身震いがした。
特別房の入り口には、中年の看守が立っていた。高志が入所したとき、身体検査をした男だった。その看守が黙って鉄格子を開け、高志と使いの男はそのまま奥に進んだ。一番奥の独房に、岩井がいた。
椅子に座った岩井会長、その両脇には三人の屈強な体格の男たちが立っていた。
高志が老人の前に立つと、男のひとりが彼の脇をすりぬけ、扉のところにいる案内人に加わった。背後をふたりにふさがれ、逆に高志は腹が据わった。
間近に見る老人は、整った上品な顔をしていた。この老人が裏世界の権力者だとはとても思えない、穏やかな容貌をしている。
しかし、冷たい光をおびた目と目尻の小じわが、これまでこの老人が潜り抜けてきた、数々の修羅場を物語っていた。

老人は品定めをするように、しばらく高志の顔を見つめていた。それからおもむろに口を開いた。
「お前は、藤森家のことを、ずいぶん知っているようだな」
意外なほど、もの柔らかな声だった。高志は老人の質問にすぐには返事をせず、黙っていた。それを、緊張して口もきけないと思ったのか、老人はやさしくつづけた。
「心配しなくていい。べつにわしは、お前をどうこうしようとは思っていない。お前の情報源、それに、お前が知っていることを聞きたいだけだ」
高志は、逆に老人に質問した。
「あんたはなんで、藤森のことに興味があるんです?」
老人の顔が一瞬、驚いたような表情になり、その目が細められた。
「聞いているのは、わしのほうだ。聞かれたことだけを話せ」
「わかった。ある雑誌記者に聞いたんだ。藤森家の一連の死亡事件は、仕組まれたものだって。裏で、そのう――」
高志は、申し訳なさそうに老人の顔を上目使いで見た。「つまり、あんたの組が糸を引いているんじゃないかと――」
老人は無表情にたずねた。
「わしは塀の中にいるんだぞ。どうして、わしの組が動いたと思ったんだ?」
「それは知りません。その記者は、調べている最中だと――」
話を遮るように、老人が訊いた。
「その記者の名前は?」
高志はとまどった振りをした。
「名前だけは勘弁してください。友だちなんだ」
それから彼は、老人の表情に注意しながら、言い足した。「小さい体をした、さえない中年男ですよ」
ほんの一瞬だが、老人の顔がゆるんだ。それで充分だった。この老人は知っている――若林博見のことを。名前を追求してこないのも、その理由の一つだ。
「その記者とお前はどういう関係なんだ?」と老人が聞いた。
「単なる友達ですよ。この数ヶ月、彼には会っていません」
老人は急に、高志に対する興味を失ったようだ。彼は最後通告するように言った。
「お前が、何をたくらんで、藤森家とうちの関係を言いふらしているか知らんが、口には気をつけることだ。口は災いのもとと言うだろうが」
それから老人は、男たちに向かって命令した。「ちょっとお仕置きしてやれ」

老人の言葉を待ちかねていたかのように、男たちの動きは素早かった。背後の男たちが、高志の両腕をがっちりと押さえ込み、前の男が詰め寄ってきた。
高志は腕をつかまれたまま、前の男の股間を狙って、足を振り上げた。男が身をよじって、攻撃を太ももで受けとめた。
「このやろう!」
男はうめき声をあげ、高志の腹をなぐりつけた。息が詰まって、体をくの字に折り曲げた。すぐに体が引き起こされ、ふたたび男のこぶしが胃にめりこんだ。
男たちは、ふたりがかりで殴りはじめた。彼らは顔を殴るのだけは避けていた。
高志がぐったりすると、彼の体をベッドの縁に押しつけ、ズボンを引きずりおろした。
高志はもうろうとした意識のなかで、男たちが何をやろうとしているかに気づいた。しかし、彼にはどうしようもなかった。足をむりやり広げられ、べとつくオイルを塗られ、ついで尻の狭間に激痛がおそった。
そのあとは、苦痛と屈辱の連続だった。男たちは交互に、高志のうしろを侵しだした。
その間、老人は身じろぎもせずに、男たちの蛮行を見つめていた。
延々とも思える責め苦がすみ、高志はやっと開放された。
別れ際に老人が言った。
「わしは1週間後にここを出る。いいか、これからは口に気をつけることだ。お前が騒ぎ立てると、うちのものがお前に何をしでかすか、それはわしにも責任がもてん」

足を引き摺りながら特別房から出るとき、中年の看守が興味深そうにこちらを見ていた。高志は、その看守がズボンの前をふくらませているのに気づいた。男の目は、これまで何度も同じことが繰り返されてきたのを見たように、熱っぽく輝いていた。
[18/01/28 06:15 閑名三爺]
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