目 次
血の絆(中編) - (2)
(2)

高志は若林博見に会って、即座に彼を思い出した。藤森伸郎の葬式のとき受付けをやっていて、話しかけられた記者だ。
「あなたでしたか。まさか一郎くんの知り合いだとは、思ってもみませんでした」
その言葉に、博見はどぎまぎした。
「ええ、一郎さんとは神戸で知り合いました」
「一郎くんは浮かない顔をしていたけど――何かあったのですか?」
「ああ――彼には申し訳ないことを――私のほうの理由で、彼とは会っていません」
「ふうん。まあ、私が頭を突っ込む問題でもないけど――ところで、今日来た本題に入ります」
「ええ、一郎さんに聞きました。でも、あの記事の担当だった東さんは、もう会社にいないんです」
「いない?会社を辞めたの?」
「ええ、まだ停年でもないんですけど。田舎に引っ込んで、のんびりと野菜でも作りたいと言って」
そこで博見は、雑誌を高志に渡した。「これ、当時の記事がのっている号のものです。なにかの参考になればと――」
高志は、礼を言って雑誌を受け取った。表紙をめくると、目次のところに『横浜フジランドの疑惑――開発の裏でなにが』とあった。
「あの――」
博見が話しかけた。「一郎さんの叔父さんの殺人事件と、なにか関係があることなんですか?」
高志はあいまいに肩をすくめた。記者に話して、よけいな詮索をされたくなかった。
博見は納得がいかない顔をしていたが、静かに言った。
「その記事を書いた東さんは、社におられたとき、私がお世話になった方です。じつは、こんどの日曜日に、東さんの自宅にお伺いしようと思っているのです」
高志は驚いて、博見の顔を見た。
「あなたはまさか、この記事のために、会いに行くのですか?」
博見はほほえんだ。
「私だって、好奇心旺盛な記者のはしくれです。もうちょっと詳しく、当時のことを調べてみたいんです」
高志は、やれやれというように、肩をすくめた。
「じゃあ、ぼくも同行させてください。どっちみち、ひまなんだから」
「いいですよ。では、藤森司郎の殺人事件、それに、なぜ6年前にもなる横浜フジランドの開発のことを調べるのか、私に話してください。これは、交換条件ですよ」
博見は、まっすぐ高志の顔を見ながら言った。

次の日曜日、高志は博見と連れたって、東の住む宇都宮郊外にある家を訪れた。
東は50代後半の、よく日焼けして頑固そうな顔をした男で、彼らが訪ねたとき、畑で野菜の手入れをしていた。
東は博見を見て、なつかしそうな顔をした。そして、訊かれるままに、当時のことを思い出しながら話してくれた。

フジモリ系列の横浜フジランドが、レジャーランドの拡張計画をたてて隣接地の買収を始めた当初から、岩井組の影が見え隠れしていた。地上げを担当したのは、岩井組の息のかかった業者だったからだ。
やがて開発が実行に移される段階で、地元住民が騒ぎ出した。その反対運動は、一部のマスコミでも取り上げられていた。
そのころ、匿名の投書が警察や市役所、新聞社などにあった。内容は、反対派潰しに、暴力団が動いているというものだった。その段階で、東は実体調査に乗り出した。
そこで開発者側のひどいやりかたを知った。得体の知れない連中が、反対派のおもだった人間に、脅迫の電話をしたり、家族に無気味な伝言を残したり、あらゆる嫌がらせをつづけていたのだ。
また、聞き込み調査が進むに連れ、意外な人物が浮上した。とかく黒い噂のある、国会議員の梶岡がからんでいるようだ。彼が反対派の中心人物である市会議員にアプローチして、仲裁を買って出たというのだ。
結局、反対運動は自然消滅的になくなり、横浜フジランドはわずかの賠償金で、当初の目的どおりの開発を進めることができた。反対派の市会議員の銀行口座には、2千万円の預金が増えて――。

東の話がおわると、博見が訊いた。
「岩井組と横浜フジランドは、裏で手を組んでいたわけですね。国会議員の梶岡も仲間に入れて」
東はのんびりと言った。
「横浜フジランドは、あまり関係していないだろう。当時の社長だった新井にそんな度胸はない。おそらく藤森伸郎――あの飛行機事故で死んだ男だ、彼と岩井組会長の直接取引だろう。岩井組のダミー会社が、東京のある土地を地上げするとき、彼らが受けた銀行融資の債務保証をやったのもフジモリだ」
「でも、伸郎氏と岩井組は険悪な仲だったという、うわさも聞きましたが」
高志が言うと、東が即座に答えた。
「ああ、あれね。原因は、その債務保証をした土地の焦げつきだよ。4年ほど前、景気が急落して、地上げした土地が、思い通りの値段で売れなくなった。そのとき、藤森伸郎が強硬に、土地の処分を迫った。結局、その土地は融資銀行に安く買い叩かれ、フジモリも50億円ほど肩代わりをして損をした。まあ、それ以来、藤森伸郎と岩井会長の仲は悪くなったということだな」
博見が聞いた。
「梶岡のほうは、どうなんです?」
「ヒロちゃんも、覚えてるだろう、不正献金疑惑を。あれは結局、うやむやになってしまったが、明らかにフジモリグループから梶岡への闇献金があったんだよ」
「と言うことは、梶岡も藤森伸郎、岩井会長にからんでいると」
東はあっさりと言った。
「ああ、彼らは同じ穴のムジナだよ」

次の日、若林博見は会社から、当時の反対派の中心人物だった元市会議員に、取材のための電話をかけた。元議員はしつこく博見の名前、勤務先、電話番号を訊いたが、博見が梶岡のことで会いたいと言うと、唐突に電話を切った。
博見にとって、それだけで充分だった。国会議員の梶岡が関係していたのは確実だ。すぐ荒川高志に電話をしたが、彼は不在だった。
その夜、博見のアパートに男が3人たずねてきた。男たちは、宅配便という、ありふれた手をつかった。しかし、まったく無警戒だった博見には、効果十分だった。
彼がドアを開けたとたん、男たちが部屋になだれこんできた。博見は悲鳴を上げる間もなかった。ハンカチが顔に押し当てられ、薬品の匂いがしたと思ったら、彼の意識は遠のいていた。

一郎は会社の自室でパソコンを使って、5、6年前の経理資料を調べだした。目的のものはすぐに見つかった。土地取引きの手数料の支払先に、石川から送られたリストに載っている会社がふたつあった。一郎はその部分をプリントアウトした。そのあと彼は、なにげなく最近のデータを目で追っていて、KT興産という文字を見つけ、ハッとした。石川の言っていた会社名だ。
彼はKT興産との取り引きデータを調べだした。フジモリがその会社に70億円も融資していた。しかしその担保となるものは、どこにもなかった。
一郎は部屋をでると、経理部長の工藤に接近した。彼は工藤に、フジモリの財務体質を知りたいので、教えてくれないかと言った。そのときいかにも、祖父の藤森社長の指示だというふうに、匂わせた。
工藤は、藤森財閥の御曹司の申し出に、いささか緊張しつつも、進んで協力してくれた。彼はずんぐりむっくりした体を忙しく動かして、キャビネットとテーブル間を往復し、最近の資料を持ってきた。
一郎は工藤の説明を受けながら、問題のページが開かれるのを待った。資料が融資欄にさしかかると、彼はさりげなくKT興産と書かれた部分の質問をした。
工藤はちょっと困った表情をしたが、それはフジモリがKT興産に70億融資した件で、内容は担当重役の依田常務しか知らないと言う。
一郎が、経理部長でも知らないことがあるのかと訊くと、工藤は顔一面に汗をにじませて、極秘事項の内容は、私も知らないことがあります、と言い訳をした。

一郎は、会社から持ち帰ったコピーを、伊藤英之に見せていた。
会社勤めをやめた伊藤は、神戸から上京して、しばらく一郎のマンションで寝泊まりしていた。
爺やの北沢は、突然の闖入者に、露骨に嫌な顔をした。それでも伊藤が、北沢の大好物のカステラを土産に渡すと、多少は機嫌を直したようだ。
伊藤は書類を見終ると、冷静に言った。
「前のぶんは、委託契約にもとづく支払いやが、その契約書がないと内容は分からん。おかしいのは、この最近のKT興産にたいする融資やね。70億円も融資して、担保が何もあらへん。これはあきらかに不正融資になるんやないか」
「その件は、経理部長も知りませんでした。知っているのは、依田という経理担当常務だけらしい」
「ふむ、長年、会社勤めをした勘で、なんや匂うな。これがその常務だけが関係してんのか、それともほかの経営陣も知ってんのか。私利私欲なのか脅迫なのか。いずれにしろ、なんや犯罪絡みの匂いがするな」
一郎は、黙って伊藤の顔を見た。それからおもむろに、石川尚や荒川高志から聞いた話をしだした。

伊藤は、一郎の話を聞きおわると、心配そうに言った。
「一郎くん、それが事実なら、きみも危険な立場にいるんやで。だって、考えてもみなさい。きみの兄さん、叔父さんと相次いで死にはった。それにお父さんの死やて――」
一郎はびっくりした。
「まさか――だってあれは、ほかにも大勢の犠牲者が出たでしょう。あれは事故ですよ。伊藤さん、考え過ぎですよ」
「まあ、たしかに考えすぎかもしれん。でも最近は、信じられへんことも起こるからね。まったくありえんことでもない。ところで一郎くん、ヒロさんは元気かね?」
伊藤には、若林博見と付き合っていることを、正直に話していた。本来なら嫉妬するところだが、さすが伊藤は大人だった。彼は穏やかに、その事実を受け止めていた。
しかし一郎は、伊藤の問いかけに答えようがなかった。博見はこの数ヶ月間、一郎を避けているようなのだ。これといって理由はなかった。カメラマンの山端と縁りを戻したのか、それともほかにいい人ができたのか。一郎は鬱々とした気持ちだった。
翌日、一郎は若林博見の携帯に電話をしたが、繋がらなかった。
[18/01/24 13:07 閑名三爺]
前のページへ
次のページへ