■ 血の絆(中編) - 第6章 誘 拐
(1)
荒川高志は、藤森司郎の葬儀の後、遺族につきあって火葬場まで来ていた。
藤森常務の死因はあきらかにされていないが、警察官からの事情聴取でおおよその見当はついていた。おそらく通りすがりの男と意気投合して、ホテルにしけこみ、挙げ句のはては金をとられて、絞め殺されたのだろう。
彼は遺体の焼却を待つ遺族たちを見ながら、藤森司郎との短いつきあいを思い浮かべていた。
そのとき、遺族の中でこちらを見ている、藤森一郎に気づいた。彼はなにか、高志に話しかけたいようすだった。高志はすでに一郎から聞いていた。一郎が高志の父親に会ったときの模様、そして高志の出生にまつわる疑惑。
一郎からその話を聞いたあと、高志はすぐに実家を訪ね、父親を詰問した。老いた父はついに真実を述べた、高志が藤森伸郎の庶子だということを。
告白を聞いたあと、高志は育ての親に言った。「このことは聞かなかったことにしておきましょう。藤森伸郎が死んでしまった以上、ぼくが彼の子供だったとしても、もう繋がりのあるものはなにもない」と。
藤森一郎は相次いで3人もの肉親を失って、見ていて気の毒なほど憔悴していた。そんな彼の様子に、高志は同情を覚えた。彼の腹違いの弟――そのことは秘密にしていたが――に対して、なにか助けになることはないか、そんなことを考えていた。
そのとき、携帯電話が鳴った。警察の石川からだった。
「石川さん?どうしました?」
「ああ、できるだけ早くきみにあって、話がしたいんだ」
「よほど大事なことのようですね」
「じつは、このまえのバッジが、どこのものか分かったんだ。ちょっと気になることなんだ。それに今回の殺人事件についても、きみの意見を聞きたい」
「分かりました。藤森一郎くんも一緒にいいですか?彼のお兄さんと叔父さんのことですから」
「例のバッジは、KT興産という会社のものだった。そのKT興産というのは、根本組という暴力団の隠蓑になっている不動産会社なんだ。また、根本組のバックには、広域暴力団の岩井組がひかえている。組長の根本は、岩井会長の右腕と言われている男だ」
荒川高志と藤森一郎は、藤沢にある石川の自宅にきていた。キッチンでは石川の息子が、いそいそとしてコーヒーをいれている。
「なんで私が、こんなことを重要だと思っているかというと、じつは何年か前、藤森伸郎氏が岩井組に脅迫されている、という情報が警察にあったんだ」
そう言って、石川は一郎のほうを見た。一郎は知らないというように、首を傾げた。
石川は話をつづけた。
「その当時、フジモリグループの横浜フジランドが開発するレジャーランドにからんで、いろいろときな臭いうわさがあってね。裏で岩井組が暗躍しているというんだ。その件はある月刊誌も独自の調査をして、掲載していたよ。それに関係して、フジモリと岩井組の間でなんらかのトラブルがあったんじゃないか、と警察ではにらんでいたんだ」
一郎が石川に質問した。
「あの――石川さんは、ぼくの父が脅迫されていた、とおっしゃいましたね。父自身はどんな説明をしたのですか?」
「伸郎氏は、そんな事実はない、と断言したそうだ。そう言われる以上、警察としては手の打ちようもなかった」
横から荒川高志が言った。
「でも焼け跡に、岩井組に関係する会社のバッジが落ちていたとすると、なにか匂うな」
「ああ、確かにね。それに、藤森司郎氏の殺人事件も不自然だ」
石川の言葉に、一郎が身を乗り出してきいた。
「叔父が殺されたときの様子は、どんなだったのですか?警察のかたは、詳しいことを何も教えてくれなかった」
石川は気の毒そうに、一郎の顔を見た。
「じつは、私が検死に立会ったんだ。現役最後の仕事でね。私は来月、停年で退職するんだ。それはともかく、藤森司郎氏は、いかがわしいラブホテルで絞殺されていた。全裸でベッドに倒れていたのを、ホテルの従業員が発見した。ほかには、空の財布が床に投げ捨てられていたのが見つかった」
彼は、言いにくそうに言った。「そのう――司郎氏は肛門性交された痕跡があった」
思わず一郎は年配警官の顔を見たが、黙っていた。
ややあって、石川が咳払いして言った。
「今日、うちの刑事課の人間に聞いたんだが、ホテルのフロントは、客の様子をよく覚えていたそうだ。被害者は、30歳くらいの男性と一緒にチェックインした。最近は、男同士の客も珍しくないそうだが、フロントの従業員が覚えていたのは、連れの男が凄味のある男前だったからだ。
身長180センチほど、髪はクルーカットで、上下揃いの濃紺のスーツ、淡い青のシャツに幅広のネクタイ。まるで、男性ファッション誌のモデルのようだったそうだ。
それから、ふたりがどこで知り合ったかも、特定できた。捜査官たちは、近くのその種の店をかたっぱしから聞き込み調査をした結果、一軒の店のバーテンダーが、被害者が殺された夜に、その店に来ていたことを認めた。
一緒にいた若い男のほうの人相風体も、ホテルの従業員の言ったことと一致した。バーテンがいうに、被害者はこれまでもちょくちょく店に来ていたが、若いほうの男はその夜が初めての客だった。しかもふたりは当夜、初めて知り合ったようすだったらしい」
石川が話しおわると、部屋の中に重苦しい沈黙が流れた。
荒川高志は憔悴した顔の一郎を見ながら、しばらく考え込んでいたが、おもむろに石川に訊いた。
「藤森社長が亡くなられたあと、藤森家の人間が相次いで死にましたが、岩井組との一件に関係があるのでしょうか?」
石川は腕組みをとくと、考えながら言った。
「わからん。私は鑑識課の人間だ。捜査に直接関わっていないんでね。それに、来月は停年だし、私がこれから調査を続けるわけにはいかない」
「でも、なぜ石川さんは、わざわざ私に電話をかけて、こんな話をしたのです?」
石川は、食卓のところでおとなしく3人のやりとりを聞いている、息子のほうをチラリと見た。
「麻薬と同性愛がからむと、どうしてもじっとしておれなくなるんだ。息子の受けた苦痛が思い出されてね。それに、あなたにはアメリカで大変お世話になった。そのあなたが関係している藤森家のことだからね」
一郎は、アメリカでのおおよその内容は高志に聞いていたので、黙っていた。
高志が石川にきいた。
「退職後はどうされるのですか?そのう――警察の捜査を手伝うのですか?」
「退職後は、警察の仕事は続けられない。でも、あなたに頼まれれば、個人的に調査をつづけてもいい――」
「おねがいします」
横から唐突に、一郎が言った。「あのう、私立探偵として――報酬は、ぼくが出します」
石川と高志が驚いて、一郎を見た。
一郎はあわてて謝った。
「すみません、ぶしつけなことを言いました。でもぼくは、兄や叔父が陰謀で殺されたのであれば、その事実を明らかにしたい」
「どうやら、石川さんには、にわか探偵をやってもらう以外になさそうですね」
高志が笑いながら言った。「さしあたっては、何から調べるかですね。殺人事件の背後に、岩井組がからんでいるとの前提で、進めるしかないな。岩井組会長の岩井というのはどんな人物なんです?」
高志の質問に、石川がすらすらと答えた。
「75歳の小柄な老人だ。いかにも好々爺然とした男でね。ちょっと見には、とても広域暴力団の頭領とは思えない。彼は現在、巣鴨の刑務所にいるよ」
高志が驚いて言った。
「刑務所に?じゃあ、今回の事件は、無関係じゃないですか」
「それはなんとも言えん。刑務所から命令を出すこともできるし、うがった見方をすれば、ぎゃくにアリバイ工作のため刑務所に入ったとも言えるだろう」
一郎が横から聞いた。
「岩井はどんな罪で捕まったのです?」
「不法搾取だ。土地取り引きにからんで損害をこうむったといって、部下に命じてある資産家を拉致し、五億円ほど奪い取った。実刑1年、執行猶予3年の判決がおりた。本人が罪をすべて認めたので、判決は早かった。あと数カ月もすればシャバに出てくる」
「岩井の右腕とかいう根本は?」
「暴力団担当の署員に聞いたところでは、50年配、背の低いがっしりした体格の男で、女遊びが好きらしい。げんに、銀座に高級クラブを経営していて、2号に店のママをやらせている。若い頃は無鉄砲で、かなりの暴れ者だったそうだ」
「石川さん、岩井組のことを、かなり調べられていますね?」
高志の言葉に、石川は照れたように顔を赤らめた。
「退職まであと1カ月あるから、岩井組の動きについて、もっと担当者から情報を仕入れてみるよ。ところで、荒川さん。あなたのほうは、横浜フジランドの開発の件で、フジモリと岩井組の関係を、何か調べられませんか?どうも、ことの発端はそのへんにあるように思うんだが」
高志は考え込んだ。それから言った。
「会社内部から、そのことを調べるのは無理です。ぼくは系列会社とはいえ、関係のないテレビ局に勤めていますからね。それに、もし岩井組となんらかの取り引きをしていたとしても、きっと会社の上層部の、一部の人間だけが関係しているでしょう。そんな人たちから聞き出すなんて、ぼくはそんな地位にいませんからね」
横から一郎が言った。
「あのう――それはぼくが調べてみます」
「きみが?まあ、きみは社長のお孫さんだから、重役たちも頭が上がらないだろうけど。でも、彼らが素直に話すかなあ。おそらく緘口令がしかれていると思うよ。それに、前社長だけでなく今の社長――きみのお祖父さんも当時は会長だったから、当然知っていて話さないと考えたほうがいい」
「――じゃあ、どんな調べかたをしたらいいんです?」
そのとき、隅っこで黙って聞いていた聡が、初めて口をきいた。
「あのう――当時の経理帳簿を調べられたら、何か分かるかもしれません――もっとも、岩井組の名前がそのまま出てくるとは思えませんけど――彼らの関係する会社のリストがあればその線で調べられると思います」
ほかの3人は驚いた。まさか自閉症の聡が、彼らの話を理解しているとは、思ってもいなかったからだ。
一郎がにっこり笑って、うなずいた。
「経理帳簿なら調べられるよ。ダミー会社のリストがあればね――」
「リストのことなら、私がなんとかできそうだ」
石川が言った。
そこで、心配そうに高志が言った。
「一郎くん、気をつけるんだ。いくら社内とはいえ、これは危険な調査だよ。もしも岩井組が実際に関係していて、もしもきみがそのことを調査していると知れたら――きみも狙われるかも知れないんだぞ」
一郎が微笑んだ。
「もしもが続きますね。慎重に調べますから大丈夫ですよ」
高志はまだ心配そうに一郎のほうを見ていたが、石川に振り返って尋ねた。
「ところで、ある月刊誌が独自の調査をした、と言われていましたね。なんという月刊誌ですか?」
「ええっと、たしか経済に関係があったな。とにかく財界関係のお固い記事が多くて、あまり私には縁がないんで――」
「世界経済?」
一郎がポツリと言った。
「ああ、そうだ、世界経済。間違いない。一郎くんは知っているのかい?」
「ええ、ヒロやんが――」
そこで一郎は、言い直して「知ってる記者がそこに勤めていますから」
答える一郎の顔は曇っていた。
彼の表情を見て、何かあるなと思いながら、高志が言った。
「当時の記事を書いた担当記者には、ぼくが会って、話を聞いてみよう。一郎くん、きみの知っている記者に、連絡してくれないか?その人を通じて、担当記者にアポをとりたいんだ」
荒川の問いかけに、一郎は微妙な顔をしてうなずいた。