目 次
ファンタジー(第5部) - (3)
(3)

ふたりは洞窟の外に飛び出した。
「ユーミン、きみは右手の岩陰に隠れろ!ぼくは左に行く」
ウータンは叫ぶと、左側のひらけた空地に走り出した。
ふたりは左右にわかれて走った。ウータンは走りながら、洞窟のほうをチラリと見た。
巨大なドラゴンの姿が現れた。全身、固いウロコでおおわれて、身の毛のよだつような形相をしていた。
ガァーオゥッ!
ドラゴンは天に向かって、威嚇するように吠えた。
そのとき、ユーミンが小さく悲鳴をあげた。そちらを見ると、ユーミンが石につまずいて倒れるところだった。
ドラゴンが前に進み出て、ユーミンのほうを見た。
ウータンはゾッとした。今、炎を吐き出されれば、ユーミンはアッという間に火だるまになってしまう。
彼は引き返しながら、ドラゴンに向かって叫んだ。
「おい、こっちだ!おまえの相手はぼくだ!」
ドラゴンは、ウータンを無視して上体を反らせ、息を吸いこんだ。炎を吐く前兆だ。しかもユーミンのほうをまっすぐに見ている。

ユーミンは倒れたまま、死を予感した。右足のくるぶしをくじいて立ちあがれなかった。そのうえ障壁となる岩は、ずっと先にあった。
見あげる前で、ドラゴンの口が大きく開いた。
ユーミンは目をつぶった。

そのとき地響きがして、ユーミンのすぐ前の地面から、大きな一枚岩がズズズッとせりあがった。と同時に、ドラゴンが炎を吐き出した。
炎が岩の表面をなめた。ユーミンは岩陰で体を縮め、ゴウゴウとうなりをあげる炎の音を聞いていた。
ウータンはその隙に、ドラゴンに近づいた。彼が剣を振おうとしたとき、ドラゴンの尻尾が石ころを弾き飛ばしながら、横殴りに襲ってきた。尻尾が彼の持つ楯に当たって、彼はその衝撃に吹っ飛ばされた。
向き直ったドラゴンが、地面に倒れたウータンに向かって、のっしのっしと歩み寄ってきた。その目がらんらんと輝いている。
ウータンは楯を失い、剣を両手でかまえて、あとずさった。
ドラゴンがおおいかぶさり、大木のような足をあげた。ウータンを踏みつぶす気だ。
そのとき、ドラゴンの首に銀色に輝く矢が突き立った。ユーミンの放った矢だ。
ドラゴンが驚いたように、動きを止めた。

ウータンは、その一瞬のすきを逃さなかった。彼は捨て身でドラゴンのふところに飛び込んだ。
数枚のウロコが前後に蠢いているのに気づいた。
そこが心臓だ!ウータンはそこをめがけて、剣を深々と突き立てた。
グオーオッ!
ドラゴンがすさまじい咆哮をあげて、体をよじった。
その勢いに、ウータンは振り飛ばされた。彼の手から離れた剣は、ドラゴンの胸に深く突き刺さったままだ。ドラゴンは苦しそうに身を捩じらせていたが、致命傷を負ったようには見えなかった。
剣と楯を失ったウータンは、あわててユーミンのいる岩陰に走った。
しかし、その必要はなかった。ドラゴンが身を屈め、宙に飛びあがった。羽ばたきの風圧に、石ころが霰のように飛び散った。

「逃げるつもりだ!」
ユーミンが上を見あげて、叫んだ。彼は太陽の石をとりだして、精神を集中しだした。
ドラゴンの体が上昇し、みるみる小さくなっていく。
ふいに、そのあとを、光り輝く大きな玉が追いかけていった。ひとつ、ふたつ――光りの玉はぐんぐんドラゴンに迫り、次々と衝突した。
暗灰色の空に、光りが弾けた。
ドラゴンがのけぞり、咆哮した。
それでもドラゴンは持ちこたえた。ついで最後の反撃に移った。
ドラゴンは方向を変え、地上のふたり目がけて急降下しだした。見ているうちにも、小さな黒い影がみるみる大きくなってくる。

「ユーミン、ふたりで力を合わせるんだ!」
ウータンが叫んで、ユーミンの持つ太陽の石に手を添えた。
ふたりは恐怖に耐えて、念力を集中した。そうするうちにも、ドラゴンはぐんぐん近づいてくる。
(ユーミン、ぼくを信じるんだ。さあ、ぼくの力を受け止めてくれ)
ユーミンの脳裏にウータンの声が聞こえた。彼はかつてなかったほどの力が、身内に漲ってくるのを覚えた。
ふたりの体が輝きだした。その輝きはじょじょに大きくなっていった。
今だっ!
ウータンが心で呼びかけた。

目にもまばゆい光の玉が、すさまじい勢いで宙を走った。そして、あっというまにドラゴンの胸に激突した。白い光がドラゴンを覆い包み、暗闇に広がった。
やがて、光が闇に溶け込んだとき、ドラゴンの翼の動きが止まった。ついで、その体がゆっくりと落下しだした。
落下するにつれ、そのスピードが増した。
ドラゴンの体が地表に落ちたとき、ものすごい地響きがした。

砕け散った岩の窪みに、ドラゴンは横たわっていた。かすかに心臓の鼓動が聞こえていた。
ドクン――ドクン――。
ウータンとユーミンは側に近づいて、ドラゴンのようすを眺めていた。勝利感は湧かなかった。それよりも、失われつつある生命に、悲しみを覚えていた。
地表に横たわるドラゴンの顔は、そのいかつい形相にもかかわらず、おだやかな気がした。黄色い目が、彼らのほうをものうげに見ている。
そのとき、ふたりの頭の中に、不思議な声が聞こえてきた。
――おまえたちの勝ちだ――おまえたちが勝ったということは、まだ人類にも望みがあるということか。
ならば、おまえたちの勇気と優しさに、望みを託そう――おまえたち、ホーリー族とヒューマン族が手を携えて、明るい未来を創ることを――。
しかし忘れてはならんぞ。いつかまた、人類が増長し、この世の摂理を見失うときがあれば、わしはふたたび闇の世界からよみがえる――。

ドラゴンの姿が虹色に輝きだした。
その姿が光りの塵となり、目まぐるしく揺れ動き、そして消えていった。
あとにはウータンの剣と、光り輝く玉が残っていた。

ふたりは声もなく、その場にたたずんでいた。しばらくしてウータンが歩み寄り、光り輝く玉を手に取った。
「これがオーディンの玉だね。ぼくたちは、ついに手に入れたんだ」
ウータンは玉から伝わる不思議な波動を感じながら、それをユーミンに手渡した。
ユーミンは玉を見つめながらつぶやいた。
「きれいな玉だね。でも、オーディンの玉を手に入れても、嬉しい気持ちがちっとも湧いてこない。――ほかの3人がいないから」
「彼らは、ぼくたちを見守っているよ。これまでも、ぼくたちを助けてくれたように」
ウータンの言葉に、ユーミンが顔をあげた。
そのけげんそうな表情を見て、ウータンが説明した。
「ほら、きみがさっき転んだとき、地面から岩があらわれただろう。あれはハーブが助けてくれたんだよ。だって、ハーブは岩をあやつることができただろう?」
ユーミンがうなずいた。
「それに、ケインは水を湧き出させてくれた。溶岩の谷でね」
ウータンは空を振り仰いだ。
「彼らのおかげで、ぼくたちは目的を達成することができた。だから、みんなの力でやったんだ」
「そうだね――みんなの力で」
ユーミンは、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ウータンはしゃがみこむと、彼の足の状態をみた。
「足は大丈夫かい?」
ユーミンは気丈にほほえんだ。
「ああ、大丈夫。――さっき治癒念力を使ったから」
「じゃあ、戻ろうか。と言っても、どうやって戻るかだな。ほかの道を探さないと」

「おーい、きみたち」
上空から声が聞こえてきた。
見あげると、大きな風船のようなものが空中に浮いていた。その下には、カゴが吊るされている。そのカゴから、誰かが手を振っていた。
ふたりがあっけにとられて見あげる中、その球形の物体は、ゆらゆらと揺れながら下に降りてきた。それが地面に降り立ったとき、カゴの中から出てきたのは、老学者のポンタックだった。
「なんだ、ふたりとも、幽霊にでも出会ったような顔をして」
老人は歩み寄ると、ふたりの顔の前で手を振った。
「ポンタックさん――あれは?」
ウータンが乗り物を指差すと、ポンタックは背後を振り返って言った。
「ああ、あれか。あれは気球と言ってな、旧世紀の乗り物をわしが再現したんだ」
彼は得意そうに鼻をうごめかすと、まわりを見た。「それはそうと、ハーブの姿が見えぬようじゃな。あの老人はどこにいる?」
「――ハーブは死にました」
ウータンはポツリと言った。
それを聞いて、ポンタックは驚いたが、気を取り直して、しばし黙祷した。彼は顔をあげて、ウータンに聞いた。
「おまえたちの目的は遂げたのか?」
「ええ」
ウータンがうなずくと、老人はのんびりとうなずき返した。
「そうか、それはよかった。じゃあ、長居は無用じゃ。気球に乗って帰るぞ」
ポンタックは、奇妙な乗り物のほうに歩きだした。
[18/11/11 07:55 閑名三爺]
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