第14章 闇の峡谷

(1)
ポンタックにはふたりの従者がついていた。それにウータンたちを合わせて総勢6人、馬車仕立ての旅だった。
あらたな旅の道中は、ずっと静かだった。いつもは賑やかにおしゃべりをするサキが、いなかったからだ。
代わってポンタックが、沈んだ雰囲気を払うように、道すがら話をした。アトラスの歴史や、発見された遺跡のこと。この一風変わった老学者は、幅広い知識をもっていた。
しかし3人は気分が晴れなかった。ときおり言葉少なに、ポンタックにあいづちを打つだけだった。
金鉱山はアトラス城から北に5日ほどの、険しい山間部の谷間にあった。荒涼とした岩山の麓に、坑道の入り口が、ぽっかりと黒い口を開けていた。すでに廃坑になっていたので、あたりには誰もいない。
彼らは松明を持って、ポンタックのあとに続いて、坑道に入った。あちこちの壁に、削り取られた大岩の肌が露出して、坑道内はひんやりと涼しかった。岩肌のところどころから、冷たい水がにじみ出ていた。
(何百年もかけて、大勢の工夫たちが築きあげた洞窟だ。事故で死んだ人もたくさんいるだろうな)
松の丸太で補強された天井を見あげながら、ウータンは思った。
途中で何回か枝道に入って、小一時間ほど歩いた。
どうやら坑道の最奥部に来たようだ。彼らは前方をふさぐ土壁に行き当った。その壁の端に、人ひとり入れるくらいの穴が開けられていた。
ポンタックが穴を指し示していった。
「この奥に通路があるのを発見したんじゃ」
穴をくぐり抜けると、直行する通路に出た。
床も壁も天井も、正確に長方形に切られた石がすきまなく並んでいた。明らかに高度な技術力によって造られたものだ。
通路の一方は落盤があったのか塞がれていて、反対側はずっと奥まで伸びている。
「この先に扉がある。わしはやり残した実験があるんで町に戻るが、何かあればわしのところに来なさい」
ポンタックは奥の通路を見ながら言うと、従者たちと共に戻っていった。
老人たちと別れたあと、ウータンたちは通路の奥へと歩き出した。しばらく進むと、老人の言っていた扉に突き当たった。
その扉は、光りの塔で見た、不思議な物質でできていた。表面には、ドラゴンの姿が刻まれていた。ちょうど目のところに、穴があいている。絵のあいまには、『時の間』で見た文字が、びっしりと書き込まれていた。
3人はその扉を子細に調べた。
しかし、押しても叩いても、扉はびくともしなかった。
ハーブがお手あげだというように、両手を広げた。
「この文字が読めればなあ」
扉の表面を撫でながら、ウータンが言った。
「でも、扉だということは、なんらかの方法で開けることができるはずだよ」
「ひょっとして念力で開くのかな。光りの塔のように」
ユーミンがつぶやいて、精神を集中した。
扉にはなんの変化もなかった。
「まてよ、この穴は――」
ハーブが、扉に描かれたドラゴンの目に注目した。
「見てごらん。丸い穴の横に切れ目がある。これは鍵穴じゃないか?」
言われてみれば、鍵穴にも見えた。
ハーブがウータンを見た。
「ひょっとしてあの鍵では――ほれ、ジョーズの腹から出てきた鍵だ。試してみろ」
ウータンは、以前ハーブからもらった古びた鍵をとりだした。表面にドラゴンのレリーフの入ったものだ。
半信半疑で、その鍵をドラゴンの右目にあたる小穴に差し込んだ。鍵はまるであつらえたかのように、ぴったりと納まった。右にまわすと、錠前が外れるような手応えがあった。
しかしそれまでだった。ドアにはなんの変化もない。
ハーブが言った。
「ウータン、左目の穴にも入れてみろ」
ウータンは鍵を引き抜くと、もうひとつの穴に挿し込んだ。ところが鍵は、何かに引っかかったようにまわらなかった。思いついて、逆側にまわすと、こんどは回転した。
右側の壁の中で、かすかに何かが回転する音がしだした。と同時に、扉がゆっくりと右に滑りだした。
「やった!」
ウータンはあわてて、鍵を引き抜いた。
扉が開くと、新たな通路が伸びていた。石でできているのは同じだが、これまでの通路よりひとまわり大きかった。
3人は新たな通路を歩いた。
前に進むにつれ、じょじょにまわりが暖かくなってきた。
「なんだろう?だんだん暖かくなってきたぞ」
「暖かいのはまだいいが、熱くならないことを祈るだけだ」
ハーブのつぶやき声に、先頭を歩くウータンが立ち止まった。
「ハーブ、それはどういう意味だい?」
「わしたちが火の国に近づいている証拠だ。火の国が、人間の生きていけないくらい熱かったら、万事休すだからな。さあ、これからは気をつけて行くんじゃ」
ハーブの言葉がウータンの気持ちを不安にした。
(せっかくここまで来たのに、火の国が熱くて近づけないところだったらどうしよう)
彼は歩きながら、あれこれ思案した。
「あっ!」
ウータンが小さく叫び声をあげた。踏んだ床石の一枚が下に沈んだのだ。
どこからか不気味な地響きが聞こえてきた。
(やばい!)
ウータンは、他のふたりと顔を見合わせた。
ふいに両サイドの壁が揺れ、内側に向かって動き出した。
ハーブが叫んだ。
「前へ進め!走るんだ!」
3人は走り出した。その間も、壁は動きつづけ、通路はますます狭くなっていた。
前方に赤い光が見えてきた。
その光りが通路の出口なのか、それとも地獄の業火なのか分からなかった。とにかくいまは、走りつづけるしかない。
今や通路は、人ひとり通れるくらいの幅になっていた。
(もうだめだ)
ウータンは観念した。
そのとき壁の動きがおそくなった。振り返ると、ユーミンの後ろでハーブが両手両足を踏ん張って、壁を支えていた。ものすごい力だ。
「ふたりとも――走るんだ!」
歯を食いしばって、ハーブが叫んだ。
「でも、ハーブは――」
「バカッ!早く行け。これ以上はもたん!」
「いやだ。ケインが死んでサキもいなくなった。もうこれ以上、仲間を失いたくない!」
ウータンは壁に両手を突いて、押し戻そうとした。
そのとき、ハーブの体が白く輝きだした。
「わしは天からおまえたちを守る。いいかウータン、このままだとみんな死んでしまう。そうなると、この世はだれが救うんだ!ウータン、分かってくれ!」
ウータンは迷った。ハーブを残して行きたくなかった。何かほかに方法は?――何も思いつかなかった。
そうするうちにも、貴重な時はどんどん過ぎていく。彼は断腸の思いで叫んだ。
「ハーブ――わかった――」
ウータンは炎の盾を持ち、もう一方の手でユーミンを引っ張って、走りだした。彼の頭の中に、ハーブの声が聞こえてきた。
(いいか、ふたりで力を合わせて、この世界を救うんだ。わしは、おまえたちの力になる)
ウータンとユーミンは、通路から転げ出た。地面のごつごつとした岩が痛かった。振り返ると、通路の壁が音をたてて合わさった。
ウータンはぼう然として、閉じた通路を見守った。涙がとまらなかった。
「ハーブ――」
ユーミンが悲痛なつぶやき声をあげた。「みんないなくなった。ハーブもケインもサキも。もう、ぼくたちふたりだけ」
ウータンはこみあげてくる涙をぬぐうと、ユーミンの肩を抱いた。
「ユーミン、それは違うよ。皆、ぼくたちを見守ってくれてるんだ。ハーブが言っただろう、ぼくたちの力になるって。だから、ぼくたちがしっかりしないといけないんだ」
ユーミンが目頭を押さえて、小さくうなずいた。
「そうだね――ごめんなさい。ぼく、すっかり弱気になってしまって」