■ 男色奇譚―男色の極み― - (2)一軒家の邂逅
(2)一軒家の邂逅
次の日、堀田叉一と玉門に別れを告げたふたりは、伊勢志摩に向かった。東京に戻らないで、なぜ伊勢のほうに行くのか、天山はひとことも説明しなかったが、なにやら考え込んでいるようだ。
途中、滋賀のほうに寄り道して、琵琶湖のほとりで一泊した。天山が琵琶湖の景色を見たいと言ったのだ。
あいにくの曇り空で、湖面は寒々とした表情を見せていた。
岸辺では数人の釣り人がルアー釣りに興じていた。ときおり感嘆の声が上がり、釣糸の先に巨大なバスが浮かび上がった。
その夜、天山は昌輔を抱いた。彼は結合する前に、指を使って昌輔の体をじっくりとほぐした。その前戯は、拡張するというより、何かを確かめているような動きだった。
早く入れてもらいたくて、昌輔は苛立たしそうに尻をうねらせた。
そして、ついに、ひとつになった。
もうそれだけで、昌輔の体がビクンと痙攣し、甘い喘ぎ声が漏れ出る。
天山は太い肉杭を狭間に打ち込んで、先を急がずじっくりと幅広の腰をうねらせた。
「ああ、お師匠さま――お師匠さま」
昌輔は、師の太った体を受け止めて、うわごとのように繰り返した。その声が、いつしかすすり泣くような調子に変わっていく。
師の一突き一突きに、えも言われぬ快感が渦巻いた。と同時に、体内の接触部分で、腸壁が勝手に活動しだした。
ふいに、天山の声が聞こえた。
「おおっ!――これか」
天山は動きを止めて、何かをうかがうようにじっとしていた。
房事の後、天山は静かに話しだした。
「お前はウケとして、わしが思った以上の才能を持っているようだ。このままオトコに戻らないほうが、お前にとっていいのかも知れん」
前置きして、説明を始めた。「お前を抱いた叉一は、タチの性技を極めた男だ。その叉一がお前の尻に入れて、まるで初心な若者のように陥落した。それほど、お前の内部が名門だってことだ」
昌輔は黙って聞いていた。師に、オトコに戻らないほうがいいかも知れん、と言われた時も、以前のように反発する気分にはならない。先ほど師に抱かれているとき、いつまでもこのまま可愛がられていたい、と切に思ったのだ。
天山は話をつづけた。
「お前は労せずして、超絶秘技の『吸陰腔』に近いことができるようになった」
「吸陰腔――?」
昌輔は、師の言葉を反芻した。
「ああ、吸陰腔だ。もっともおまえの技量は、その入り口の部分だ。真に吸陰腔を極めた人間は、わしの知っている限り、ひとりしかいない。伊勢志摩に行くのは、その男、久平に会うためだ」
天山が言うに、久平は吸陰腔の名手で、それを伝授してもらえば、昌輔にとって大きな武器になる。そうでなくとも、知っていて損にはならないだろう、というのだ。
翌朝、ふたりは琵琶湖畔から名古屋経由で、伊勢志摩に向かった。
久平は志摩半島の海岸線にある小さな漁村に住んでいて、最寄りの鉄道駅から10キロほどのところにある。バス便がないので、ふたりは駅から歩いて行くことにした。
道中、車には滅多に会わなかった。
行程の終わり近くになって、道端の空き地で立ち往生した。肥満体の天山が、足が痛いとぶつくさ言いだしたのだ。それに霧が出て、見通しが悪くなった。午後の4時だというのに、あたりは薄暗くなっていた。
「お師匠さま、このままでは暗くなります。あとひと踏ん張りしましょう。もうまもなく着くと思います」
昌輔の呼び掛けに、天山はうんざりした顔で答えた。
「バカ、急いては事を仕損じる、というだろうが。こんな霧の中を歩くのは危険だ。しかし、まったく辺鄙なところじゃのう。どこかに休む所でもあればよいが」
そこで天山は、何かに気づいて下のほうを見た。「おい、あれは湯煙じゃないか」
昌輔が、師の視線を追って見ると、確かに海岸線に向かって下がったところに、一軒の小さな民家がポツンと建っている。その横から白い煙が立っていた。よほど気をつけて見ないと気付かないほどの、小さな光景だった。
天山が立ちあがった。
「おい、昌輔。あの家に行くぞ」
嫌も応もなかった。にわかに活気づいた師の後を、昌輔はあわてて追いかけた。
平屋建てのひなびた家だった。家の背後から、湯煙が天に昇っていた。
声をかけると、白髪の老人が出てきた。
そのとたん、天山が驚いたように声をあげた。
「修三じゃないか!」
老人のほうも天山に気づいたようだ。
「お師匠さま――」
天山はふり返って、昌輔に説明した。
「修三は、以前、わしの家に住んでいたんだ」
天山は言って、老人のほうを見た。「もう5年ほど前になるかな」
老人がうやうやしく頭を下げた。
「はい、あのときは何のお断りもなくお屋敷を出奔して、大変ご無礼をいたしました」
そこで気付いたように、「あ、ここではなんですから、どうぞ中にお入りください」
老人は年の頃70代半ば、その年代にしては背が高く、撫で肩で腰の太い体型をしていた。それでいて、お公家さんのような、しとやかな風情があった。
やや面長の顔は色白で、非常に艶やかな肌をしていた。切れ長の目や品の良い目鼻立ちに、そこはかとない色気をにじませている。
久しぶりの挨拶を交わした後、修三はふたりに言った。
「狭苦しいところですが、今日はこちらにお泊り下さい。私はこれから晩飯の用意をいたします。どうぞおふたりは裏の温泉に浸かってください。手作りの露天風呂ですが、このあたりは精のつく、いい湯が湧き出ます。地元では、命の湯と呼んでいます」
修三はふたりを案内して、家の裏手に行った。
湯気のもうもうと立つ、小さな露天風呂だった。岩を組み合わせた湯船に、竹の樋から湯がとうとうと流れ落ちていた。雨露をしのぐように、湯船と洗い場の上部に屋根が架けられ、洗い場の端には木製の棚と脱衣かごが置かれていた。
「どうぞゆっくりしてください。これは私の褌と浴衣です。使い古しですが、洗濯して清潔にしています。どうぞお使いください」
老人は手にした衣類とタオルふた揃いを棚に置くと、家のほうに戻った。
さっそくふたりは服を脱ぎ、露天に入った。
湯は熱かった。ねっとり、とろりとして、泥湯のような粘性があった。白濁した湯表で、湯気が渦巻き、空中に消えていった。
熱さを我慢していると、逆にのびのびとした気分になってきた。毛穴の隅々から、疲労の巣が抜け出ていくようだ。
身体の芯が火照ってきた。まるで粘着力のある湯が、腰回りを押し包み、うずうずとした性的刺激を送ってくるような気がした。
昌輔はそっと自分の陽物に触ってみた。大きくなっていた。そしていくぶん硬くなっているが、菊座を貫通できるほどの硬度ではなかった。
「ふむ、たしかに命の湯と言われるだけはある」
天山が言った。丸い頭には汗が滲み出ている。「どうだ、昌輔、なにか感じるか?」
「はい、お師匠さま。体の芯から力が湧いてくるような気がします」
昌輔は素直に感じたままを言った。
「そうか。忘陽根の治療には良さそうだな。何度も湯に入るがいい」
天山は、満足そうにうなずいた。