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ファンタジー(第2部) - (4)
(4)

ハーブは旺盛な食欲で、パンと肉を食べだした。その横にケインがどっかりと座って、食糧に手を伸ばした。
(こんなときによく食べることが出来るな)
ウータンはあきれてふたりを見た。彼はあまりに緊張していて、食欲がなかった。それでも、次の戦いに備えて、パンを無理やり喉に押し込んだ。
そのあいだも、船はグングンと引っ張られていた。その勢いはまったく衰えを見せなかった。船の進路と逆の方向を見ると、もはや陸地は見えなくなっている。
「いったいあの怪物は、どこまで行くつもりだろう?」
ケインが聞いた。
「めくら滅法、走ってるだけだ。そのうち疲れてくる」
ハーブはこともなげに答えた。
「それにしても、すごい怪物だな。この船を引っ張って、もう2時間近く、走りつづけている」
「だからこそ、これまでに何人もの犠牲者が出たんだ」
ハーブの顔に、怒りと悲しみの入り交じった、複雑な表情が浮かんだ。ウータンは、気になっていたことをハーブに尋ねた。
「ハーブ、あの怪物とは何があったのですか?」
ハーブは急に黙り込んだ。彼はそれ以上、何も話す気はないようだ。
ケインがウータンのほうを見て、ひょいと肩をすくめた。
(いったい何があったのだろう?)
ウータンはハーブの横顔を見ながら、昨夜、老人に思念を送ったときのことを思い出した。あのとき垣間見た、老人の深い悲しみ。そのなんともいいようのない隠された感情に出会って、彼はそれ以上、思念を送るのを止めたのだ。
ハーブは感情をむき出しにしていないが、ジョーズという怪物を激しく憎んでいるのだけは確かだった。ジョーズのことを話すとき、老人の目には、燃え立つような怒りが浮かんでいたからだ。

最初に気づいたのは、ケインだった。
「おい、もう船は引っ張られていないぞ」
3人は舳先に立って、海を見た。たしかに船は引かれていなかった。前には進んでいるが、惰性で動いているだけだった。怪物と船をつなぐロープは、ダラリと海にぶら下がっていた。
「右だ!あれを見ろ!」
ハーブが叫んだ。
船の右手50メートルほどのところに、海中から黒い三角形のヒレが突き出ていた。それは見ているあいだに、船に向かってグングン近づいてくる。
「しまった、ロープが外れたんだ!攻撃してくるぞ!」
ハーブが叫んで櫂に飛びついた。
彼は櫂を操って、船首を怪物の進路に向けようとした。
「ケイン、目を狙え!ジョーズの急所はそこだ!ウータン、きみは投網だ!ケインが銛を突き立てたら、網をかぶせろ!」
ハーブは櫂をあやつりながら、矢継ぎ早に命令した。
すかさずケインがもう一本の銛を持って、舳先に立った。ウータンは折りたたんで置かれていた魚網を手に持った。これまで投網を使ったことなどない。ぶっつけ本番だが、とやかく言ってる暇がなかった。

巨大なヒレが水を切りながら、迫ってきた。
その背中にはまだ銛が突き立っていた。怪物は、背中の痛みに怒り狂って、船に体当たりをしようとしているようだ。
そのままスピードを緩めず船側にまともにぶつかれば、いくら鉄で補強されているとはいえ、船はひとたまりもないだろう。
残り10メートルのところで、怪物は勢いをつけるかのように空中に躍り出た。
人間を丸のみできそうな巨大な顎、尖った凶暴な歯、奇妙に醒めた目。それらがウータンの脳裏に焼きついた。
怪物が水に入ったときを逃さず、ケインが怪物の目をめがけて銛を投げつけた。
銛は目から10センチほど外れて、頭部に突き刺さった。最後の瞬間、怪物が進路を変えたからだ。
勢い余って怪物は、船体の舳先にぶつかった。船がきしみ、激しく揺れ動いた。3人は船の中になぎ倒された。なんとか船は、バラバラにならずにすんだようだ。

「ウータン、網を投げろ!」
ハーブが叫んだ。
ウータンは起きあがると、船縁に走り寄った。黒い魚体がすぐ側にいた。彼はすかさず網を投げた。
網が空中で広がり、怪物の上に落下して頭部をすっぽりと覆った。
怪物が巨体をくねらせ、水の中で激しくもがいた。もがけばもがくほど、網が頭部にからまった。
ケインが船の上から、自分の槍を怪物の目に突き刺そうとした。しかし怪物が激しく暴れるので、なかなか目を突けなかった。

ふいに怪物が、海中深く潜った。銛に結びつけられたロープが、船縁沿いにぐんと伸びた。
「気をつけろ!」
ハーブが叫んだが遅かった。
海に向かって伸びるロープが、ウータンの体をとらえ、海中に押しやった。
ひとたまりもなかった。
ウータンはあっという間に、海に弾き飛ばされた。
ケインが苦痛のあえぎ声をあげた。ウータンの体を掴もうとして、手を伸ばした彼の腰を、伸びたロープが船縁に挟みつけたのだ。ロープがものすごい力で彼の腰をしめつけた。ケインはもがいたが、どうしょうもなかった。
駆け寄ったハーブが、海に伸びるロープを小刀で切断した。弾けるように、ケインの体が自由になった。
ハーブは海中のウータンに向かって叫んだ。
「ウータン!早く船にあがるんだ!」
ウータンは水をかき分けて、船の方に泳ごうとした。その彼の目に、水中から浮かびあがってくる怪物の姿が写った。
(やばいっ!)
ウータンは船めがけて、死に物狂いで泳いだ。
怪物はウータンめがけて、急速に迫ってくる。
船縁まであとひと泳ぎのところで、怪物がウータンに激突した。ウータンの体が空中に舞いあがった。怪物の口に投網がからまっていなければ、彼の体は、鋭い歯によって引き裂かれていたところだ。空中を落下しながら、ウータンはほとんど意識を失っていた。

海に沈んだとき、顔を濡らす海水に、ウータンは意識を取り戻した。
最初のうち、自分の置かれた状況がわからなかった。もうろうとした頭の中で、だれかが叫んでいるのが聞こえた。
(目だ。目を狙え――)
ウータンは頭を振って、目を開けた。怪物の頭がすぐそばにあった。網を食いちぎり、尖った歯がギラリと光った。
ウータンに迫る怪物を見て、ハーブは躊躇しなかった。彼は小刀を口にくわえると、海に飛び込んだ。そして、見事な抜き手で、あっという間にウータンに近づいた。
怪物が巨大な口を開けて、ウータンの頭をのみ込もうとした瞬間、ハーブはその右目に小刀を突き立てた。
怪物が頭をのけぞらせた。
次の瞬間、怪物は巨体を反転させて、逃げ出した。
激痛がハーブの右腕と脇腹を襲った。怪物の体を覆う固い突起物が、ハーブの体をこすり、深く傷つけたのだ。
ハーブは傷の痛みを我慢して、怪物が遠ざかるのを見守った。
そのとき、ウータンが怪物に引きずられていくのに気がついた。足に魚網が絡まっていた。

ウータンは、ものすごい勢いで水の中を引きずられながら、呼吸をするのも困難だった。海水のうねりが、次から次に彼の顔に襲いかかった。
彼は激しい水流に逆らって、上体を起こそうとした。水を切り裂いて突進する、怪物の頭部が見えた。彼は渾身の力を振り絞って、上体を起こし、足にからむ網をつかんだ。
怪物がウータンを振り落とそうとして、巨体をくねらせた。ウータンは必死に怪物の体にしがみついた。固い突起物が痛かった。
今度は作戦を変えて、怪物は海に潜った。
ウータンは息をとめた。足はまだ網から外れなかった。息が苦しくなってきた。このままでは水の中で溺死してしまう。
そのとき、怪物の右目に突き刺さった小刀が目に入った。
(ハーブがやったんだ)
彼は自分の首の後ろに手を伸ばし、ボッシューにもらったサーベルをつかんだ。
意識がもうろうとしてきた。
彼は気力を振りしぼって、怪物の左目に剣を突き立てた。
怪物が狂ったように頭を揺すったが、ウータンは柄を離さなかった。両手で柄を握りしめ、剣の刃を深々と刺し込んだ。
そのあと、暗黒が彼を押し包んだ――。
[18/10/04 05:39 閑名三爺]
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