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■ ファンタジー(第2部) - (2)
(2)

その夜、ウータンはなかなか寝つけなかった。明日の冒険を前にして興奮していることもあったが、それよりも、老人とケインのいびきがうるさかったからだ。ケイン一人のいびきでもうんざりするのに、それに老人のいびきが加わって、まるで牛ガエルの合唱会だ。
不意に、ケインの声が聞こえた。
「いかんっ!」
そっと横を見ると、ケインが起き上がって外に向かった。
(どうしたんだろう?)
そういえば、これまで何回か、同じような行動を見たことがある。ウータンは好奇心にかられて起き上がった。
家の外に出ると、空は晴れていた。村は寝静まって、物音ひとつしなかった。あたりを見回すが、ケインの姿は見えなかった。
ウータンはぶらぶらと歩いて、岬の先端まで行った。
彼はケインを探すのを中断し、岩の上に腰を下ろして、遠くをながめた。目の前に暗黒の海が広がっていた。空と海の色が微妙に変わるところに、水平線があった。暗い群青色の空に、無数の星がまたたいていた。彼は目で追って、ひときわ輝く星を見つけた。
(母さんだ)
ウータンはそう思った。
(母さん、父さんはきっと見つけだすからね)
そっとつぶやいた。彼に答えるかのように、星がまたたいた。

「眠れないのかね?」
不意に背後から声がした。
ふりかえると、ハーブが立っていた。老人はウータンの横に、でっぷりした尻を下ろした。
「あ、ハーブさん。ぐっすり眠っていると思っていました」
「わしは年寄りだ。ちょっとしたことでも、すぐ目が覚める」
「すみません。ぼくが起こしたんですね」
「いや、きみの前にケインが起こしたんだ。おかげで、こんなきれいな星空が眺められる。それからウータン、わたしのことはハーブで結構だよ」
「じゃあ、ハーブ――ケインはどこに行ったんでしょうね?」
「なあに、今頃はすっきりして、家に戻って寝てるさ」
「――?」
ウータンの疑問を読んだように、ハーブがのんびりと言った。
「ヒューマン族の男の習性だ。――わしら海洋族のほうがまだ強いが。溜まってくれば抜かねばならん。とくに彼のように壮健な男はな」
「――?」
「きみはまだ精通がないのか?」
ハーブに訊かれて、ウータンはあわてて首を振った。でもまさか、精通した相手が王さまだとは言えなかった。
「だったら、きみにも分かるだろう。溜まった男の精を抜かないと、都合の悪い時にあふれ出て、下着を汚してしまう」
そこでハーブはウータンの顔をじろりと見た。「まさかきみは、あのホーリー族の若者が眠り続けているのをいいことに、けしからんことをやっているんじゃないだろうな?」
「とんでもないです!」
ウータンはあわてて否定した。
ハーブがニヤリと笑った。
「冗談だ。だけど、若いホーリー族は、ヒトの男心をそそる魅力がある。まあ、きみやケインは自制心がありそうだが、他の男たちには気を付けたほうがいい」
ハーブは口を閉じると、空を振り仰いだ。
ウータンは、そっと老人に思念を送ってみた。落ち着いた暖かみと、深い悲しみが伝わってきた。かけがえのない人を失った悲しみ――。ウータンは思念を送るのをやめた。

しばらくして、ハーブが口を開いた。
「きみは不思議な目をしているね。以前、きみのような目をした男と話をしたことがある」
ウータンはハッとした。彼は性急に質問した。
「いつですか?その人は、どんな感じの人でした?それにどんな話を」
ハーブがウータンをさえぎった。
「そう一度に聞かんでくれ。まず、出会ったのは7年前だ」
老人は思い出すように、考えながら話しだした。
「男はアラバ山脈の方角からやって来た。おそらくあの山を越えてきたのだろう。背が高くて、筋肉質の立派な体格をした男だった。鉄で補強した革の鎧を着て、長い鉄槍を持っていた。そういえば、背中にも剣を吊るしていたな。彼の名前はたしか、マリンとか言っていた」
ウータンが思わず声をあげた。
「父さんだ!」
ハーブは驚いてウータンの顔を見た。
「きみの父親だったのか。そういえば、きみには彼の面影があるな。とにかく、その男は物静かな男だった。それでいて、何か強い使命感に燃えているようすだった」
(オーディンの玉を探しているんだ)
ウータンは、オーディンの玉を思い浮かべたが、老人には黙っていた。
「男はドラゴンの噂を聞いたことがないか、とわしにたずねた。一瞬、冗談かと思ったが、男の顔は真面目そのものだった。そこでわしは言ってやった。ドラゴンの噂は聞いたことがないが、怪物の噂ならいくらでも聞いたことがあると」
ハーブは息をついた。「それでは怪物の噂を教えてくれというので、わしはイタの洞穴にいるという怪物の話をしてやった」
「イタの洞穴?」
「ああ、この村から一日ほど歩いたところにある、タスクの町の近くだ」
「父はその洞穴に向かったのですか?」
「多分そうだろう。彼はわしに礼を言って、すぐにこの村を出ていったからな」
ウータンはすぐにでも、タスクの町に行ってみたい気分だった。なにしろ初めて父親の消息がつかめたのだ。しかし、ユーミンを助けるのが先決問題だった。彼は明日のことを思うと、武者震いした。
ハーブが立ちあがった。
「さあ、もう寝よう。明日は厳しい一日になるぞ」

ウータンはニワトリの鳴き声とともに目を覚ました。
先に起きていたハーブが声をかけた。
「朝飯の用意はできている。わしは先に行って準備しているから、食事が終わったら船着き場においで」
「あのう、だれもこの家からいなくなるのですか?」
ウータンはユーミンが心配だった。
「大丈夫だ。村の女が留守番をしてくれる」
そう言うと、ハーブは二本の大銛を脇に抱えて、家を出ていった。
ウータンはユーミンのようすを見守った。彼は安らかな寝顔を浮かべて、ベッドに横たわっていた。とくに異常はないようだ。ウータンは、ユーミンの童のような寝顔をしばらく見つめていた。
(ユーミン、今日こそきみを目覚めさせてやるからな)
彼はそっとつぶやくと、ベッドを離れた。それから、まだ眠っているケインを起こした。
食事をしていると、村の女がやってきた。中年女性で、人の良さそうな笑みを浮かべて、ふたりに頭を下げた。
「寝ている方のことは心配いりません。わたしたちが面倒を見ますから。その代わり、きっとあのジョーズをやっつけてくださいよ」
ウータンは黙って頭を下げた。その横で、ケインは黙々と朝飯を食べつづけていた。

ふたりは身支度を整えると、ハーブの家を出た。
空は雲ひとつない快晴だった。
緑の陸地にくいこんで、椀状に広がる海。牡蠣でも養殖しているのか、木の筏が並んでいる。海は沖合いでいったん狭まり、それから外海につながっていた。
その海の下に怪物がひそんでいるのだ。
村の右手から、海に向かって下りる小道を歩いていくと、岩のごろごろ転がる中で、小さな船着き場が見えてきた。船はすべて陸地に引きあげられていた。そのうち一艚は、真ん中でぽっきりと折れて、船尾がなかった。その傷口は、食いちぎられたようにギザギザになっていた。
ただひとつ海に浮かべられた船のそばで、ハーブが作業をしていた。白いフンドシ姿で、むき出しの体は赤銅色に日焼けしていた。胸も腰も腹も、満々と分厚い肉がついて、それでいて弛んだところはひとつもない。顔と胸毛の白さをのぞけば、彼はまだまだ現役で通用するほど、壮健そのものだった。

ハーブがふたりに向かって手を振った。
「さあ、出発するぞ。こちらも準備が終わったところだ」
船は長さ10メートルほど、怪物と戦うには心細くなるほど小さかった。それでも、船側には鉄の板が鋲で縫いつけられ、補強されていた。船の中には、2本の銛と二巻きのロープ、それに折りたたんだ投網が積み込まれていた。
「ハーブ、あの船はどうしたんですか?」
ウータンが壊れた船のほうを指差して聞いた。
「ああ、ジョーズの仕業だ」
老人はこともなげにいうと、あっけに取られたウータンらを尻目に、さっさと船に乗り込んだ。
ハーブはウータンたちが乗り込むと、もやい綱を解いた。それから櫂を漕いで、ゆっくりと海に乗り出した。
[18/10/02 07:35 閑名三爺]
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