目 次
ファンタジー(第2部) - (3)
(3)

ユーミンは不安でたまらなかった。ウータンもケインも部屋に戻ってこない。急に夜の静寂が押し寄せてきた。
(ひょっとして、ふたりの身になにか――)
そう思うと、いてもたってもおれなくなった。でも自分に何ができるだろう?彼はベッドに腰かけ、両腕で体を抱きしめた。
(しっかりするんだ、ユーミン。こんなことで、くじけてどうする?まだまだ、旅は長いんだ)
彼は自分をしかった。
ウータンの明るい笑顔。ケインのとぼけた話し声。それらがきゅうに思い出された。彼は、部屋の隅に立てかけられた弓矢を見た。
(そうだ、ぼくにはお父さまとお母さまがついている)
彼は意を決すると立ち上がり、弓矢を手にした。
廊下に出たとたん、ウータンを感じた。苦痛、恐怖、快感――複雑な想念だった。
彼はウータンの存在を感じる方向にむかって、走りだした。

湯浴み場に入ったとたん、ユーミンはギョッとして立ちすくんだ。
プールサイドの薄暗い床に、半円球の光の膜が浮かびあがっていた。淡いピンク色をして、まるで呼吸をしているように、濃くなったり薄くなったり、微妙に変化していた。
光の膜の内側に何かがうごめいていた。軟体動物のようなピンク色の物体。その下から、人の手足が伸びていた。
そこにウータンの顔を認め、ユーミンは息をのんだ。
ウータンは口を開け、なにやら叫んでいるようだった。声は聞こえなかった。その目は見開かれていたが、なにも見ていないようだ。喜悦の表情を浮かべ、なかば開けた口から涎が垂れている。
よく見ると、仰向けになったウータンの上に、満々と膨れ上がったトマ王がまたがっていた。ふたりは腰の一点で繋がれ、トマ王の体が微妙にうねっていた。
何とも不気味で、卑猥な光景だった。
「いやあっ!」
ユーミンは叫んで、トマ王めがけて弓を射た。矢は光の膜のところで急に静止し、そのまま床に落ちた。何とかしなければ!――ユーミンは走り寄ろうとした。
近づくにつれ、空気の濃度が変わってきた。まるで徐々に強くなる、磁石の反発力に向かっているようだった。
あと1メートル――彼はそれ以上近づけなかった。

そのとき、ケインが部屋に駆け込んできた。
「何だ、これは?」
光の膜を見て、彼も一瞬ギョッとしたようだ。
「ウータンを助けて!近づけないんだ!」
ユーミンが必死になって叫んだ。
「よしっ、ユーミン!さがっていろ!」
ケインが槍を構えて、光の膜に近づいた。そこで、見えない空気の壁に押し戻された。彼は歯を食いしばって、前に進もうとした。
「くそっ、近づけない」
ケインは、やおら槍を振りあげると、光の膜めがけて突き降ろした。刃先が膜の手前で静止した。まるで濃密な空気が、刃先を受け止めたみたいだった。

ユーミンはやきもきして、ケインの奮闘を見守っていた。光の膜の中で、ウータンの顔色が、先ほどより白っぽくなっている。
(ああ、だめっ!神さま、ウータンを助けて――)
ユーミンは両手を握りしめて、祈った。
身内に力が湧き起こってくるのを感じた。
イジリの教えを思い出した。
(集中して、気を充実させるのじゃ。身内にパワーがみなぎってくる。いいですか王子、強い意志を持たなければだめじゃ)
彼はひたすらウータンのために、気を集中した。かってなかったほどの精神の力が、身内にみなぎるのを感じた。彼の体が、太陽と化したかのように輝きだした。彼は目を閉じたまま、光の膜を想像し、一気にパワーを解き放った。

とつじょ起こった閃光に、ケインはいっしゅん目を眩ませた。
なにやら白い光のボールが、彼の横をすさまじい勢いで通り抜けたと思ったとたん、光の膜に衝突して、ふたたび閃光が飛び散った。
その衝撃に、ケインは撥ね飛ばされた。
何がなんだかわからなかった。ケインは起きあがると頭を振った。
ウータンが全裸で床に横たわっていた。そこから少し離れて、同じく全裸のトマ王が倒れていた。その体は、強烈な太陽の光に晒されつづけたように、茶色に焼けていた。
「ユーミン、おまえがやったのか?」
ケインは背後を振り向いた。
王子は床にくず折れて、気を失っていた。

――*――

ピンク色の雲が全身を包んでいた。その雲は微細な霧となって、体中の毛穴から染みこんできた。とたん、人間の持つありとあらゆる想念が渦巻いた。快楽、恐怖、失望、憧憬、嫉妬、憎悪――。
そのめまぐるしさに、ウータンは叫び声をあげた。
そのとき、違う感情がはいってきた。
父さん?
違うっ!
暗闇から何かが来る。ぶよぶよしたピンク色の物体。突如、白痴のようなニタニタ笑いを浮かべた、トマ王が迫ってきた――。

そこでウータンは目を覚ました。
体中がだるかった。頭の芯がズキズキする。起きあがろうとしたが、てんで力が入らない。
横から声が聞こえてきた。
「ウータン、無理をするな。おまえは、まる一昼夜眠りつづけていた。腹がへっただろう。いま食い物をもってこさせる」
声のしたほうを見ると、ケインがホッとしたように笑いかけた。その横に、トマ王の姿を認めて、ウータンは凍りついた。
「大丈夫。本物のトマ王だ」
ウータンの表情を見て、ケインが言った。
トマ王が前に進み出た。幼児のような無邪気な笑顔。小さな瞳が、純真な光りを宿している。ずんぐりむっくりした体だが、以前よりすこし痩せていた。
「ウータン、久しぶりだな。どうだ、気分は?」

ウータンはまだ疑心暗鬼になっていた。彼は王に向かって言った。
「王さま――お尻を見せてください」
「なんだ、いきなり」
トマ王はひるんだが、すぐその顔に大きな笑顔が戻ってきた。
「ははあ、星型の痣のことだな。大丈夫、わしには痣があるぞ」
トマ王は後ろ向きになって腰を屈めると、やおら服の裾をめくりあげた。
ぽっちゃりしたお尻の上部に、赤い痣があった。
「どうじゃ、安心したか?」
「ええ、安心しました。でも、王さまの偽者は、何者だったのですか?」
「わしの双子の弟だ」
トマ王は悲しげな表情をした。「考えてみれば、あれもかわいそうな奴だ。この国には、双子は不幸をもたらすという迷信があってな。それで弟は生まれてすぐ、遠い異国に追いやられた」
「――」
「弟は物心つくと、自分の境遇を知り、トマ城の人間を憎んだ。憎悪の念は成長するにつれ増大し、やがては人間すべてを憎むようになった」
「――」
「憎悪の心が、あれを化け物にしたんだ。あれは、自分と同じ心を持つアッサムを仲間に入れ、わしを罠に陥れた」

「王さまは、今までどこにおられたのですか?」
「この城にある秘密の地下室だ。弟が妙な妖術を使って、わしをそこに閉じ込めた」
トマ王は振り返ってケインを見た。
「この男がわしを助けてくれた」
ケインはなんでもないというように、肩をすくめた。
「町の若者たちはどうしました?」
ウータンは気になっていることを聞いた。
「アッサムがすべて白状した。弟に精気を吸いとられて廃人同様になった者は、殺されたそうだ。かわいそうなことだ。助かったのは半数も残っていない」
ウータンは、ユーミンの姿がないのに気づいた。
「ユーミンはどこにいるんです?」
「彼は眠っている」
ケインが答えた。ウータンはケインの表情に、とまどいを覚えた。
ウータンは急に胸が苦しくなった。
「ユーミンの身に何かあったのですか?」
ケインとトマ王は、ためらいがちに顔を見合わせた。
[18/09/29 06:52 閑名三爺]
前のページへ
次のページへ