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社報が出されたとき、木原酒造の全社員が驚いた。
災害対策本部長が木原部長から大園専務に交替したのはいいとして、彼らが驚いたのは、Sプロジェクト開発室なる部署が新設されたことだった。まだ震災の爪痕が生々しく残っているときに、青雲荘の再開発に着手しようというのだ。
開発室の責任者は、取締役に昇格した木原紳一。総務部の福井覚次長と江口聡、ポール・マッケンナが横滑りでメンバーに入っていた。他の部署からも、30歳前後の社員が5人ほど抜擢されていた。もともと従業員の少ない木原酒造にしては、大変な力の入れようだった。
Sプロジェクト開発室の最初の仕事は、オフィスビルやマンション、商業施設等の先行事例を見てまわることだった。開発室のメンバーは、今話題になっている事例や評判の高いものをピックアップして、グループ毎に手分けして視察した。それも、単に見学するだけではなく、その建物の入居者や管理関係者、オーナーたちにヒアリングをして、長所短所を掘り下げて調査することだった。
人事的には、計画施設の機能別に、担当者が割り当てられた。商業施設は江口、オフィスとマンションは他部からきた三浦と太田が責任者となった。福井次長とポール、それに経理課からきた山本は、全体計画のまとめ役として事務局に残された。
紳一は、めぼしい事例の見学は若手社員に同行したが、それ以外の時間は、もっぱら将来有望顧客となりうる企業の重鎮や、開発事業を専門的にやっている企業を訪問外交した。
実務の責任者は、この春、木原酒造に取締役として向かえ入れた、中田に任せていた。
一方で、青雲荘の解体作業が始まった。
地震の被害で、青雲荘の傷みは激しかった。敷地内の樹木を残して、建物がみるみるうちに取り壊されていった。
壁面のレリーフや屋根の風見鶏、鋳物の扉や手すりなど、文化財的価値のあるものは、事前に慎重に取り外され、保管された。紳一の発案で、計画建物の各所に取り入れることにしたのだ。
青雲荘の解体作業がおわるころ、敷地内の一画に仮設事務所が建てられて、Sプロジェクト開発室は本社から現場に事務所を移した。
ある日、現場に木原社長と北田相談役が訪れた。彼らは、すっかり整地された広大な敷地を見ながら、いっときの感傷にひたっていた。
「青雲荘がなくなったのを見てると、胸にぽっかりと穴が開いたようですわ。なんか、こみあげてきますね」
北田がつぶやいた。彼の目許は潤んでいた。
「ああ――わしらの心の支えやったからな。言いようのない寂しさや」
木原社長も気抜けしたように、つぶやいた。
紳一は感傷にひたる年配者たちに向かって、明るい声で言った。
「なあに、青雲荘は立派に蘇りますよ。それも若返ってね。――人間はそう言うわけにいかないけど。それまで相談役も、天国からお呼びがかからないように、元気でいてくださいよ」
Sプロジェクト開発室のメンバーに、エース設計事務所や原建設の設計スタッフが加わり、開発計画は本格的に動き出した。それまで調査した膨大な資料が分類され、新たな資料がそれに加わっていった。データの整理、マスタープランの作成、建物設計のすべては、パソコン入力され、2台のサーバーに蓄積されていった。
50平方メートルほどの部屋が、彼らの作業室兼打ち合わせ室となった。部屋の中央には大きな会議テーブル、壁の2面には複数のフジ電子製のパソコンとサーバー、プリンター等の電子機器が並べられている。
紳一の要請により、フジ電子からコンピューターの専門家がひとり、出向してきた。その専門家のほかに、藤森会長の紹介で、今年、三友銀行の大阪支店を退職した、道坂という老人を嘱託として雇い入れた。
道坂は、肉体的にも精神的にも、幼児が一足飛びに大人になったような人物だった。身長150センチほどの小男で、子供っぽい顔をしていたが、彼には特別の才能があった。その年代にも関わらず、大のテレビゲーム好きが嵩じて45歳のときに始めたパソコンの知識は、専門家はだしだった。
彼は銀行の経理部にいるとき、その知識を使って、財務事務をコンピューター処理するシステムを作り上げていた。
そんな道坂老人とフジ電子からきた若い社員は、おもちゃを手にした子供のように、嬉々として、パソコンのシステム作りに取り組んでいた。
フケ好みの紳一が、この小さな老人に目をつけたのは当然の成り行きだった。なにしろ震災復興のときは、それまで関係を結んだ年配者たちと会話も出来ないほど、超多忙だった。それに、Sプロジェクト開発室内でも、福井とポールは同棲を始めていたので、彼らを誘うことも遠慮していた。
そんな状態の中、紳一は自制していた。道坂は全くノンケのようだし、強引に行動に出てお互い気まずいことにでもなれば、せっかく順調に進んでいる開発室の業務にも影響を及ぼしかねない。
それでも、紳一の生理的欲求は募るばかりだった。どうやら彼の場合は、仕事をエネルギッシュにこなしていればいるほど、性欲も高まるようだ。
開発室の1週間のスケジュールは、ほぼ決まっていた。
火曜日から木曜日までは調査チームの現地視察、月曜日と金曜日は全員のミーティングだった。その結果を、設計スタッフが計画に反映させ、パソコンに打ち込む。彼らのスケジュールはきつかったが、だれひとり不平を言わず、意欲的に仕事に取り組んでいた。
週休2日制だったが、紳一は、仕事の効率をあげるにはレクリエーションが必要だと、月に一回は全員でゴルフや釣り、ハイキング等をやることにしていた。
日が経つにつれ、当初の開発計画は大きく修正が加えられていった。
分譲マンションは平均価格を20パーセント引き下げ、戸数は逆に20パーセントほど増やす目標が設定された。
賃貸住宅は、ワンルームのみでなく、2LDKまで間取りに幅を持たせることにした。
とくに大きく変わったのは、商業施設だった。飲食店舗のスペースが大幅にカットされ、かわってスポーツ施設が加えられた。飲食の高級店舗はステーキ店のみで、ここは早くから、宇野商事が申し込みをいれていた。また大衆向けは、ファーストフード系に変更し、6店舗に絞って、客席のスペースを共用にした。
いっぽうスポーツ施設は、『家族揃って』をキーワードに、屋内プール・テニス・エアロビクス等、家庭の主婦と子供をメインの顧客層として計画することになった。
ある夏の日、紳一は数人の社員たちとスポーツセンターに行った。スポーツ施設の見学のためだが、その日は特に暑くて、本音のところはプールで泳ぎたかったのだ。その中に、めずらしく道坂老人も参加していた。
水泳パンツに履き替えた男たちの中で、老人の水着姿は目立った。背が低く色が白いだけに、童顔とあいまって、見ているだけで微笑ましい。
その老人が、水の中でふいに手をばたつかせた。異変に気付いた紳一が、いち早く老人のところに行った。どうやら足をつったようだ。
老人の小さな体を両腕に抱え、プールサイドにあがった。すぐ、痛めた足を伸ばし、足指を反りかえらせて応急処置をした。
顔をしかめていた道坂が、ホッとしたように言った。
「ああ、楽になりました。取締役、ほんま、助かりましたわ」
「なあに、道坂さんのためなら、何だってしますよ」
紳一は、体毛の無いひ弱な足をマッサージしてやりながら、笑いかけた。
そのとき、ふとした拍子で老人の足指が、紳一の股間に触れた。瞬時にウズウズとした欲望がよみがえった。ハッとして顔を上げると、眼と眼が合った。老人の顔は、気恥ずかしそうな、それでいて、何か思いの伝わる表情をしていた。紳一はときめきを覚えながら、老人の足指に向け、強張りを増した膨らみを押しつけた。
紳一と道坂老人が親密な関係を結んだのは、プールの一件があって、さほどの時間を要しなかった。
道坂は、男色行為については初体験だが、もともと興味はあったようだ。紳一のひと触れで、すぐその気になって、あとはされるがまま、何のわだかまりもなく未知の世界に入り込んだ。そして何回かの逢瀬を重ね、真の結合に至ったとき、老人は大いなる苦しみの末に、ウケの悦びを噛みしめたのである。
小柄なだけに密着度が抜群だった。この老人を相手にすると、心底、一体となっている気がした。そのうえ、老人が慣れてくるにつれ、内部が微妙な動きを見せるようになった。じんわりとまとわりついて、蠕動するような動き、そしてキュウッと締め付ける。得も言われぬ快感に、紳一はまたいっそう奮い立つのだった。
