連載小説
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愛欲の海(7)
70代の元会社役員と中学教師30代の愛情物語

「話は少し飛びますが、みなさん、ご容赦願います。本格的に小説を書こうと思って書き始めわけではなかったのです。文学には憧れていましたが、あえて言えば、なんとなく書き始めたというのが、本当のところです。仕事の関係で、文章は書きますが、分野はビジネスや経済、経営の分野でした。文学の素養はほぼゼロですから、おかしなところも多々あるはずです。皆さん、どうかご容赦をお願いする次第です。−−これは作者の読者に対するお断りの文章です。」

アメリカは、日本語の表記では合衆国ですが、本来は合州国(United States)なのです。独立した州が集まっできた国という意味です。私たちが訪れたシカゴは、中西部に位置する州の一つで、五大湖の中(うち)、ミシガン湖の傍(そば)にあります。自動車発祥のデトロイトは、イリノイ州にあることは、皆さんご存知のはずですね。

爺さんと私は、東海岸のSF(サンフラン)から中西部のシカゴ・オヘアに飛びました。訪ねる老人は、シカゴ郊外に住み、私の古い友人の一人、ZENさんと交流があります。アメリカの日本人たちのつながりは強くて、失意の底にある、この老人を訪ね、励まして欲しいと頼まれたのです。

オヘア空港は、大規模な国際空港です。レンタカーを借り、住所を探しだしました。どうやら、シカゴ大学のそばの住宅地域の中のようです。地図をもらって、小型車に乗り込みました。道路は網の目のようにつながっています。日本より10倍広いと考えば、よく分かる筈です。

爺さんは、少し疲れています。70歳過ぎですから仕方がないのですが、高速道路を走りだすと、嬉しそうにはしゃぎます。子供みたいな人です。用心しながらそろそろ走ります。地図を見ながらの運転は疲れます。ミシガン湖のそばに着いたのは、すでに夕方でした。

ミシガン湖は、広大な、みずうみです。シカゴという地名の原語はインディアンの言葉です。鏡のような湖面に、白いボートが浮かんでいてのどかです。格差社会のアメリカです。大金持ちから貧乏人まで、暮らしの格差は大きいのです。シカゴには超有名なシカゴ大学があります。

その街には、路面電車が走っています。日本では、トロリーバスと呼ばれていた電車です。地図を片手に、警察の建物に入って驚きました。八割方が、真っ黒に日焼けした黒人たちです。話す英語の訛りのひどいこと。さっぱり聞き取れないし、意味も分わかりませんでした。

街に出て、白人のおじさんを見つけ、聞きなおしました。きれいなキングズ・イングリッシュが返ってきました。昔、この町は、八割方が白人でした。ダウンタウンに黒人が住むにつれ、郊外に白人は移って行きました。ダウンタウンの人口の八割が、今は黒人になってしまいました。

訪ねた爺さまの邸宅は、落ち着いた煉瓦の洋館でした。ビジネスに成功した人です。奥には日本式庭園があり、とても落ち着いた雰囲気です。ZENさんのいうとおり、良識のある人でした。その晩は、ごく親しい日系人を招いて、てんぷらをご馳走してくれました。

一緒に暮らしていた相方の肖像画が飾ってありました。苦労した相方です。若いのに癌を発症し、あっという間に亡くなりました。爺さんは茫然自失です。一周忌を済ませたころに、ZENさんから伝言があり、画家の爺さんが、シカゴに招待されることになったのです。

シカゴには有名な美術館があります。フランスの印象派と日本の浮世絵のコレクションで有名です。その美術館は、シカゴ・インスティチュートと呼ばれ、一見する価値があります。爺さまは、日本画を書、れっきとした画家です。浮世絵にも関心があり、どうやら話が合いそうです。

二人は互いを見て、すぐに気に入りました。どちらも小柄な爺さまです。着物が好き、日本画が好きなのですから、会わない筈がありません。シカゴの爺さまも、くつろいだ和服姿です。すぐに仲良しになり、二階の部屋に上がって行きました。一体、二人で何を話すのでしょう。

翌朝、現地の人に、ミシガン湖を案内してもらいました。夏には、子供たちが水泳に興じる、とても広くて、海のような湖です。でも今は季節は秋です。それでも湖水そばの芝生には、家族づれで賑わっていました。伝統的衣装を身に纏ったスコットランド人のバグパイプも聞こえてきます。

アメリカは、民族の異なる多様な文化の共存するところです。異なる民族、異なる文化に開かれた素晴らしいところです。西海岸では、ラテン系の血を引く人々が多数移住しています。一方、中西部では、イングランドやスコットランド系の人々が多く住んでいました。

二人は二階の居室に入っていきました。部屋には大きなダブルベットが置いてあります。相方と週に一度、枕を並べた大切な寝室です。シカゴの爺さまは、日本の画家の手を引いて部屋に入っていきます。部屋の奥は納戸で、和服が置いてあります。

シカゴの爺さまは、浴衣に着替えるように画家に促します。シャツも脱ぎ、ズボンとって、裸の身体に浴衣をまとう。現地の爺さまがじっと見ています。何かを夢見ているようです。昔の記憶を手繰り寄せているのです。小柄な年寄りの姿、今は亡き、昔の店主の姿です。

ボーツと立っている現地の爺さまを、画家の爺さまが促します。早く浴衣に着替えよと。袷合(あわせ)も襦袢(じゅばん)も脱いだ爺さまの身体は、小柄ですが肉づきのいい綺麗な小麦色でした。むしろ浅黒い肌の色と言った方がいいかも知れません。

画家の爺さまは、シカゴの爺さまの浴衣の肌をはだけて、ゆっくりゆっくり、マサージをはじめます。肩から脇腹、わき腹から腰、腿から足先まで、丹念な筋揉みです。身体をひっくり返して、足から越へ、わき腹から肩へと、今度は逆に、たどっていきました。

一体どこで覚えた技なのでしょうか。顔に丹念に、手が入ったころ、現地の爺さまは、鼾をかいて、寝ていました。辛い悲しみも忘れたかのようにです。(つづく)



18/08/22 08:25更新 / 向原盛次(集約)
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